↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/42

第31話 リヒター・スケール

 その瞳に、怒りが燃え上がる。


 だが、言い終えるよりも早く、足元の地面が大きく裂けた。


「――っ!?」


 アルファの身体が、亀裂へ呑み込まれていく。


 そのまま、深い地割れの底へ落ち、姿が見えなくなった。


「……ふうっ」


 シオンは、両膝へ手をつき、安堵のため息を漏らした。


「もう! いつ戻ってくるのかと思いましたよ、この大馬鹿!」


 彼女は、ゼロを睨んだ。


「いったい、何をしていたんですか!?」


「いやあ、言われたとおり近くに隠れてたんだけどさ」


 ゼロは、顎を掻いた。


「そしたら、シオンが予想したとおり、あいつが現れたんだよ」


 そして、俺へ目を向けた。


「二人きりになるのを狙ってたんだろうな。……しかし、本当に別のレンだったとはねえ」


「当然です」


 シオンは、頷いた。


「あの男なら、まだこちらの準備が整っていない段階で、私たちを始末する機会を見逃さないでしょうから」


 彼女は、少し得意げに続けた。


「もっとも、私が考えていた可能性の一つにすぎませんけどね。……それで、ほかには?」


「そのあと、嫌な予感がしたもんだから、酒場まで剣を取りに戻って、ついでにギルドにも助けを頼んできたんだよ」


 ゼロが、後ろを振り返った。


 すると、ミルトン本人が姿を現した。


 しかも、冒険者ギルドの援軍まで引き連れている。


 その中には、さっき酒場でゼロを応援していた連中も、何人か混じっていた。


 アイアン・ガットの姿まである。


 ミルトンの信頼する部下、ジェラルドも一緒だった。


「いやはや、シオン嬢。怯える乙女の役を、実に見事に演じていたね」


 ミルトンは、節くれだった魔法の杖を手に、くすくすと笑った。


「君の師匠は、困難な状況でも機転が利くことで知られているが…… その点では、君もなかなか似ているようだ」


「……演技?」


 俺は、勢いよく振り返った。


「えっ、ちょっと待て。どういうことだよ?」


 ……誰か、そろそろ説明してくれねえか?


 頼むから。


「正直に言うと、あのときの恐怖は本物でしたよ」


 シオンは、答えた。


「でも、アルファには、自分が私たちより優位に立っていると思わせたかったんです。そうすれば、彼が本当は何を求めているのか、確かめられるかもしれませんから」


 彼女の表情が、少し曇った。


「……ただ、恐れていたとおりでしたね」


 シオンは、俺を見つめた。


「アルファは最初から、あなた自身には、それほど興味がなかったんです。あの行動を見れば、わかります」


 そして、説明を続けた。


「暗殺計画は、あなたが能力に目覚める前に、邪魔者として排除するためのものだったのでしょう。そうすれば、私のところへ近づく際にも、障害がなくなりますから」


 彼女は、息をついた。


「でも、それが失敗してしまった。だから、焦って私たちの前へ姿を現したんです」


「……焦った?」


 俺は、聞き返した。


「じゃあ、もう『王子』は安全ってことか?」


「少なくとも、このアルファという男には、もう王族を狙う動機がないかもしれないね」


 ミルトンが、口を開いた。


「君の自己治癒能力が、すでに目覚めていると知ったわけだから」


 彼は、シオンの推測を踏まえて考えているようだった。


「それに、凶器になるはずだった短剣も、今は君が無事に持っているんだろう?」


「……ああ」


 俺は、手の中の短剣へ目を落とした。


 アシェン・ファング。


 こいつを失ったせいで、あれほどひどい目に遭ったのだ。


 それが今、ようやく俺の手元へ戻ってきている。


 ……何だか、信じられねえな。


 とりあえず、一つだけ決めた。


 もう、ベルトに直接挟んで持ち歩くのはやめよう。


 今度こそ、ちゃんとした鞘を買わなきゃな。


「ただし、『王子』が完全に安全になったという意味ではありませんよ」


 シオンが、念を押した。


「王族は、すでに何度も暗殺の被害に遭っているんです。忘れてはいけません」


 そして、声を潜めた。


「次の統治者を決める王位継承協議会が開かれるまでは、ノウエラ王女も本当の意味では安心できません」


 彼女は、俺たちを見回した。


「だからこそ、協議会を無事に成功させることが、次の大きな目標になるんです」


「……なるほどな」


 俺は、頷いた。


「でもさ、俺に罪を着せるのが、あいつの計画の本筋じゃなかったってんなら……」


 シオンへ目を向ける。


「アルファは、本当は何が欲しかったんだ?」


「私だけが持っているものです」


 シオンは、静かに答えた。


「つまり――」


「アカシック・レコードだよ!」


 突然、地割れの奥から声が響いた。


「まさに、それだとも!」


 次の瞬間、アルファが地面の亀裂から勢いよく飛び出した。


 岩の破片を周囲へ撒き散らしながら、俺たちの頭上高くへ舞い上がる。


「――っ!」


 全員が、再び身構えた。


 だが、アルファは少し距離を取った。


 どうやら、逃げるつもりらしい。


「認めよう、シオン。君は賢い。昔から、そうだったね」


 アルファは、薄く笑った。


「だが、これで終わりだなどと思わないことだ。まだ、始まったばかりなのだから!」


 彼は、宙に浮いたまま続けた。


「この現実へ渡ってきたばかりの今は、普段どおりの力を発揮できない。だが、ここで過ごす時間が増えるほど、魔力も、使える駒も、集まってくるのだよ」


 その赤い瞳が、怪しく輝いた。


「私は、これからも強くなり続ける。やがては、あの偉大なるアルゴ学院長でさえ、私の相手にはならなくなるだろうね」


「……つまり、ここから逃げ切れると思っているのかな?」


 ミルトンが、含みのある笑みを浮かべた。


「そうだぜ、あんたはもう囲まれてるんだ」


 ゼロは、両手を首の後ろで組んだ。


「俺だって、暴力はそんなに好きじゃねえんだけどさ。友達を傷つけられたとなりゃ、ちょっとばかり暴れなきゃなんねえよな……」


「おお、何とも頼もしいことだ! 実に感心するよ!」


 アルファは、愉快そうに手を広げた。


「だが、君たちはきっと、あちらの対処で忙しくなるだろうと踏んでいたのだよ」


 その瞬間だった。


 学院へ続く道の、少し先。


 大爆発が起こった。


 巨大な赤い煙の柱が立ち昇る。


 続けて、耳をつんざくような咆哮が響き渡った。


 思わず、全員が耳を塞いだ。


「ははははっ!」


 逃げる好機を見つけたアルファは、高らかに笑った。


 そして、黒い虚空の中へ姿を消してしまった。


 残された俺たちのあいだに、沈黙が流れる。


 実際には、ほんの数秒だったのだろう。


 だが、その沈黙は、妙に長く感じられた。


「……なあ、みんな」


 ゼロが、小声で言った。


「俺、すっげえ嫌な予感がするんだけど……」


「……そりゃ、するだろうな」


 俺は、少しだけ嫌味を込めて答えた。


 やがて、静けさを破るように、重い足音が近づいてきた。


 ずしん。


 ずしん。


 地面が揺れる。


 そして、とうとう――


 巨大な獣が、姿を現した。


 亀のような形をしている。


 だが、その身体は、灼熱のマグマと炎に包まれていた。


 通りに並ぶ最も高い建物でさえ、その巨体には及ばない。


「……あれは――!」


 シオンが、目を見開いた。


 ……とんでもなく面倒なことになりそうだな、こりゃ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。