第24話 小さな見落とし
青年が、足を止める。
「わ、私……興味はあるよ」
フィアは、正直に認めた。
「でも、一つだけ教えて。……誰か、怪我をしたりしない?」
「私の名誉にかけて誓おう」
青年は、迷いなく答えた。
「この協力関係が続く限り、君の手によっても、私の手によっても、罪のない命が一つとして奪われることはない」
そして、静かに微笑んだ。
「魔法使いとしての私の言葉だけでは信じられないというのなら、自らを縛る呪いをかけても構わないよ。それで君が安心できるのならね」
「う、ううん! そこまでしなくていいよ!」
フィアは、慌てて両手を振った。
それから、深く息を吸う。
少し考えて……
「……じゃあ、決めた」
「ほう?」
青年が、にやりと笑った。
「……私、あなたの仲間になる」
「素晴らしい!」
青年は、両手を合わせた。
その顔には、変わらず笑みが浮かんでいる。
「一時は、そのまま逃げ出してしまうのではないかと心配したよ。突然現れて、あまり驚かせてしまっていなければいいのだがね」
「……まあ、最初は、その……」
フィアは、少し気まずそうに目を逸らした。
「あの、怪しい教団みたいな格好が、ちょっと怖かったかな……。ごめんね」
「……実に、清々しいほど正直だね」
青年は、微笑んで肩をすくめた。
「だが、参考にさせてもらおう。今後、仕事の話をするときには、別の服を用意する必要がありそうだ」
そして、丁寧に付け加えた。
「助言に感謝するよ」
「それで……別に急かすつもりはないんだけど……」
フィアは、杖を抱え直した。
「最初は、何をすればいいの? さっき、記録みたいなものに、いろんな秘密があるって言ってたよね」
彼女は、首を傾げた。
「それがどこにあるのか、知ってるの?」
「この街には、一人の偽物がいるのだよ」
青年は、説明を始めた。
「私によく似た容姿をしていながら、私の魅力はほとんど持ち合わせていない男さ」
そして、続ける。
「そいつの協力者が、アカシック・レコードの番人なのだよ。二人は、その行動によって、この世界そのものを危険に晒そうとしている」
青年の表情が、少しだけ真剣になった。
「すでに連中が動き始めた以上、私自身も対峙しなければならない。だが、君にはそのあいだ、ギルドと守備隊の注意を引きつけるための、大規模な……陽動をお願いしたいのだ」
そして、小さく笑った。
「さすがの私でも、あの連中を一人で全員相手にするのは難しいだろうからね」
「……それって、街全体を敵に回すってこと?」
フィアは、不安そうに眉をひそめた。
「本当に、それでいいのかな? 何だか、ちょっと……」
急に、怖くなってきた。
しかし、青年の赤い瞳には、変わらず温かな光が宿っていた。
それを見ていると、不思議と不安が和らいでいく。
「恐れることはない。我々は、レッドルークのために行動するのだよ」
青年は、穏やかに答えた。
「街の人々は、まだ自分たちがどれほど恐ろしい危険に晒されているのか知らないのさ」
そして、続けた。
「偽物とその取り巻きが、この街の安全にとっていかに危険な存在であるか。それを人々へ理解させることも、我々の使命の一つなのだよ」
「……そう言われると、わかる気もするけど……」
フィアは、杖を見下ろした。
「じゃあ、その『陽動』って、いつ、どこでやればいいの?」
「もちろん、すぐにだよ」
青年は、即答した。
「場所は学院の外で十分だ。人の住む場所からは離れたところにしよう。余計な被害は、避けたいからね」
そして、気軽な調子で続ける。
「大きくて、威圧感のあるものを召喚してくれたまえ。終わったら、すぐに逃げればいい。それで、君の最初の仕事としては十分さ」
「……あなたがそう言うなら」
フィアは、少し考えてから頷いた。
「それくらいなら、できると思う」
「結構」
青年は、満足そうに微笑んだ。
「では、そのあとは宮殿地区の地下水路で落ち合おう。境界の壁に最も近い場所だ。人目にもつきにくい」
そして、フィアへまっすぐ目を向けた。
「期待しているよ、フィア・フオーコ」
……
フィアの姿が見えなくなるまで、青年は笑みを浮かべたままだった。
だが、彼女が完全に視界から消えた途端、その顔に暗い表情が落ちる。
「……驚いたね。これほど時が経ったあとで、彼女がまた別の分岐個体へ直接関わるとは思わなかった」
美しい青年は、一人つぶやいた。
「ということは、今回の巡りでは、すでに一度、あいつを殺し損ねたということか……」
そして、口元を歪めた。
「まったく、時間旅行というのは厄介なものだね」
青年の足元に広がる影から、一振りの短剣が現れた。
アシェン・ファング。
彼はそれを手に取り、鋭い刃をじっくりと眺めた。
「だが――目的は変わらない。これっぽっちもね」
青年は、気楽な調子で口笛を吹き始めた。
そして、レッドルークの中央地区へ向かって歩き出す。
「私の一歩先を行けると思うのなら……」
その顔に、再び笑みが浮かんだ。
「……ぜひ、やってみたまえ、シオン。そのほうが、私も楽しめるというものだよ」




