第32話 炎のゴーレム
「炎のゴーレムだと!?」
ゼロが、驚きの声を上げた。
「しかも、でかすぎんだろ、あれ!」
……いや、でかいなんてもんじゃねえよ。
あいつなら、レッドルークの街を丸ごと平らげても、まだデザートが入る余裕がありそうだった。
「……何で、あんなもんがここにいるんだよ?」
俺は、できるだけ急な動きをしないよう気をつけながら、シオンへ尋ねた。
「フィアって子の杖、取り上げたんじゃなかったのか?」
「確かに取り上げました。フューリー主任教師にも確認しましたから。でも……」
シオンは、考え込んでしまった。
「考えてる暇はねえぞ! みんな、道を空けろ!」
ゼロが、声を張り上げた。
その瞬間、ゴーレムは身体を丸め、巨大な球体へ姿を変えた。
そして、こちらへ向かって転がり始めたのだ。
まるで、超巨大な鉄球だった。
……ただし、炎をまとい、棘だらけの鱗で覆われている。
「うおおっ!?」
道端に停められていた荷車が、次々と踏み潰されていく。
俺たちも、どうにか圧し潰されずに済んだ。
だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
少し前にアルファが放った大規模な攻撃をきっかけに、住民たちの避難が始まっていたのだ。
今では、恐怖に駆られた市民が、通りへ次々と溢れ出している。
……まずい。
これじゃ、余計に逃げにくくなるだろ!
「ギルド員諸君! 住民の皆さんを、ただちに通りから安全な場所へ避難させてくれたまえ!」
ミルトンが、堂々とした声で命じた。
……こういうときは、本当にギルドマスターらしいな。
「ジェラルド、君に任せたよ!」
「お任せください、ギルドマスター!」
「うむ、頼んだよ」
ミルトンは、頷いた。
「そのあいだ、ここは我々四人で何とかしよう。学院から援軍が到着するまでは、ほかに対処できる者もいないだろうからね……」
……は?
俺は、思わずミルトンを見た。
今、何て言った?
まさか、自分とゼロとシオン、それから俺の四人だけで、あの馬鹿でかい化け物を食い止めるつもりじゃないだろうな?
いやあ、さすがボス。
冗談がうまいねえ。
……冗談、だよな?
「……レン君。今、何か失礼なことを考えたね?」
ミルトンが、引きつった笑みを向けてきた。
「まさか、こんなときに怖じ気づいたわけではないだろう?」
「冗談だろ、ボス! そんなわけねえって!」
結局、意地のほうが勝ってしまった。
実際のところ、俺はほとんど非戦闘員みたいなものなのに。
「でもさ……仮に、あくまで仮の話として、怖じ気づいてたとしたら――?」
「お前ら、足を止めんなよ! 鼻くそほじってるところを踏み潰されても知らねえぞ!」
ゼロが、再び怒鳴った。
ゴーレムが、巨大な足で俺たちを踏みつけようとしていたのだ。
言われたとおり、俺たちはそれぞれ位置を変え、相手を翻弄するように動き回った。
「リヒター・スケール、六・〇! アーススピア!」
ゼロが、大剣を地面へ突き立てた。
すると、鋭く尖った槍のような岩が、一直線に地面から突き出した。
その岩槍が、炎のゴーレムの脇腹を貫く。
「まだまだ、こんなもんじゃねえぞ!」
ゼロは、そのまま駆け込んだ。
そして、巨大な剣を、ゴーレムの脚の一本へ叩きつける。
深い裂傷が走った。
魔物は不快そうに咆哮し、少しよろめいたものの、すぐに体勢を立て直した。
……すげえ。
ゼロの奴、戦場での立ち回りをよくわかってやがる。
本気になると、こんな感じなのか?
最初に会ったときは、ただのお調子者だと思っていた。
だが、異世界人としての能力は、間違いなく本物だった。
シオンが、あいつを仲間に加えた理由もわかる気がする。
……彼女の言うことなら、何でも聞いてくれそうだしな。
ただ――
「ぐあっ――!?」
ゴーレムの棘だらけの尻尾が、ゼロの腹部へ叩き込まれた。
「ゼロ!」
俺は、叫んだ。
ゼロの身体は、木造の小屋へ勢いよく突っ込んだ。
衝撃で、砂埃が大きく舞い上がる。
一方、シオンはというと……
仲間が派手に吹き飛ばされたというのに、まだ何かを考え込み、ぶつぶつとつぶやいていた。
「……シオン?」
俺は、首を傾げた。
「心配しないでください。ゼロなら私が治せますから」
シオンは、ようやく顔を上げた。
「レン君は、とにかく生き延びることに集中してください。学院からの援軍は……来ないかもしれません」
そして、ゼロを助けるために走り出した。
戦いの場には、ミルトンと俺が取り残された。
……生き延びることに集中、か。
考えてみりゃ、俺にできるのはそれくらいだよな。
でも、援軍が来ないって、どういう意味だ?
「……私も、負けてはいられないね」
ミルトンは、相変わらず落ち着き払っていた。
ミルトンは、伸ばした掌の前に杖を水平に構えた。
その周囲へ、小さな旋風が集まり始めた。
「嵐の神よ、忠実なる僕に、この穢れし獣を引き裂く力を与えたまえ。全能の烈風をもって、創世の炎を鎮めたまえ……」
風が、さらに激しく渦を巻く。
「マーキュリアル・ストーム!」
暴風が、ゴーレムを包み込んだ。
嵐のような風が、巨体を覆う溶岩の岩肌を、次々と削ぎ落としていく。
そのとき。
……ん?
剥がれた岩の奥。
傷口の深いところで、何かが赤く光った気がした。
宝石のような……。
しかし、ミルトンの攻撃は、まだ終わっていなかった。
「魔装――タラリア!」
ミルトンの靴の両脇から、白く透き通った翼が生えた。
そのまま、彼の身体が弾かれたように加速する。
目で追うことさえ難しい速さだった。
「マーキュリアル・ストライク!」
凄まじい蹴りが、ゴーレムへ叩き込まれた。
さっきゼロがされたことを、そのまま返してやったようなものだ。
巨大な魔物が、ぼろ人形のように後方へ吹き飛ばされる。
空中で三度、派手に回転した。
そして、尻から地面へ転がり落ち、ようやく止まった。
……さっすが、俺のボス!
凄まじい一撃だった。
確かに、ゴーレムは一時的に弱ったように見えた。
だが、残念ながら、それは長く続かなかった。
目の前で、崩れ落ちた岩や溶岩の破片が、再び集まり始めたのだ。
深く刻まれたはずの傷まで、ほとんど一瞬で修復されていく。
「……嘘だろ」
俺は、目を見開いた。
「見た目以上に頑丈じゃねえか、こいつ……」
「いやはや。これほど見事な魔法生命体を見るのは、私も久しぶりだよ」
ミルトンは、感心したようにつぶやいた。
「少なくとも、ここ百年ほどは記憶にないね。召喚した人物は、よほどの腕前なのだろう……」
その頃には、シオンとゼロも俺たちのところへ戻ってきていた。
「……おい、大丈夫か?」
俺は、ゼロへ声をかけた。
服はぼろぼろで、身体にも打ち身が残っている。
「これくらい、もっとひどい目に遭ったことあるぜ、相棒」
ゼロは、軽く笑った。
「信じられねえかもしれないけどな。幸い、シオンは回復魔法をいくつか使えるんだよ」
だが、すぐに真剣な表情へ変わる。
「それより問題は……あいつの甲羅だ」
「削っても削っても、皆さんの攻撃より速く再生しているようですね」
シオンは、ゴーレムへ目を向けた。
「……困りましたね」
「困ったなんてもんじゃねえよ。とんでもねえ厄介者だろ」
俺は、ため息をついた。
「それよりさっき、援軍が来ないかもしれないって言ってたよな。どういうことだ?」
「このゴーレムが北から来たのなら、真っ先に交戦したのは学院の脅威対処部隊のはずです」
シオンは、説明した。
「守備隊からの援軍も、一緒だったでしょうね」
……そういえば。
前の時間軸では、グリムウィック隊長と直属の部下たちが、こいつを倒しに向かっていた。
今回も、あの連中が来ていたのだろうか。
それとも……
アルファが干渉したせいで、前回よりゴーレムが強くなっているとか?
「つまり、学院の連中も守備隊も、返り討ちに遭ったってことか?」
俺は、鼻で笑った。
「で、あとは俺たちに任されたと。……最高じゃねえか」




