第35話 英雄の一撃
ゼロは、少し困惑した顔をした。
……どう説明すりゃいいんだ?
俺は、アメリカ人の友人にもわかるよう、野球に例えることにした。
「いいか。二〇二四年のワールドシリーズ、第1戦だ。延長十回、満塁。ここまではいいな?」
ゼロが、こちらへ顔を向ける。
「お前がフレディで、俺がベースボ――」
「――もういい! 完璧にわかったぜ、相棒!」
「――ール……」
……本当にわかってんだろうな、おい!?
ゼロは、俺より数歩前へ移動して構えた。
俺は、指の関節が白くなるほど、短剣を強く握りしめた。
……覚悟を決めろ、レン。
これから起きることは、絶対に気持ちのいいものじゃない。
俺にとっても、ゴーレムにとっても。
……作戦どおりにいけば、の話だけどな。
巨大な魔物は、低く唸りながらミルトンと向き合っていた。
どうやら、あの人の魔法をかなり警戒しているらしい。
そして――
ミルトンが、詠唱を始めた。
「嵐の神よ、忠実なる僕に、この穢れし獣を引き裂く力を与えたまえ……」
風が、強くなり始めた。
俺も、同時に走り出す。
ミルトンがちらりと横目でこちらを見た。
俺が動き始めたことを確認すると、そのまま詠唱を続けた。
「……全能の烈風をもって、創世の炎を鎮めたまえ」
彼は、杖を構えた。
「マーキュリアル・ストーム!」
暴風が、再び炎のゴーレムへ襲いかかった。
「グルルルルッ――!!」
魔物が、痛みと怒りに満ちた咆哮を上げた。
身体を覆っていた溶岩の岩肌が剥がれ、地面へ次々と崩れ落ちていく。
そして――
……見えた!
深紅に輝く、あの核だ。
ルビーのような赤い光が、再び姿を現した。
まるで、自分を消しに来いと呼びかけているみたいだった。
……言われなくたって、そのつもりだよ!
「今だ、レン君!」
ミルトンの声が、響いた。
しくじるなよ、レン!
これが、唯一のチャンスかもしれねえんだぞ……!
俺は、ゼロの剣の平らな部分へ跳び乗った。
足元で、剣がぐるりと動く。
刀身が、縦を向いた。
……おい、このままじゃ滑り落ち――
そう思った瞬間、凄まじい勢いが身体を前方へ押し出した。
「いっ――て――こいっ!!」
ゼロが、俺を剣から打ち出したのだ。
まるで、あの一塁手みたいに。
奴は片手を額にかざし、ゴーレムへ向かって飛んでいく俺を見送っていた。
「食らいやがれ、このデカブツ!!」
俺は、短剣を構えた。
巨大な魔物へ向かって、弾丸のように突っ込んでいく。
迫るにつれ、猛烈な熱が全身を包み始めた。
頼む。
狙いどおりに刺さってくれよ……!
再生が速いことは、認めてやる。
……だがな。
今回は、俺のほうがほんの少しだけ速かった。
「ぐああっ――!?」
短剣を、ゴーレムの胸へ突き込んだ。
瞬間、皮膚が焼ける。
じゅうじゅうと音を立てるほどの熱が、腕を襲った。
「……っ、ぐうううっ!」
ゴーレムの傷口が、俺の腕を包み込むように再生し始めた。
だが、刃先が何か硬いものへ当たった感触がある。
……これだ!
俺は歯を食いしばり、空いている手を柄へ添えた。
最後の力を込めて、短剣を押し込む。
「うおおおおおおっ!!」
「相棒ぉぉっ!!」
ゼロが、焦ったように叫んだ。
ばきり、と何かが砕けた。
続けて、ぱちぱちと弾けるような音が響く。
……あれ?
俺、落ちてる……?
ゴーレムの姿が、遠ざかっていく。
代わりに、通りの地面が近づいてきた。
どうやら、魔物の胸から肩が抜けたらしい。
……だが、腕のほうは、そううまくいかなかった。
見れば、俺の腕は、ゴーレムの胸の奥へ取り残されていた。
すでに塞がってしまった傷口の中に、深く埋まったままだ。
……は?
血は、一滴も出ていなかった。
だが、熱で焼かれた腕の切断面だけは、絶対に見たくなかった。
そんなものを見たら、地面へ落ちる前にショックで意識を失っちまいそうだ。
「……クソッ」
俺は、顔を歪めた。
失敗した。
そう思った、そのとき――
「見たまえ!」
ミルトンが、声を上げた。
ゴーレムを指さしている。
俺は、宙を落ちながら、そちらへ目を向けた。
亀のような巨大な魔物が、後ずさっていた。
最初は、自分の胸へ突然襲いかかってきた、見えない攻撃に困惑していたのかもしれない。
だが、今は違った。
俺の短剣は、まだ奴の身体の中に刺さったままだ。
短剣が手元から離れたことで、俺を隠していた力も失われたらしい。
魔物は、はっきりと俺を見ていた。
風に巻かれた木の葉のように、宙を落ちていく俺を。
……自分を殺した相手として。
その目には、怒りがあった。
そして、敗北を悟ったような色も。
誇り高い獣は、自分が負けたことを理解しているらしかった。
……そうだよな。
あんな顔を見ていると、思い出させられる。
人の言葉を理解する生き物だろうと、野生の獣だろうと。
みんな、生き延びるために戦っているんだ。
それが奴の本能なら、責めることはできない。
ましてや、その誇りまで責める気にはなれなかった。
……俺だって、同じ立場なら、きっとそう思うだろうから。
ゴーレムが、最後の咆哮を上げた。
そして――
巨大な身体が、塵へ変わり始めた。
灼熱の甲羅も。
大地を揺るがした四肢も。
すべてが、崩れて消えていく。
……終わった。
俺たちの、勝ちだ。
地面へ叩きつけられる寸前、ミルトンが俺を受け止めてくれた。
その背後のどこかで、短剣が地面へ落ちる音がした。
「レン君! やったね!」
ミルトンの声が、弾んでいた。
「ヒャッホーッ! やるじゃねえか、相棒!」
ゼロも、歓声を上げた。
「今のは、最高に格好よかったぜ!」
……へへっ。
確かに。
今のは、ちょっと格好よかったよな……?
俺の自己治癒能力は、すでに働き始めていた。
失われた腕を修復しようと、身体が動き出している。
だが……。
痛み止めもない状態で、その感覚に耐えるのは、あまりにもつらかった。
それに、そもそもこの能力で、失った腕まで元に戻せるのだろうか。
その不安が、胸の奥へ重くのしかかってくる。
意識が、浮かんでは沈んだ。
ぼやけた視界の中で、二人の仲間が俺を覗き込んでいる。
どちらも、勝利を喜ぶ顔をしていた。
……それだけで、十分だ。
俺たちは、勝った。
その達成感だけでも、報われた気がした。
そして、深い眠りへ落ちていく直前。
二人の隣に、もう一つ顔が並んだ。
その声が、耳の奥へ優しく響いた。
「……よく頑張りましたね、レン君」




