第29話 最初のレン
「お前が……俺?」
俺は、思わず聞き返した。
「そんなわけねえだろ!」
目の前の男が俺と同じ顔をしていることは、認めるしかなかった。
だが、だからといって、同じ人間だと信じられるわけがない。
……ただ、シオンは男の言葉を否定しなかった。
それが、妙に引っかかった。
「ふむ。正確に言えば、君が私なのだよ」
男は両手を腰に当て、こちらを挑発するように身を乗り出した。
「何しろ、私こそが本来の『レン』なのだからね」
そして、得意げに笑った。
「まあ、細かい違いと言えば、それまでだが……」
……本来のレン?
つまり、レンIってことか!?
でも、俺より前の分岐個体は全員殺されて、それぞれの世界も滅ぼされたんじゃなかったのか?
「……あり得ねえ」
「そんなに気に障るかね、偽物君?」
男は、わざとらしく首を傾げた。
「だが、気にするべきだとも! 君は自分の存在が、どれほど途方もない宇宙規模の事故なのか、もっと衝撃を受けるべきなのだよ!」
男は、胸元へ手を当てた。
「もっとも、私と、そこにいるシオンがいなければ、この宇宙が君やほかの分岐個体に悩まされることもなかったわけだ」
そして、芝居がかった調子で続けた。
「そう考えれば、我々にも責任があるのかもしれないね……」
……顔も声も、俺と同じなのに。
どうして、喋り方はこんなに違うんだ?
中学生の頃、一番オタクだった時期の俺でさえ、ここまでの厨二病だったとは思いたくねえぞ。
俺は、シオンへ目を向けた。
彼女は、俺とも男とも目を合わせようとしない。
その顔には、複雑な感情が浮かんでいた。
「だが、私も寛大な人間だからね」
男は、再び口を開いた。
「私の前でも、君が『レン』という名前を使い続けることを許してあげよう。何しろ、今の私は、別の名で呼ばれているのだから」
「……許してやる、だって?」
俺は、目を細めた。
「冗談にしても、ちっとも笑えねえよ」
「……アルファ」
シオンが、ようやく口を開いた。
その声からは、先ほどまでの恐怖が薄れ、怒りが滲み始めていた。
「どうして、あなたがここにいるんですか!?」
「私には、ここへ来る権利すらないのかい?」
アルファは、わざと驚いたような顔をした。
「それとも、私がいると何か不都合でも?」
彼は、再び俺へ目を向けた。
その瞬間、何かに気づいたらしい。
突然、狂ったように笑い始めた。
「……待ちたまえ。まさか!」
アルファは、俺とシオンの顔を交互に見た。
「その表情で、すべてわかったよ! 君はまだ、この男に何も話していなかったのだね、シオン!?」
彼は、さらに愉快そうに笑った。
「我々の過去の関係も、二人で引き起こした破滅の数々も! 何とも滑稽な話だ!」
「……そもそも、どうしてあんなことになったと思っているんですか!?」
シオンが、鋭く言い返した。
「失われた命も、大切だった人たちも……。全部、あなたが力を求めたせいで、一瞬にして消えてしまったんですよ!」
彼女は、拳を握りしめた。
「よくも平然としていられますね!?」
「子猫のように丸くなって、ぐっすり眠っているとも! 愛しい君よ!」
アルファは、シオンをからかい、また笑った。
「責任など、好きなように押しつければいいさ。だが、君も私と同じように、あの者たちを置き去りにしたのだよ」
そして、笑みを深めた。
「君も、ほかの時の番人たちもね。君の師匠も、大切な兄君も、以前からそうだったのだから」
「……っ」
シオンの顔が、苦痛に歪んだ。
「世界が自分たちの目的に合わなくなれば、見捨てて次の現実へ移る。悲劇が起きても介入せず、ただ眺めているだけ……」
アルファは、吐き捨てるように続けた。
「揃いも揃って、臆病者ばかりだ! だからこそ、君は神の加護を失ったのだろう――」
「――臆病者は、てめえのほうだろ!」
俺は、思わず割って入った。
アルファが、不愉快そうにこちらを睨みつける。
……その視線だけで、心臓が止まりそうだった。
「真っ昼間に子供を殺して、その罪を俺へ押しつけようとしやがって……!」
俺は、歯を食いしばった。
「シオンの言うとおりだ。恥を知れよ、このクソ野郎!」
「ああ、残念ながら、何の話だかさっぱりわからないね!」
アルファは、大げさに肩をすくめた。
顔には、白々しい笑みが浮かんでいる。
「確かに、これからの展開に向けて、似たようなことを計画してはいたが……」
彼は、少し声を弾ませた。
「君たちがせっかくの準備を台無しにしてくれたものだから、どうやら無駄になってしまったようだね」
「とぼけたって、何も変わらねえよ」
俺は、唾を吐き捨て、拳を鳴らした。
「今すぐ失せねえなら、ぶん殴ってでも追い払うぞ。二度は言わねえからな」
「おお、怖い怖い! それなら、仕方がないね……」
アルファは、歌うような調子で答えた。
その手に、突然アシェン・ファングが現れる。
俺が身構えるよりも早く――
「……君の言うとおり、大人しく降参するしかないようだ」
アルファは、短剣をこちらへ放り投げた。
武器は硬い路面に音を立てて落ち、俺の足元で止まった。
「ほら、私が持っていった品だよ。さっさと取り返して、帰りたまえ」
彼は、退屈そうに手を振った。
「君たち二人には、ほとほと飽きたのでね」
……は?
そんな簡単に?
あり得ねえだろ。
俺は、頭を下げて降参するふりをしている男を、疑いの目で見つめた。
何か企んでいるに決まっている。
……だが、それでも。
俺は、ゆっくりと身をかがめた。
せめて、自分とシオンを守るための武器が欲しかった。
何でもいい。
何も持っていないよりは、ましなはずだ。
できる限りアルファから目を離さずに、短剣へ手を伸ばした。
「レン君、駄目――!」
しかし、その声に気を取られ、思わずシオンを振り返ってしまった。
「……なーんてね」
「――っ!?」
アルファが、突然目の前へ踏み込んできた。
そして、手の甲で思い切り俺を殴りつけた。
人間の一撃とは思えない、凄まじい威力だった。
高速道路を走るトラックの荷台から突き落とされたみたいに、俺の身体が路面を何度も転がっていく。
「レン君!!」
耳鳴りの向こうから、シオンの悲鳴が聞こえた。
全身が痛む。
骨も、あちこち折れているらしい。
肩まで脱臼していた。
だが、地面でのたうち回っているうちに、奇跡のようなことが起きた。
傷が、勝手に治り始めたのだ。
……ただし、とんでもなく痛い。
「……この、クソ野郎……!」
俺は、血と唾液をまとめて吐き捨てた。
手には、アシェン・ファングを固く握っている。
殴り飛ばされる直前に、何とか地面から拾い上げていたのだ。
「ほう…… 何とも、しぶといことだね」
俺が身体を起こすと、アルファは無理に笑みを作った。
「悪いことではないが、今の一撃なら、本来は即死しているはずなのだよ」
彼は、俺を観察するように目を細めた。
「どうやら、常時発動型の自己治癒能力が目覚めたらしいね。それにしても、状況のわりには、ずいぶん落ち着いているじゃないか」




