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第33話 消耗戦

「マナで構成された魔物である以上、いずれは魔力が尽き、自然に消滅するはずだよ」


 ミルトンが、口を開いた。


「だが、それまでこの状況が続くとなると、消耗戦を覚悟しなければならないね。街への被害も、まだ広がるだろう」


 彼は、杖を持ち直した。


「幸い、私自身の魔力には、まだ十分な余裕がある。ただ……」


 そして、シオンへ目を向けた。


「シオン嬢については、そうもいかないんじゃないかな? 私の見立ては間違っているかい?」


「……残念ながら、大正解です」


 シオンは、ため息をついた。


「少し前に時間を巻き戻したとき、ほとんどの力を使ってしまいましたから」


 彼女は、少し困ったように微笑んだ。


「先ほどの回復魔法以上のことをすれば、魔力の枯渇による疲労で、意識を失ってしまうかもしれません。……情けない話ですけどね」


「……魔力の枯渇?」


 俺は、その言葉を繰り返した。


「戦闘のど真ん中で、気持ちよーく昼寝しちまうようなもんだな」


 ゼロが、説明した。


「実際、この前もシオンが――」


「――また蹴られたいんですか?」


「……」


 ゼロが、それ以上の話をやめた。


 ……だが、シオンが実際に蹴りを入れる前に、何やら嫌な音が聞こえてきた。


 ゴーレムが、ようやくふらつきながら立ち上がったのだ。


 爬虫類のような目を細め、こちらを睨みつける。


 さっきよりも、ずっと怒っているように見えた。


 今度は、先ほどのように球体になって転がってこなかった。


 代わりに、ゆっくりと大きく息を吸い始めたのだ。


 ミルトンが近距離で攻撃できることを、警戒しているのかもしれない。


 魔物の口の奥が、眩しい橙色に輝き始めた。


 ……だが。


 なぜか、首の後ろがぞわりとした。


 何かが、おかしい。


「ブレスが来るぞ! 隠れろ!」


 ゼロが、叫んだ。


「リヒター・スケール、七・〇! アースウォール!」


 巨大な岩壁が、目の前にせり上がった。


 俺たちは、その陰へ飛び込んだ。


 ほとんど同時に、ゴーレムの口から灼熱の溶岩が噴き出した。


 凄まじい勢いのブレスが、岩壁へ激突する。


 最初のうちは、どうにか持ちこたえていた。


 しかし――


「危ねえ――!」


 岩壁が、粉々に砕け散った。


 ……それも、ブレスに押し負けたからじゃない。


 ゴーレム自身が、球体になって突っ込んできたのだ。


 ブレスは、俺たちの注意を引くための囮だった。


 そのせいで、今回は回避する準備がまったくできていなかった。


 普通に考えれば、そこで全員まとめて圧し潰されていたはずだ。


 だが――


「……あとは、お願いしますね。レン君」


 その声が聞こえた瞬間。


 俺たち四人の身体が、突然、横へ移動した。


 まるで、何か自然の法則を無視した現象に巻き込まれたかのように。


 ゴーレム自身も、驚いたらしい。


 勢いを止めようとしながら、慌てて首をこちらへ向けた。


 ……何だよ、今の!?


 だが、その疑問は、すぐに別の形で答えを得た。


 シオンが、その場へ倒れたのだ。


 完全に、意識を失っていた。


「「シオン!」」


 俺とゼロは、ほとんど同時に叫んだ。


 慌てて駆け寄る。


 ミルトンも彼女のそばへ膝をつき、脈を確かめた。


「……生きているよ。ああ、よかった」


 ミルトンは、安堵の息を吐いた。


「ただ、しばらくは目を覚まさないだろうね」


「何でだよ!? いったい、どうしたんだ?」


 俺は、ようやく転がるのをやめたゴーレムから目を離しきれないまま、尋ねた。


「……魔力の枯渇だよ」


 ミルトンは、ため息をついた。


「待てよ、魔力を使ったのか!?」


 俺は、信じられず首を振った。


「ついさっき、あんなことを言ってたのに……!?」


「ほんの一瞬、時間を止めたのだよ」


 ミルトンは、説明した。


「君たち二人を、安全な場所へ移動させるためにね」


 彼は、少しだけ苦笑した。


「私なら、無理をすれば自力で跳び退けたかもしれない。だが、彼女は私まで移動させてくれたらしい」


 そして、眠るシオンへ目を向けた。


「そのことについても、感謝しなければならないね」


「……シオン」


 俺は、彼女を見つめた。


 俺たちの作戦を考え、いつだって先回りしてくれていた少女。


 今回も、自分から俺たちを救ってくれた。


 だが、そのために、彼女自身が戦線から離脱してしまったのだ。


 たった一手で仲間を救い、自分という駒を失う。


 ……あまりにも、代償が大きすぎるだろ。


「……さて、誰か名案があるなら、今のうちに発表してくれよ」


 ゼロは、大剣をゴーレムへ向け、再び戦闘態勢を取った。


「別に、急かしてるわけじゃねえけどな」


 魔物は、雄牛のように地面を掻いていた。


 また突進してくるつもりらしい。


「……ったく、勘弁してくれよ。こんなことになるなら、さっきあんなに酒を飲むんじゃなかったぜ。吐きそうだ……」


「……どうするんだよ」


 俺は、小さくつぶやいた。


 ゼロは気楽そうに言っていたが、重圧はどんどん増していく。


 自然と、視線が下がった。


「何ができるんだ、俺たちに……?」


 ゴーレムへ目を向ける。


「何度傷つけたって、再生しちまうんだぞ。こんなの、無理だろ……」


 俺には、ボスやゼロのような攻撃能力がない。


 シオンのように、長い時を生き、時間を旅し、綿密な計画を立てることもできない。


 彼女は何度も、俺は特別な存在だと言ってくれた。


 だが、今の俺にできるのは、自分の傷を治すことだけだ。


 考えてみれば、シオンにはもう二度も命を救われている。


 ……俺には、自分の身を守る以外に、何もできないのか?


「……レン君」


 ミルトンが、声をかけてきた。


 どうやら、俺の不安に気づいたらしい。


「以前、シオン嬢が私を訪ねてきたとき、君について、いろいろな話をしてくれたんだよ」


 彼は、穏やかに続けた。


「君からは決して目を離さないほうがいいと、それはもう、何度も念を押されてね」


 ミルトンは、少し笑った。


「信じられないかもしれないが、それで私自身も、君に興味を持つようになったんだ」


「……へえ?」


 俺は、顔を上げた。


「だが、彼女が君の最大の長所として挙げたものが何か、知りたくないかい?」


「……何だよ?」


 思わず、聞き返した。


 答えが、まったく思いつかなかった。


「君の機転のよさと、細かなところまでよく見ていることだよ」


 ミルトンは、言った。


「特定の能力ではないんだ」


 そして、俺をまっすぐ見つめた。


「それから、何よりも……君の心だよ、レン君。 そこが、ほかの者たちとは違うんだ」


「……シオンが、本当にそんなこと言ってたのか?」


「空の星々に誓って、本当だとも」


 ミルトンは、微笑んで頷いた。


「自分はただの非戦闘員だと考えるのをやめた瞬間、君は名誉会員ではなく、本当の意味で一人前の冒険者になるんだよ」


 彼は、力強く続けた。


「君にしかできないことが、あるのだからね。」


 ……俺にしか、できないこと。


 その言葉は、俺の覚悟を試す挑戦であり、立ち上がれという呼びかけでもあった。


 しかも、言ってくれたのはボスだ。


 シオンまで、俺のことを信じてくれている。


 その事実が、心の中に残っていた迷いを、少しずつ燃やし始めた。


「さて。君は、ここまでの戦いをずっと見ていたね?」


 ミルトンは、尋ねた。


「私もゼロも、魔法を使うことに集中していた。だから、何かを見落としているかもしれない」


 そして、ゴーレムへ目を向けた。


「弱点でも、何でもいい。戦況を変えられそうなものは、なかったかな?」


 彼は、もう一度俺を見た。


「どれほど些細なことでも構わないよ。君が見つけてくれれば、あとは私が何とかしてみせよう」


「……些細なこと、ねえ」


 俺は、考え込んだ。


 ……何か、なかったか?


 戦いが始まってから、今までのこと。


 見たもの。


 聞いたもの。


 その一つひとつを、思い返そうとした。


 そのときだった。


 不意に、光が目へ飛び込んできた。


 眩しさに顔をしかめる。


 ゼロの大剣の表面に、ゴーレムの姿が映り込んでいたのだ。


 揺れる炎。


 黒い岩肌。


 そして、その反射を見つめているうちに――


 ……あっ。


 思い出した。


 もう少しで、見落としてしまうところだった。


「……なあ」


 俺は、顔を上げた。


「一つ、心当たりがあるかもしれねえ」

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