第26話 伏せられた敵の正体
俺は、肩をすくめた。
「……少なくとも、前回はそうやって殺したんじゃねえかって、俺たちは考えてる」
「……待ってください」
シオンが、突然、困惑した顔をした。
「なぜ、守備隊が北部地区にも集まるんですか?」
彼女は、俺へ目を向けた。
「前回の時間軸では、学院の近くでも何か起きたんですか?」
「……ああ。言ってなかったっけ?」
「いいえ。アンデッドの襲撃についてしか、聞いていなかったと思いますが……」
……そういや、言ってなかったな。
学院での事件は、シオンも当然知っているものだと思っていた。
あるいは、俺自身が、事件同士の繋がりに気づいていなかったのかもしれない。
あの騒ぎは、すぐに鎮圧されたらしいし、大した被害も出ていないようだった。
だから、あれこれ話を広げても、余計に混乱するだけだと思っていたのだ。
……もしかして、見落としちゃいけないことだったのか?
「学院の外で、どっかのクソ野郎が炎のゴーレムを召喚したんだよ」
俺は、説明した。
「俺がボスの書簡を届けたあと、マヌケ隊長も、そいつを片づけるために走っていった」
そして、思い出したことを付け加える。
「それに、ゾンビの事件と同じで、現場には犯行声明みたいな書き置きまで残ってたらしいぜ」
「……書簡といえば、今回はまだ君が持っているんだったね?」
ミルトンが、口を挟んだ。
「……ああ、そうだ」
俺は、気まずくなって首の後ろを掻いた。
「悪い、ボス。結局、グリムウィックに会う前にこっちへ来ちまったからさ。せっかく仕事を頼んでくれたのに……」
「気にしなくていいよ、レン君」
ミルトンは、穏やかに言った。
「今の話を聞いて、隊長へ王位継承協議会の件を知らせるのは、もう少し自分でも調べてからにしようと決めたところだ」
そして、微笑んだ。
「報酬も、それなりの額を支払うつもりだよ。何しろ、別の時間では、きちんと仕事を終えてくれたのだからね」
……そういう計算でいいのか、よくわかんねえけど。
まあ、金をくれるってんなら、ありがたくいただくか。
「……炎のゴーレム、ですか」
シオンは、まだ深く考え込んでいるようだった。
「この街で、そんな魔物を召喚できるだけの適性と魔力を持つ人物となると…… 学生の中では一人、いえ、魔法使い全体でも一人しか思い当たりませんね」
「フィアじゃねえの?」
ゼロが、話へ加わった。
いつの間に取り出したのか、手にはパンが一斤握られている。
奴は、それをほんの数口で平らげながら続けた。
「あの子、何かにつけて爆発させるのが好きそうだしな。またやらかしたとしても、そこまで驚かねえぜ」
「……そうですね」
シオンは、頷いた。
「レン君と一緒に、訓練場で騒ぎを起こしたところを見ました。ですから、フューリー主任教師に杖を没収してもらったんです」
そして、少し安心したように続けた。
「もし本当にフィアちゃんが召喚したのだとしても、今回は杖がありません。前回のような問題は起きないはずですよ」
「ふむふむ。でもさ、あの子がわざとそんなもんを召喚するかねえ?」
ゼロは、真面目な顔で考え込んだ。
「とはいえ、現場には犯行声明の書き置きがあったんだろ……?」
どうやら、その一点が気になるらしい。
「もう、何を言ってるんですか。フィアちゃんは虫一匹傷つけられないような子ですよ? ゼロだって、あの子と関わったことがあるでしょう?」
シオンは、きっぱりと反論した。
「おそらく、誰かがあの騒ぎを利用したのでしょう。守備隊の兵力を、さらに分散させるために」
「……まあ、何にせよ」
俺は、肩をすくめた。
「これで心配事が一つ減ってくれるといいんだけどな。それに、今回はこっちが不意を突けそうだし」
「そうだといいのですが……」
シオンは、複雑そうな表情をしていた。
「相手を甘く見るわけにはいきません。こういうことに関しては、あの男はあまりにも手段が豊富ですから」
彼女は、少し目を伏せた。
「もっと不利な状況からでも、勝利を収めてきた姿を、私は見たことがあります」
「……あの男?」
俺は、その言葉を繰り返した。
……前は、誰だかわからないような言い方をしてなかったか?
「そういや、俺たちが相手にするのは怪物だって言ってたけど、詳しいことは何も聞いてねえよな」
俺は、シオンを見た。
「結局、どんな化け物を想定しときゃいいんだ?」
……敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
そんな言葉が、あったよな。
「それは……まだ、お話しできません」
シオンは、答えた。
ミルトンは何も言わなかったが、彼女の即答に、片眉を上げた。
「……また俺たちには秘密ってわけか?」
俺は、鼻で笑った。
「今度は、どういう理由だよ?」
「ようこそ、相棒。俺と同じ立場になったな」
ゼロが、深いため息をついた。
「シオンはいつもそうなんだ。あれを手伝ってくれ、これを手伝ってくれって、俺のところへ来るくせに、肝心なことはほとんど教えてくれねえ」
そして、わざとらしく肩をすくめた。
「おまけに、可愛いまつげをぱちぱちさせてくるんだぜ。それだけで俺を説得できるとでも思ってんのかねえ……」
「……でも、それで十分だったんだろ?」
俺は、突っ込んだ。
「実際、ここにいるじゃねえか」
ゼロは、シオンへ視線を向けた。
彼女は腕を組み、目を細めてゼロを睨んでいる。
「……ま、まあ、そうだけどよ!」
ゼロの頬が、急に赤くなった。
「って、そんな話はどうでもいいんだよ!」
……お前が始めた話だろうが!
「決して、意味もなく秘密にしているわけではないんです」
シオンは、俺たち二人へ訴えかけた。
「いずれ、あなたたちも敵と直接顔を合わせることになるでしょう。その正体を知れば、きっと皆さん驚くはずです」
そして、少し声を落とした。
「……私自身が、そうだったように」
「だったら、早めに教えてくれたほうがよくねえか?」
俺は、言った。
「俺は、いつまでも補助輪をつけてもらったり、手を引いてもらったりしなきゃならねえガキじゃないんだぜ?」
「それは、わかっています。ただ……」
「……まだ準備ができてない、か」
俺は舌打ちした。
「わかったよ」
そして、言葉が止まらなくなった。
「この世界に来たときも、そうだったもんな。あんたや学院の仲間たちに加わる準備ができてないってんで、俺は何か月も一人で路地裏のカビたパンを食ってたわけだ」
思わず、声に棘が混じる。
「人間として成長するため、とか。そういうことなんだろ?」
「……」
「まあまあ、レン君。少し、シオン嬢に厳しすぎるんじゃないかな?」
ミルトンが、柔らかな声で割って入った。
「彼女には、君が身に覚えのない罪を着せられ、この世界から消されてしまうのを、ただ見過ごすこともできたんだよ」
彼は、俺を見つめた。
「だが、彼女は君を救おうとしている。それなら、もう少し話を聞いてあげてもいいんじゃないかな?」
「でも、ボス。こいつは――!」
「――いいえ、ギルドマスター」
シオンが、俺の言葉を遮った。
その視線は、床へ落ちていた。
「レン君の言うとおりです」
そして、静かに頭を下げた。
「あなたたちの理解力を軽んじるような真似をして、ごめんなさい。レン君、ゼロ」
彼女の声には、先ほどまでの得意げな響きがなかった。
「初めから、もっとお二人を信じるべきでした」
シオンは、かすかに苦笑した。
「……結局、私は自分の気持ちを守ることばかり考えていたのかもしれませんね」
「おいおい、気にすんなって、シオンたん! 秘密が二つや三つくらい――」
「――じゃあ、話してくれるんだな?」
ゼロが場を和ませようとしたところへ、俺は口を挟んだ。
「……本当のことを」
「……はい」
シオンは、頷いた。
「ただし、学院へ戻る途中でお話しします。明日に備えて、管理棟に私たちの宿泊場所も用意してありますから」
そして、ミルトンへ向き直った。
「ギルドマスターにも、これから準備があると思います。急に押しかけてしまいましたが、お時間をいただき、ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ楽しかったよ、シオン嬢」
ミルトンは、微笑んだ。
「短いあいだに、実に多くのことを知ることができたからね」
そして、力強く続けた。
「もちろん、これからの戦いでは、必要とあらばギルドも全面的に協力しよう。動かせる人員なら、十分にいるからね」
「では、宮殿地区の住民を、不意のアンデッド襲撃から守ることを優先してください」
シオンは、すぐに提案した。
「それから、グリムウィック隊長を説得して、王女の周囲の警備を強化してもらいたいんです」
彼女は、さらに続ける。
「必要なら、あの偽の警告も無視させてください。暗殺者に、短剣の力を利用して動き回る隙を与えるわけにはいきません」
「もちろんだとも」
ミルトンは、頷いた。
「後者についても、あの誇り高い男に道理を理解させるよう、全力を尽くそう。約束するよ」
「ありがとうございます。本当に、助かります」
シオンは、丁寧に頭を下げた。
「借りができたな、ボス」
俺も、頷いた。
「何、気にすることはないさ」
ミルトンは、扉へ向かう俺たちを見送りながら言った。
「ただ、三人とも、学院へ戻る道中は十分に気をつけておくれ」
そして、どこか意味深に付け加えた。
「……いつ、物事が変わるとも限らないからね」




