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第37話 秘密の取引

「事情を知らなければ、君が敵に通じていると誰かが疑っているのではないか、と思ってしまうところだね! 何とも鋭いことだ!」


「……だが、どうやって……!?」


 グリムウィックは、憤慨していた。


「私は、栄えある王国守備隊の隊長だぞ!?」


 彼は、拳を握りしめた。


「私の知らぬところで、そのような命令を承認できる者など――!」


「……続けたまえ」


 突然、隊長の表情が変わった。


 何かに気づいたのだ。


「……ミルトンか!」


 彼は、歯を食いしばった。


「あの、忌々しいエルフめ!」


「ははっ! 誰が君を警戒しているのか、そこまでは説明する必要がなかったようだね」


 アルファは、満足そうに頷いた。


「もっとも、彼一人でそこまで考えついたとは思えないが」


「……どういう意味だ!?」


「ミルトンが君を疑い始めた、そのきっかけだよ」


 アルファは、ようやく本題へ入った。


「ほかでもない、シオン自身なのさ。以前の時間の巡りで経験したことを、彼女が伝えたのだろうね」


 彼は、ゆっくりと続けた。


「おそらく、我々はすでに勝利へ向かって進んでいたのだよ。だが、彼女のような相手は、何度でもやり直せてしまう」


 そして、ため息をついた。


「気に入らなければ時間を巻き戻し、すべてを白紙に戻してしまうのだからね。……実に腹立たしいと思わないかい?」


「……まったくだ」


 グリムウィックの目が、細くなった。


「自分の都合で歴史を変えられる相手と、いったいどう戦えばよいのだ……?」


 隊長は、苛立ちを隠さず続けた。


「そんなもの……そんなものは、反則ではないか!」


「ようやく、理解してくれたようだね」


 アルファは、ぱん、と一度手を叩いた。


 学院長のただの秘書などではない。


 シオンが、どれほど厄介な存在なのか。


 それを、ようやく理解させられたらしい。


「だが、相手に弱点がないように見えるときこそ、よく考えるべきなのだよ」


 アルファは、言った。


「しかも、本人がその事実を隠そうともしないのなら、なおさらだ」


 彼は、意味ありげに微笑んだ。


「それはつまり、弱点など存在しないと思い込ませたいということだからね」


 グリムウィックは、困惑した顔をした。


 アルファは、それを見て話を続けた。


「先ほども言っただろう。シオンは、壊れてしまっているのだよ」


 彼は、少し声を落とした。


「人間たちの営みに介入すると決めた瞬間、彼女は神の加護を手放した」


 そして、遠い昔を思い出すような目をした。


「……我々にとっても、もうずいぶん昔のことだ。細かなところは、日を追うごとに曖昧になっていくけれどね」


 アルファは、再びグリムウィックへ顔を向けた。


「だが、今の彼女は、残された力も使い果たしたはずだ」


 そして、少し得意げに続けた。


「となれば、師匠から力を補充してもらうため、エンバーへ戻るに違いない。協議会の運営にも関わらなければならないだろうしね」


 彼は、指を一本立てた。


「もちろん、あの偽物も一緒に連れていくはずさ」


「……つまり、あの女をエンバーまで追いかけるつもりなのか?」


 グリムウィックは、眉をひそめた。


「ドブネズミもろとも?」


「違うよ」


 アルファは、隊長の言葉を訂正した。


「我々が追いかけるのだ!」


 そして、芝居がかった仕草で指を天へ向けた。


「君にも、協議会へ参加する十分な理由があるだろう? 次の統治者となる有力候補の一人としてね」


 アルファは、続けた。


「ミルトンや、シオンの師匠であるアルゴと並んで、君にもその資格がある。参加を拒むことはできまい」


「……それで、どうする?」


「……何から何まで説明しなければならないのかね?」


 アルファは、うんざりしたように唸った。


「相応の兵力を連れていきたまえ。そして、機が熟したところで……」


 彼は、冷たく言い切った。


「ミルトンとアルゴ、二人とも殺すのだよ。」


 さらに続ける。


「そのあと、シオンと彼女の使い捨ての盾たちを拘束する」


 アルファは、にやりと笑った。


「君にとっては、競争相手を一掃する絶好の機会になるだろう。それと同時に、シオンから力の供給源まで奪うことができるのだからね」


「……なるほど」


 グリムウィックの顔に、笑みが広がった。


「なるほど、そういうことか!」


 隊長は、とうとう喜びを隠せなくなった。


「二人が消えれば、レッドルークへ帰還するのは私一人! そして、ゼン王国の王位はこの私のものだと宣言してやるのだ!」


 だが、突然、現実的な懸念が頭をよぎったらしい。


 その笑みが、少し弱まった。


「……しかし、待て」


 彼は、慎重に尋ねた。


「あの二人は、どちらも相当に……強い魔法使いではなかったか?」


「正面から戦えば、アルゴに並ぶ者はいないかもしれないね。ミルトンも、決して侮れる相手ではない」


 アルファは、あっさりと認めた。


「だからこそ、私も少々卑怯な手段を考えておいたのだよ」


 そして、微笑んだ。


「それに、強力な新しい協力者たちも、こちらへ迎え入れたところなのさ」


「……まさか、またあの死を崇拝する狂信者どもではあるまいな?」


「いや。今回は、黒の聖餐と、奴らが使役するアンデッドを当てにはできない」


 アルファは、首を振った。


「彼らには彼らの指令があるようだしね。それに、今朝から指導者とも連絡が取れなくなっているのだよ」


「……やはりな」


 グリムウィックは、鼻で笑った。


「あんな異常者どもを信用するなと、最初から言っておいただろう」


 彼は、苛立たしげに続けた。


「最近、あの連中がこの街で引き起こした面倒事は、貴様に負けず劣らずだ。すべてが片づいたら、あの手合いも処分せねばならんな」


 そして、アルファを見た。


「……だが、連中ではないというのなら、いったい誰だ?」


「それはね、彼女がそろそろ到着するはずで――」


 そのときだった。


 地下水路の奥から、軽い足音が聞こえてきた。


「おや! ちょうど来たようだね!」


 アルファは、嬉しそうに声を上げた。


「実に、いい頃合いだ!」


 月明かりの差し込む場所へ、小柄な少女が姿を現した。


 彼女も、グリムウィック隊長の姿を見て驚いたらしい。


 ……どうやら、隊長のほうも同じだった。


 少女は、二人へ丁寧に頭を下げた。


 袖に隠れた片手を、胸元へ添えている。


 その少女の名は、もちろん――


「……フィア・フオーコです。よろしくお願いします」

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