第34話 急所を狙え
俺は、ミルトンが「マーキュリアル・ストーム」を放った瞬間を思い返していた。
あのとき、ゴーレムの胸の奥で、深紅の何かが輝いていたのだ。
あれが何なのか、俺には見当もつかない。
何しろ、俺は魔法使いじゃないからな。
だが、ミルトンは違う。
あの人は、ずば抜けた腕を持つ魔法使いだ。
おまけに、頭も切れる。
それだけで、話してみる価値は十分にあった。
「……おやおや。どうして、今まで気づかなかったのだろうね!?」
ミルトンは、自分の見落としを笑い飛ばした。
片手で顔を覆い、金色の髪を横へ払う。
「なるほど。そういう仕掛けだったのか……」
「……どうしたんだ、ボス?」
「これほど大きく、強力な召喚体を作り出すには、途方もない魔力が必要になるんだよ。普通の魔法使いでは、とても賄えないほどのね」
ミルトンは、ゴーレムへ目を向けた。
「才能に恵まれた術者であっても、長時間維持するのは難しいだろう。だが、その限界を超えるための近道が、一つある」
彼は、少し声を落とした。
「珍しい方法ではあるが、よく知られた禁術だよ。おそらく、今回の原因もそれだろうね」
「……近道?」
「魔力増幅だよ。外部からの手段を用いて、自分自身の魔法能力の限界を拡張する技術さ」
ミルトンは、説明を続けた。
「たとえば、杖や魔法の道具に、闇の力を秘めた核を刻み込む。そうして、術者の力を増幅させるんだ」
そして、表情を引き締めた。
「禁じられた、危険な技術だよ」
彼は、先ほど俺が見たものについて言及した。
「君がゴーレムの核の近くで見た、宝石のようなもの。それは、おそらく増幅の呪術によって生じた副産物なのだろう」
ミルトンは、にやりと笑った。
「ならば、あれを破壊するのが、決着への一番の近道かもしれないね」
……そういや。
アルファの鎧の胸元にも、似たような宝石がついてたよな。
まさか、偶然じゃねえだろうけど……
「リヒター・スケール、六・〇! アーススピア!」
俺たちがゴーレムの弱点について話しているあいだ、ゼロは一人で奴を食い止めていた。
岩の槍が地面から突き出し、巨大な身体へ襲いかかる。
だが、相手も黙ってはいない。
ゼロは、およそ一分間、たった一人で攻撃を受け流し、反撃を繰り返していた。
さすがに、そろそろ疲れが見え始めている。
大剣を攻撃に使う腕前は見事だったが、よく見ると、刀身の平らな部分を盾代わりにして、受ける衝撃を和らげてもいた。
……そりゃ、剣に亀裂も入るわけだよな。
「で、どうするんだ、ボス?」
「まず、一つ聞かせてくれないかい、レン君」
ミルトンは、妙な質問をしてきた。
「戦いが始まってから、ゴーレムは一度でも君を狙って攻撃したかな?」
彼は、言い換えるように続けた。
「……いや。そもそも、君の存在に気づいているような素振りを見せたことはあったかい?」
「……え?」
俺は、少し考え込んだ。
そして、気づいた。
「……いや。そう言われてみりゃ……」
ゴーレムは、俺たち全員を巻き込むような広範囲攻撃こそ仕掛けてきた。
だが、それ以外では、ほとんどミルトンとゼロばかりを狙っていた。
俺だって、すぐ近くで戦っていたのに。
一度だけシオンにも腕を振り回したが、彼女は身軽にかわしていた。
……俺だけ、狙われてない?
「レン君。これで、私も確信したよ」
ミルトンは、力強く頷いた。
「君こそが、我々の勝利の鍵だ」
「……ええっと。もう一回言ってくれる?」
「今、君が持っている魔法の短剣――アシェン・ファングのことだよ」
ミルトンは、説明を始めた。
「以前にも話したね。あの短剣は持ち主を魔法的な探知から隠し、どれほど優れた鑑定魔法の使い手でも、その力を見抜けなくしてしまうのだと」
そして、微笑んだ。
「だが、もう一つ、今なら確信を持って言える特性がある」
彼は、ゴーレムを指さした。
「アシェン・ファングを持つ君は、マナから生まれた魔物には、まったく姿を認識されないらしいんだ」
「……マジで?」
俺は、手の中の短剣を見下ろした。
「ってことは、つまり……」
その気になれば、あいつの目の前まで歩いていけるのか。
……もっとも、あれだけ暴れ回ってるんだから、踏み潰される危険はあるけどな。
「……おーい、みんな。できれば、そろそろ手を貸してくれると……!」
ゼロが、必死に魔物の注意を引きつけながら、じりじりと後退していた。
「私が、もう一度ゴーレムへ攻撃を仕掛けるよ」
ミルトンは、簡潔に作戦を説明した。
「核が露出した瞬間、君が飛び込み、再生する前に短剣で心臓を突くんだ」
彼は、俺へ目を向けた。
「相手は君の存在を感じ取れない。核まで、まっすぐ進めるはずだよ」
「……なるほどな」
筋は通っている。
「ただし……」
ミルトンは、少し表情を曇らせた。
「あれは、純粋な熱を宿した存在だ。身体の内側は、想像を絶するほど熱いだろうね」
彼は、真剣に続けた。
「極度の痛みを感じるかもしれない。いつ意識を失ってもおかしくないと思うだろうし、死んでしまうとさえ感じるかもしれない」
そして、静かに言い切った。
「だが……君の身体は治る。それが、君に与えられた恩恵であり、呪いでもあるのだよ、レン君」
ミルトンは、俺をまっすぐ見つめた。
「……理解できるかい?」
「……ああ。わかった」
今さら、逃げ腰になるわけにはいかない。
「もっとも、無理強いするつもりは――」
「――やろうぜ」
俺は、ミルトンの言葉を遮った。
彼は、少し驚いたように目を見開いた。
「シオンが、俺に全部任せるって言ってたんだ」
俺は、眠っている彼女へ目を向けた。
「ここで逃げ出したら、あいつが俺を信じてくれた意味がなくなっちまうだろ」
そして、短剣を握り直した。
「俺を信じてくれる奴を、馬鹿みてえな目に遭わせるつもりはねえよ!」
「……そうかい」
ミルトンは、誇らしげに頷いた。
「ならば、私も役目を果たそう。安心してくれたまえ」
そして、前方へ声を張り上げた。
「ゼロ! 交代だ!」
「……ふうっ!」
ゼロは、大きく安堵の息を吐いた。
何度か後ろへ跳び退き、俺の隣へ戻ってくる。
そのあいだに、ミルトンが前へ出た。
「合図を出したら、レン君を勢いよく送り出してくれたまえ!」
ミルトンが、振り返らずに叫んだ。
「できれば、最初の一度で成功してほしいところだね……!」
「任せろ、ギルドマスター!」
ゼロは、元気よく返事をした。
……そして、俺へ顔を寄せ、小声で囁いた。
「……なあ、相棒。今の話、理解できてるんだよな?」
俺は、ゼロを見た。
「いや、俺、作戦会議のあいだ、ちょっと手が離せなかっただろ? 言いたいこと、わかるよな……?」
「……ああ、わかった。じゃあ、助走をつけるから、剣の平らな部分で俺をぶっ飛ばしてくれ」




