第27話 違うレンたちの記憶
学院のある北の方角へ、しばらく歩いた頃だった。
突然、数歩前を歩いていたゼロが、不満そうにうめき声を上げて立ち止まった。
「……くそっ」
「どうした?」
俺は、尋ねた。
「腹でも下したか?」
「いや、違う違う。大剣をオールド・レッズ・インに忘れてきちまったんだよ」
ゼロは、腰に両手を当て、首を振った。
「参ったな。取りに戻らなきゃなんねえけど、まあ、そんなに時間はかからねえだろ」
「……どうして、あんな大きなものを忘れられるんですか?」
シオンは、呆れ果てたようにため息をついた。
「サーフボードくらい大きくて、とんでもなく重い剣でしょう? いつも背負っているのに、そもそもどうして下ろしたんですか?」
「いやあ、ほかの客の飲み物を何度も倒しちまってさ」
ゼロは、肩をすくめた。
「背中から外して、カウンターの裏に置いとけって言われたんだよ」
そして、けろりと続ける。
「最近は重さにも慣れちまってるし、背負ってないことを忘れてたんだろうな」
「……それはそれで、怖い話ですね」
「とにかく! すぐ戻るからよ! 二人とも、どっか行くんじゃねえぞ!」
「待ってください、ゼロ――!」
俺たちが止めるよりも早く、ゼロは来た道を全速力で駆け戻っていった。
どうやら、可愛らしい給仕のもとへ預けてきた大切な武器を、取り返しに行くらしい。
……まあ、剣士が剣を持っていないのは、さすがにまずいよな。
だが、シオンはあまり嬉しそうではなかった。
「あの、大きな間抜けは……」
「まあまあ、いいじゃねえか」
俺は、笑った。
「俺だって、学校へ行く途中で携帯を家に忘れたことなんて、数え切れねえくらいあったぜ」
そして、昔のことを思い出した。
「親父には、何度かこっぴどく叱られたけどな。『緊急時のために持たせてるんだ』とか言ってさ」
俺は、鼻で笑った。
「実際には、俺がどこにいるのか、携帯で追跡してやがったんだけど。あのクソ野郎」
……そういや、親父とのあいだにも、珍しく笑える話があったっけ。
「で、俺が何をしたと思う?」
俺は、にやりと笑った。
「そのへんにいた野良猫に携帯をくくりつけて、放してやったんだよ」
思い出しただけで、笑いが込み上げてくる。
「そしたら親父の奴、俺だと思い込んで、半日近く車で近所を走り回ってやがってさ!」
俺は、声を上げて笑った。
「家に帰ってきたときの顔なんて、見せてやりたかったぜ! いやあ、傑作だったな……」
そして、少しだけ顔をしかめた。
「……まあ、その夜は、全然笑えることにならなかったけどな」
シオンは、俺の短い昔話に、かすかな笑みを浮かべていた。
だが、すぐにその表情が曇る。
何か、困惑しているようだった。
「……おい、どうした?」
俺は、尋ねた。
「あんたが急に静かになるなんて、珍しいじゃねえか」
「それは、私がおしゃべりだという意味ですか?」
シオンは、面白がるように鼻から息を漏らした。
「……まあ、完全には否定できませんけどね」
「自覚があるなんて、最近じゃ珍しい長所だな」
俺は、軽く笑った。
「でも、俺はあんたがたくさん喋ってるほうが好きだぜ」
そして、正直に続けた。
「急に黙り込まれると、何か隠してるんじゃねえかって、不安になるんだよ」
「……ごめんなさい」
「謝んなくていいって。むしろ……」
俺は、ため息をついた。
「さっきは、ちょっと頭に血が上っちまったけどさ。ボスの言ってたことを、ずっと考えてたんだ」
シオンへ目を向ける。
「何か魔法的な理由があって、俺に教えられないことがあるってんなら、仕方ねえよ。あんたが決めることだ」
そして、肩をすくめた。
「とりあえず、今はあんまりしつこく聞かないでおく」
「……いいえ。それでは、駄目なんです」
シオンは、強く首を振った。
「今の私たちの信頼関係は……同盟そのものが、あまりにも脆いんです。そよ風が吹いただけでも、壊れてしまいそうなくらいに」
彼女は、少し声を落とした。
「そんな状態で、ゼロのように何も聞かず、ただ私についてきてほしいなんて……。無理なお願いに決まっていますよね」
「……」
俺は、何も言わなかった。
ただ、耳を傾けていた。
「私は、もう存在しない別のあなたたちから得た思い込みを、ずっと持ち続けていました」
シオンは、ぽつぽつと語り始めた。
「無意識のうちに、それを今のあなたにも当てはめて、もう一度、同じような友情を築こうとしていたんです」
彼女は、苦しそうに微笑んだ。
「……つらいんです。それは、本当に」
そして、俺を見つめる。
「何より、あなたに対して不公平ですよね。あなたは、あなた自身なのに」
シオンの声が、わずかに揺れた。
「そんなこと、もちろんわかっています。わかっているんですけど……」
彼女は、言葉を詰まらせた。
「あなたの顔を見ると、どうしても……」
そして、かすれるような声で続けた。
「……みんなの顔が、重なってしまうんです」




