第22話 フィアと黒衣の男
『噂は全部、本当だったんだな……。お前ほどの魔法使いが仲間にいるとしても、殺されかけてまで一緒に冒険する価値はないよ』
一人の少女が、実践魔法学院の敷地内を歩いていた。
その両手は、悔しさで固く握りしめられている。
『悪いけど、興味ないね。ほかのお人好しでも探して、そいつらの時間を無駄にしてくれよ』
また一つ、冒険者の一行から追い出されてしまった。
フィア・フオーコは、途方に暮れていた。
フィアは魔法の知識も技量も抜きん出た、誰もが認める才女だった。
魔法の力が何より重んじられるこの社会なら、さぞ恵まれた生活を送っているだろう。
事情を知らない人なら、そう考えるかもしれない。
だが、現実は違った。
人付き合いが苦手で、時折ぎこちない振る舞いをしてしまうからではない。
炎の魔法に夢中になりすぎているからでもなかった。
ただ、仲間に受け入れてほしいという気持ちが、フィア自身でさえ顔をしかめるほど強くなっていたのだ。
認めてもらおうと必死になるあまり、周囲に迷惑をかけてしまう。
そこまでして、何がしたいのだろう。
私だって、自分の価値を証明したかっただけなのに……。
いつも、そう言い聞かせてるんじゃなかったっけ?
フィアの魔法による「事故」のほとんどは、経験不足が原因だった。
もっと上達したい。
次こそは、うまくやりたい。
そんな純粋な向上心が、彼女を突き動かしていたのだ。
ところが、その結果つけられたあだ名は、「フレンドリーファイア」だの「フィアスコ」だの、散々なものだった。
フィアは、そんなふうに決めつけられるたびに、必死に否定してきた。
……でも、今日ばかりは。
「……私、いったい何やってるんだろ……」
新しく仲間になったばかりの二人を、危うく怪我させるところだった。
下手をすれば、それ以上のことになっていたかもしれない。
しかも、冒険の最中ではなく、学院の訓練場での話だ。
もし、あれが本番の戦闘だったら?
あんなふうに取り乱していたら、どうなってたんだろう……
その考えが、何度も頭をよぎった。
自信がすっかりなくなってしまったのも、無理はなかった。
おまけに、悪いことは重なるものだ。
つらいときにいつも頼りにしていた、魔力を集中させるための大切な杖。
それまで、取り上げられてしまったのだ。
訓練場での一件を見ていた教員が、その場で没収していった。
本来なら、学院の敷地内で大規模な攻撃魔法を放つなど、退学になってもおかしくない行為だった。
しかし、フィアの成績と技量は、ほかの学生にはない特別な扱いを彼女にもたらしていた。
『まったく、フィア。周りから浮いちゃうのがつらいのはわかるけどさ。さすがに、これはやりすぎじゃない?』
フューリー主任教師の声が、頭の中に蘇った。
いっそのこと、学院側が厳しい処分を下してくれたほうがよかったのかもしれない。
そんなふうに考える自分も、フィアの中にはいた。
けれど……
『まあ……二度とこんなことしないでよ? もう少し分別がついたってわかったら、杖は返してあげるから』
……いつもと同じ。
こんな特別扱いを受けたところで、同級生たちの信頼は戻らない。
向けられる視線がなくなるわけでもない。
そして、学院生活で唯一の楽しみといってもよかった、大切な杖も戻ってこない。
フィアは、片手を差し出した。
その掌の少し上に、小さな炎が浮かび上がる。
この世界へ来たときから。
……いや、ひょっとすると、それより前から。
フィアは炎の温かな輝きに、安らぎを感じていた。
赤く、脈打つように揺れる光。
それは、温もりと安心が形になったもののように思えた。
いつか、どこまでも純粋な炎を召喚してみたい。
胸の中に溜まった嫌な気持ちも、前の世界から抱えてきた自信のなさも、幸せを脅かすものも。
すべて溶かしてくれるような炎を。
せっかく、あんなに頑張って幸せを見つけたのに……
涙が、一粒落ちた。
そして、もう一粒。
女子寮へ入る手前、中庭の端で、フィアは足を止めていた。
学院の敷地には夕闇が降り始め、通路に並ぶ魔法灯が一つ、また一つと明かりを灯していく。
身体も、心も、ますます冷えていく気がした。
「……この世界なんて、嫌い……」
フィアは鼻をすすり、長い袖で涙と鼻水を拭った。
「ママとパパのところに帰りたいよ…… また一緒に、ご飯を食べたい……」
温かな暖炉の前。
何もかもが、ちゃんとわかっていた場所。
あの忌々しい嵐さえなければ。
地球のあちこちから大勢の人々を奪い、カイの世界へ連れてきた、あの嵐さえなければ……。
こんな目には、遭わずに済んだのに。
『……ああ、かわいそうなお嬢さん。愛する世界から引き離され、この煉獄で朽ち果てるよう運命づけられてしまったとは』
暗い声が、響いた。
フィアは、びくりと身体を震わせた。
思わず、息が漏れる。
「だ、誰っ!?」
声のしたほうを探して、慌てて周囲を見回した。
しかし、人影は見当たらなかった。
『心から同情するよ。本当にね。私には、君の気持ちがわかるから』
「姿を見せて!」
「もちろん。喜んで」
ようやく、一人の男が暗がりから姿を現した。
フードのついた、黒い外套のようなものをまとっている。
その下からは、白い髪が覗いていた。
「君から隠れる理由など、私にはないのだからね。フィア・フオーコ」
フィアは、恐怖で半歩後ずさった。
男は、自分と女子寮のあいだに立っていた。
一番近い逃げ道を、塞がれてしまったのだ。
……どうして、私の名前を知ってるの?
この見知らぬ男が、どれほど危険な相手なのかもわからない。
しかも、今は杖がない。
女子寮では、何も知らないほかの学生たちが眠っている。
杖なしでは、周囲へ被害を出さずに攻撃魔法を集中させることも難しかった。
つまり、今のフィアは、ほとんど無防備だった。
「ち、近づかないで! で、でないと……反撃するから!」
精いっぱい強がりながら、少しずつ後ろへ下がる。
中庭と、学院の管理棟へ戻る道のほうへ。
そして、さらに虚勢を張ってみせた。
「私のことを知ってるなら、それくらいできるって知ってるでしょ! わ、私、すっごく強いんだから!」
「ほう。反撃、かね?」
男は、面白そうに問い返した。
「杖も持たずに?」
フィアは、恐怖で目を見開いた。
「で、でも……どうして、それを……?」
「おや、そのことか。なに、すべて見ていたのだよ」
男は、何でもないことのように答えた。
「先ほどの爆発も、主任教師から叱られていたところもね。だが、安心したまえ。私は君を傷つけに来たのではない」
そして、フードを脱いだ。
「むしろ、その正反対さ」




