第23話 差し出された杖
現れたのは、フィアより少し年上に見える青年だった。
せいぜい、数歳ほどの差だろう。
「君と私は、思っている以上に似た者同士なのだよ」
白い髪。
思わず見とれてしまうほど、整った顔立ち。
フードを脱いだ青年の声からは、先ほどまでの暗い響きも消えていた。
フィアの緊張が、ほんの少し緩む。
だが、何より目を奪われたのは、その瞳だった。
赤く、輝く瞳。
大好きな炎を見つめているときのように、フィアは一瞬で惹きつけられてしまった。
……温かそう……
こほん。
……じゃなくて!
「き、傷つけに来たんじゃないなら……」
フィアは、少しだけ勇気を取り戻し、目を細めた。
「だったら、何をしに来たの?」
「私も、君と同じ異世界人なのだよ」
美しい青年は、説明を始めた。
「自分の意思とは無関係に、地球にあった故郷と、家族と呼んでいた人々から引き離された。そして、自分の世界ではないこの土地で、残りの人生を過ごすことになったのだ」
青年は、わずかに間を置いた。
「……たった一人でね。心当たりはないかい?」
フィアは眉をひそめた。
……確かに、似ている。
「……うん」
「そうだろうとも」
青年は頷いた。
「だからこそ、こうして提案を持ってきたのさ。君にも私にも、大いに利益のある話をね」
そして、続けた。
「仲間になってほしいというだけではない。君には、私が必要としているものが、もう一つあるのだよ」
「て、提案……? 必要なもの……?」
フィアの顔が、みるみる真っ赤になった。
青年を上から下まで見つめ、突然浮かんだ考えに身をよじる。
「ま、待って待って待って! そ、そういうことがしたいの!?」
彼女は、慌てて言葉を重ねた。
「で、でも、いきなりそんな! 私、彼氏だってできたことないのに! そ、それに……!」
……お姉ちゃんが言ってたっけ。
最近の若い人たちのあいだでは、友達なのにそういうこともする関係が流行ってるって。
どんなに格好いい男の人でも、やっぱり中身は野獣なんだ……!
「いやいや! そういう話ではないよ、安心したまえ!」
青年は、口元へ手を添えて笑った。
「君のような小柄な女性も、嫌いではないがね。これは、どちらかといえば仕事の提案なのだよ」
そして、丁寧に付け加えた。
「誤解させてしまったようで、申し訳ない」
……は、恥ずかしい……
勝手に勘違いしたことは、穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。
だが、フィアは同時に、ほっと胸を撫で下ろした。
そんな大事な出来事を迎えるには、まだ心の準備ができていなかったのだ。
「……じゃ、じゃあ?」
「うむ。では、まず一つ聞かせてくれたまえ」
青年は、頷いた。
「召喚について、君は何を覚えている? 思い出せる限り、詳しく話してほしい」
「みんな、まだ記憶がちょっと曖昧だけど……」
フィアは、顎に手を当てた。
「最初は、ニュースで変な話をたくさん見た気がする……」
少しずつ、記憶をたどる。
「地球のあちこちで、何十年に一度っていうような自然災害が起きて。嵐とか……。それから、人が次々にいなくなって……」
フィアは、目を伏せた。
「遺体も、見つからなかったんだよね」
「召喚事件、か」
青年は、苦々しく微笑んだ。
「我々の世界から、この世界への片道切符。帰る望みもない、実に残酷な話だ」
そして、静かに続ける。
「少なくとも、私が各地を旅して調べた限りでは、異世界人を地球へ送り返すことに成功した者は、まだいないようだね」
「……うん」
「だが……もし、方法が存在すると言ったら?」
「……方法?」
フィアは、思わず顔を上げた。
「すべてを、本来あるべき姿へ戻す方法だよ」
青年は、説明を続けた。
「皆を、始まりへと送り返す方法さ」
そして、フィアを見つめる。
「君は、この世界が嫌いだと言っていたね。私も同じだ。こんな場所に、あと一分でもいると思うだけで反吐が出る」
その赤い瞳が、かすかに細められた。
「君の目にも、私と同じ炎が宿っているのがわかるよ」
「それは……」
……まったくの嘘、というわけじゃない。
「私も君も、そしてほかの異世界人たちも、本来はここにいるべきではないのだ」
青年は、理路整然と話し始めた。
「我々の意思に反して、この世界の何者かが連れてきたのではないか。そう考えるだけの理由が、私にはある」
そして、続けた。
「だからこそ、調べたいのだよ。過去も未来も、あらゆる歴史が記された『アカシック・レコード』でね」
青年は、フィアへ片手を差し出した。
「だが、そのためには……君の力が必要なのだよ、フィア」
「……私の、力?」
フィアは、腕を組み、うつむいた。
「でも、どうだろう……。私に、何ができるのかな……」
以前にも、フィアの魔法の才能を頼って近づいてきた人たちは、大勢いた。
だが、制御の苦手さや、意地を張ってしまう性格を知ると、やがて失望して去っていった。
君が必要だ。
君の代わりはいない。
そんな言葉は、もう何度も聞いている。
……でも、結局は、みんな離れていった。
今度は違うのだろうか。
それとも、この人も、ほかの人たちと同じなのだろうか。
「それに、仮に協力できるとしても、今は杖だって――」
何かが、こちらへ投げられた。
「わっ、と……!」
フィアは慌てて手を伸ばし、どうにか受け止めた。
木の感触がする。
長さは、二十センチほど。
木目を見ただけで、何なのかはすぐにわかった。
「わ、私の杖!?」
フィアは、思わず声を上げた。
「でも……どうやって……?」
「細かいことは、今は重要ではないのだよ」
青年は、片手をひらりと動かした。
「君の炎の魔法に関する才能は、並ぶ者がいないほど優れている。だが、真に極めるための制御力が足りていない」
彼は、続けた。
「偉大な魔法使いになるまでに、その壁を乗り越えてきた者を、私は数え切れないほど見てきた。だが、今の君にも、一時的な解決策なら用意できる」
「……一時的な、解決策?」
フィアは、聞き返した。
「君の杖に、少し手を加えさせてもらったのだよ」
青年は、微笑んだ。
「集中力を高め、高位の魔法が暴走するのを防ぐ、光魔法のまじないだ。これさえあれば、君の心が望む限り、どれほど壮大な召喚でも行えるだろう」
そして、優しく言葉を重ねる。
「実のところ、我々の目的のために、君へお願いしたいのも、まさにそれなのだよ。君が愛してやまない魔法の頂点へ、さらに近づく機会になるはずさ」
「……ふむ……」
「やがては、同級生たちの心も掴めるだろうね。君がどれほど才能に恵まれているか、認めざるを得なくなる」
青年は、語り続けた。
「そして君と私は、召喚の謎を解き明かし、間違ってしまったものを正すことができる」
最後に、少し大げさなほど誇らしげに告げた。
「君はフィア・フオーコとして、英雄たちの英雄になるのだよ」
……『フィアスコ』なんかとは、大違いだよね。
青年の言葉が本当なら、フィアには名誉挽回の機会が与えられることになる。
だが、彼が本当は何を求めているのか、まだよくわからなかった。
それでも……
どこまでも純粋な炎を追い求められる。
大勢の人たちから、認めてもらえる。
ひょっとしたら、故郷へ帰る方法まで見つかるかもしれない。
どれも、抗いがたいほど魅力的な話だった。
「もっとも……」
青年は、ふと表情を和らげた。
「こうして誠意を示しても、君が協力したくないというのなら、もちろん理解するよ。無理強いするつもりはない。私は大人しく立ち去ろう」
そう言うと、青年は背を向けて歩き始めた。
だが、フィアは思わず呼び止めた。
「待って――!」




