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第25話 未来を知る者

 俺とゼロは、ミルトンの執務室の前で待っていた。


 待ち時間には、他愛のない話をして過ごした。


 シオンは先に女性用の化粧室へ向かっている。着ていた黒い外套を脱ぎ、少し身だしなみを整えるつもりらしい。


 そして、あっという間に戻ってきた。


「では、入りましょうか?」


 シオンは、こちらへ歩み寄りながら言った。


「お忙しい中、私たち三人のために時間を作ってくださったんです。ギルドマスターをお待たせするわけにはいきませんからね」


 今のシオンは、白いドレスを着ていた。


 肩の周りには可愛らしいフリルがついていて、背中の中央あたりは、少しだけ肌が見えるデザインになっている。


 前髪には、白い花の髪飾りまでつけていた。


 さっきまでの、ハロウィンの仮装みたいな黒いローブよりも、ずっと彼女らしい格好に見えた。


 それに……


 思っていたより、胸元がずいぶん豊かなんだな……


「了解!」


 俺がシオンの姿に見とれているあいだに、ゼロが返事をした。


 そして突然、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「それにしても相棒、めちゃくちゃ見てるじゃねえか」


「なっ――!?」


 ゼロは、最後の部分を小声で囁いてきた。


 おかげで、少し慌ててしまった。


 だが、それ以上目立つわけにはいかない。


 幸い、シオンは気づいていないようだった。


 ……たぶん。


 ふう……


 俺は代表して、執務室の扉を叩いた。


 中にいる人物とは、俺が一番親しいからな。


 三度、しっかりとノックしてから声をかける。


「よう、ボス。レンだ」


『おお、レン君! 入っておいで! お友達も一緒にね!』


「……友達と呼べるかどうかは、まだ微妙だけどな」


 俺は、小さくつぶやいた。


 ほかにも連れがいるとは伝えていなかったのに、ミルトンは複数の客が来ることを予想していたらしい。


「……失礼しまーす」


 三人で執務室へ入る。


 ミルトンは机に向かい、両手の指先を合わせながら、ゆったりと座っていた。


 その顔には、いつものように含みのある笑みが浮かんでいる。


「これはこれは。私のお気に入りの若きギルド員と、ご立派なお客様方が揃って、いったいどういったご用件かな?」


 ミルトンは、嬉しそうに微笑んだ。


「アルゴ学院長の直弟子であるシオン嬢に……こちらの、たくましい青年も」


 彼は、ゼロへ目を向けた。


「君のお名前を、伺ってもいいかな?」


「ゼロだ!」


 新たな仲間は、迷うことなく親指で自分を指さした。


「いやあ、それにしても、あんたには一度礼を言いたいと思ってたんだよ。下の酒場、最高だな! 街のほかの店なんて、足元にも及ばねえぜ!」


「おお、そうかい! それは嬉しいね」


 ミルトンは、楽しそうに頷いた。


「君のことは、店の者たちからもいろいろ聞いているよ。学院の学生たちの中でも、腕の立つ戦士なのだとか」


 そして、にこやかに続ける。


「いつも贔屓にしてくれて、実にありがたいことだ。……いずれは、自分のお財布から飲み代を払ってくれる日も来るといいのだがね?」


 その嫌味に、悪意は少しも感じられなかった。


 だが、ミルトンの目には、普通の人間なら震え上がりそうな鋭さが宿っていた。


 俺は、ミルトンが実際に戦うところを、ほんの数回しか見たことがない。


 それでも、彼の戦闘能力が人間離れしていることは知っていた。


 ……そして、こういう場でのほうが、むしろ恐ろしい人なのかもしれない。


「連中が俺の酒の強さに挑戦してこなくなったら、そうするかもな!」


 ゼロは、まったく怯まずに笑った。


 ……少々鈍感なのか、それとも大した度胸なのか。


 どっちだろうな。


「でも、あんたんとこのギルド員は、本当に騒がしい連中ばっかりだな! この建物じゃ、退屈する暇がねえよ!」


「それは、否定できないね」


 ミルトンは、穏やかな顔で頷いた。


「仲良くお話しするのも結構ですが、今日はお邪魔した目的があるんです。少し、お時間をいただけますか?」


 シオンが、できるだけ丁寧な言葉遣いで話を本筋へ戻そうとした。


「最近、街で起きている奇妙な出来事に関係しています。それに、少々気がかりな報告もありまして……」


「おやおや、これは失礼したね、シオン嬢」


 ミルトンは、軽く頭を下げた。


「では、聞かせていただこうか。前にお会いしてから、何かわかったことはあるのかな?」


 そして、少し真剣な表情になった。


「君が心配していたことは、やはり現実になってしまったのかい?」


「……あれ? 二人とも、会ったことあんの?」


 俺は、思わず尋ねた。


「ええ。もっとも、普段は直接お話しする機会は、それほど多くありませんけどね」


 シオンは、答えた。


「師匠とミルトン様が会議をするとき、私も同席することがあるんです。基本的には聞き役で、必要なときだけ発言する程度ですが……」


「――最近は、少し事情が違ってね」


 ミルトンが、説明を引き継いだ。


「アルゴ学院長がエンバーでの準備のために出発した直後、シオン嬢が私を訪ねてきたんだ」


 彼は、俺へ視線を向けた。


「これから起きるかもしれないことについて、心配しているとね。近いうちに、君が正体不明の何者かに狙われる可能性があると。そして、その何者かが、最近レッドルークで起きている事件にも関わっているかもしれない、と」


「……待てよ」


 俺は、信じられない思いで尋ねた。


「俺に何か起きるって、知ってたのか? だったら、何で教えてくれなかったんだよ!?」


「いや、正確には、そこまでわかっていたわけではないのだよ」


 ミルトンは、顎をさすった。


「シオン嬢の警告は、少々曖昧に思えたからね。最初はあまり深刻に受け止めず、私なりに君の様子を見守っていたんだ」


 そして、続けた。


「だが、今日、住宅地区で起きたアンデッドの襲撃。それに、君を狙った短剣泥棒……この二つは、ひょっとすると繋がっているのかな?」


「私たちは、そう考えています」


 シオンが、答えた。


「襲撃現場には、犯人が書き置きを残していたんですよね? 同じ地区をもう一度襲うという内容の」


 彼女は、少し目を細めた。


「まるで、守備隊に止められるものなら止めてみろと挑発しているような……」


「……ほう?」


 ミルトンの表情が、急に興味深そうなものへ変わった。


「我々も、つい先ほど解読したばかりだというのに。そこまで自信を持って言えるということは……」


 彼は、シオンを見つめた。


「今回の事件を経験するのは、初めてではないようだね、シオン嬢?」


「……ああ。初めてじゃねえよ」


 俺が、代わりに答えた。


「そのとおりです、ギルドマスター」


 シオンは、頷いた。


「明日、何が起きるのかを目撃したあと、少しだけ時間を遡りました。皆さんと力を合わせ、それを防ぎたいと思ったんです」


 そして、静かに付け加えた。


「……もっとも、これから起きる問題は、それだけでは済まないでしょうけど」


「では、今のように力の源が遠く離れている状況で、あと何回ほど時間を巻き戻せるのかな?」


 ミルトンは、尋ねた。


「それは、さほど重要ではありません」


 シオンは、きっぱりと答えた。


「重要なのは、今回こそ成功させることです。私たち全員のためにも」


 ……ん?


「承知したよ……」


 ミルトンは、頷いた。


「ただ、話を進める前に、一つ教えてほしい」


 彼は、机の上で手を組み直した。


「敵が張り巡らせている、この複雑な企み。その先には、何があるんだい? 一見すると繋がりのない事件を、これほどいくつも引き起こす目的は何なのだろう?」


 そして、静かに問いかけた。


「明日、何が起きるんだね?」


 俺たちは、互いに顔を見合わせた。


「宮殿地区に、アンデッドの大群が押し寄せます」


 シオンは、説明を始めた。


「守備隊の抵抗もほとんどないまま、街の人々が虐殺されることになります。そして、その混乱の中で……」


 彼女は、わずかに間を置いた。


「王女が命を落とすんです」


 さらに続ける。


「しかも、真犯人の代わりにレン君が罪を着せられ、死刑を宣告されます」


「……」


 ゼロは、ぽかんと口を開けてシオンを見つめていた。


 これほど重大なことを、彼女があまりにも平然と話したからだろう。


 どうやら、ゼロにも、必要最低限の情報しか伝えていなかったらしい。


 一方、ミルトンは、少しも取り乱さずに頷いていた。


「お、お、お、王女だって!?」


 ゼロが、ほとんど叫ぶように声を上げた。


 その瞬間、シオンの足が、勢いよく彼の脛へ叩き込まれた。


「いってえっ!?」


「大声を出さないでください、この大馬鹿!」


 シオンが、ぴしゃりと言った。


「わ、悪い。でも……いや、すげえ話だな……」


 ……気持ちはわかるぜ、相棒。


 俺だって、驚いたからな。


「……ずいぶん、つらい思いをしたようだね、レン君」


 ミルトンは、哀れむような眼差しを向けてきた。


「無事でいてくれて、本当に嬉しいよ。だが、守備隊にとって最も重要な護衛対象を殺したと疑われたのなら……」


 彼は、顔を曇らせた。


「彼らが君を丁重に扱ったとは、到底思えないね」


「……丁重どころの話じゃねえよ」


 俺は、ため息をついた。


「グリムウィックの野郎、俺の首を断頭台に載せやがったんだ。シオンが助けてくれなかったら、今頃あそこで永遠に飾り物になってたぜ」


 そして、彼女へ不満げな視線を向けた。


「……まあ、助けに来るまで、ずいぶん時間をかけてくれたけどな」


 シオンは、肩をすくめただけだった。


「情報を集めるために、できる限り事態の推移を見届ける必要があったんです」


 彼女は、静かに説明した。


「今の私には、都合が悪くなるたびに、何度でも時間を巻き戻すことはできません。わからないことを補うためにも、知ることのできる情報は最大限に集めなければならないんですよ」


「……で、結局、俺たちには何がわかってるんだ?」


 ゼロが、尋ねた。


「真犯人は、守備隊を住宅地区と北部地区へ誘導して、警備を厚くさせたんだ」


 俺は、説明を始めた。


「そのうえで、西にある宮殿地区へ、さっきシオンが話した襲撃を仕掛ける」


 そして、続けた。


「明日は、その混乱に乗じて、アシェン・ファングを使ってノウエラ王女のところへ忍び込み、殺すつもりなんだろうな」

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