第20話 レンの能力鑑定
「宝珠に手を置いてください。掌が温かくなるのを感じるはずです」
「……こうか?」
シオンに言われたとおり、俺は発見の宝珠へ手を置いた。
アルゴ学院長の机の中央に据えられた、大きな水晶玉だ。
龍の爪をかたどった金属製の台座が、宝珠をしっかりと支えている。
確かに、シオンの言ったとおりだった。
触れたところが、妙に温かい。
……ただ、それと同時に、手の感覚が少しずつなくなってきた気もするんだが。
「……ちょっと聞きたいんだけどさ。腕が痺れてくるのって、普通なのか?」
「同じ感覚を訴える方は大勢いますから、大丈夫ですよ」
シオンは、安心させるように微笑んだ。
「……たぶん」
「たぶん!?」
アルゴ学院長の執務室は、かなり広々としていた。
石造りの天井もずいぶん高く、部屋全体に、どこか圧倒されるような雰囲気がある。
学院長の椅子の背後には、巨大な窓が設けられていた。
街の下から見上げたときには、あそこが時計塔の文字盤になっているらしい。
「本来なら、この鑑定は入学式の際、新入生と教職員の皆さんが見守る中で行うものなんですけどね」
シオンは、説明を続けた。
「今回は、少々特殊な事情がありますので……」
「……まあ、そういう言い方もできるだろうな」
俺は、鼻で笑った。
「で、これって普段はどのくらいかかるんだ?」
「ほんの少しですよ。宝珠はあなたの潜在能力を詳しく推定するだけでなく、異世界人がこちらへ来た際に課される、魔法的な上限も取り除いてくれます」
シオンは、指を一本立てた。
「世界が、自分自身を守るために起こす免疫反応のようなものだと考えてください。外から入り込んだ異物に対して、力を制限しているんです」
「……その『異物』ってのは、つまり俺たち異世界人のことか?」
「大まかには、そのとおりです。もちろん、たとえ話ですけどね」
……世界から、傷口に入った細菌みたいに扱われてるわけか。
まあ、ある意味では、そのほうがいいのかもしれない。
俺は、この世界で普通に暮らしている人たちの立場になって考えてみた。
自分たちの文化も価値観も知らない、何を考えているかもわからない余所者が、ある日突然、街へやって来る。
しかも、どいつもこいつも、とんでもない力を持っているときた。
……そりゃ、怖いよな。
「うぐっ――!?」
腕の痺れが、どんどん強くなってきた。
とうとう、痛みまで感じ始める。
すると、宝珠の中に白と黒の煙が渦巻き始めた。
それぞれが、水晶玉の半分ほどを占めている。
「お、おい、シオン。これ、どうなってんだ!?」
「おおお……!」
シオンは、興味津々といった様子で宝珠を見つめていた。
……俺の話、聞いてる?
「やはり、あなたは一つではなく、二つの属性を持っているようですね。予想どおりです」
「……それって、どういう意味だよ……?」
俺は、続く痛みに歯を食いしばった。
「魔法を学び、扱うことのできる知的生命体の多くは、基本となる属性のどれか一つに適性を持っています」
シオンは、楽しそうに笑った。
「火、水、土、風、闇、そして光です」
彼女は、宝珠へ目を向けた。
「ですが、あなたには闇と光、両方の適性があるんですよ。珍しい組み合わせです。詳しいことは、あとで説明しましょう」
そして、満足そうに頷いた。
「ここまでは順調ですね。次は、あなたの能力を確認します」
「そいつはよかったな…… でも、これって、もう少し早く終わらせられねえのか?」
俺は、顔をしかめた。
「そろそろ……限界が……」
「弱音を吐かない!」
シオンは、容赦なく叱ってきた。
……あんただって同じ痛みを味わってみろよ。
きっと、似たようなことを言うからな。
「……こほん。それでは、この羊皮紙をこうして置いて……」
シオンは、俺の手首の上へ、黄色い紙を一枚載せた。
すると、その紙に文字が浮かび始めたのだ。
しかも、以前シオンが見せてくれたアカシック・レコードと同じ言語らしい。
文字は、不規則な間隔で、次々と紙を埋めていく。
あの文字を見たのは、これで二度目だった。
だが、一度見れば忘れにくい形をしている。
角の丸い文字が多く、地球のハングル文字にも、どこか似ていた。
それから、さらに二十秒ほどが経った。
紙が、眩しいほどの白い光を放った。
そして、ようやく――
手の痛みが、すっと引いていった。
「はい、終わりです!」
シオンは、さっと紙を取り上げた。
俺は反射的に宝珠から手を離し、念のため、掌を確かめた。
……終わった。
本当に、よかった……
「……やっぱり」
隣で、シオンが小さくつぶやいた。
羊皮紙に記された内容を、じっと見つめている。
「ほとんどの点で、あなたはレンIと同じですね。スキル鑑定の結果も、例外ではありません」
「……へえ?」
急に、興味が湧いてきた。
「で、俺にはどんな能力があるんだ? 怪力とか、超スピードとか?」
俺は、少し考えた。
「空を飛べるってのも、なかなか楽しそうだな」
「常時発動型の自己治癒能力です!」
「……え?」
「言葉どおり、人間としては非常に速い速度で、傷が治るんです」
シオンは、相変わらず嬉しそうだった。
だが、俺が拍子抜けしていることには気づいたらしい。
「実は、あなたは今までも、その能力を持っていたんですよ。ただ、治る速度がそれほど目立つものではなかったので、能力だとは気づきにくかったんです」
「……なるほどな」
俺は、呟いた。
「だから俺も、周りの連中も、ずっと能力なんてないと思ってたわけか……」
考えてみれば、俺はしょっちゅう喧嘩をしていた。
しかも、まともな飯を食えない日だって珍しくなかった。
それなのに、この数か月を何とか生き延びてこられたのは……。
ひょっとすると、こいつのおかげだったのかもしれない。
「魔法的な上限も取り除かれましたから、これからは治癒能力も、さらに強くなっていくはずです」
シオンは、説明した。
「ほかの方々が持っているような、自分の意思で発動する能力ではありませんけど……。それでも、立派な力ですよ」
そして、俺の顔を覗き込んだ。
「……あれ? あまり嬉しくなさそうですね?」
「いや、そういうわけじゃねえんだけど……」
……使い道は、確かにある。
だから、別に文句を言いたいわけじゃない。
ただ、シオンは次元を超えた化け物と戦う前に、どうしても俺にこの能力を手に入れさせたがっていた。
……それで、この力なのか?
「……本当に、これで足りるのか?」
俺は、思わず尋ねた。
「もう、レン君ったら。そんなことを心配してどうするんですか?」
シオンは、呆れたように首を振った。
「こういうときは、もっと別のことを言うべきでしょう?」
彼女は、わざとらしく姿勢を正した。
「『シオン様! 助けてくださって、本当に、本当にありがとうございます! この現実を悪の手から救うまで、どこまでもあなたについていきます!』……とか」
そして、さらに得意げになった。
「それから、『おまけに、シオン様は誰よりも賢くて美し――』」
「――絶対に言わねえ」
「ぶーっ」
シオンは頬を膨らませ、腕を組んだ。
「私が今まで、あなたを間違った方向へ導いたことなんてありましたか?」
「俺たち、さっき会ったばっかりだろ」
「ふふふ。実は、あなたと初めて会うのは、これで十回目なんですよ、レン君」
シオンは、何でもないことのように言った。
「少なくとも、この世界での出会いだけを数えるなら、ですけどね」
「……もう、意味がわかんねえよ」
俺は深くため息をつき、こめかみを揉んだ。
「まあ、あんたが何をやってるのか、信じてみるって言ったのは俺だしな。今回もそういうことだと思って、付き合ってやるよ」
「そう、それでこそレン君です!」
シオンは、にやりと笑った。
「……もう少し、やる気を見せてくれてもいいんですけどね」
「そいつは大変失礼いたしました、シオン様」
「ふむ。本当にそう思っているんでしょうかねえ?」
確か、シオンは、明日起きる大惨事を防ぐために、俺の協力が必要だと言っていた。
なら、俺はいつもどおり、できる限りのことをするしかない。
それに、よく考えてみれば、常時発動する治癒能力は、素手で戦う俺にとって、相当な反則技なのかもしれない。
うまく戦い方へ組み込めれば、かなり役に立つはずだ。
「……あ、そういえばさ」
俺は、もう一つ気になっていたことを思い出した。
「さっき、俺の鑑定結果はレンIとほとんど同じだって言ってたよな。何が違うのか、まだ聞いてねえぞ」
「おや、いい質問ですね」
シオンは、紙を見つめながら目を細めた。
「レンIも、あなたと同じ属性適性と自己治癒能力を持っていました。ただ、あなたの場合は……」
彼女は、紙の一か所を指さした。
「ここに、もう一つ別のスキルが記されているようなんです。ですが、文字がぼやけていて、私にも読み取れません」
「……そうなのか」
俺は、顎をさすった。
「それって、珍しいことなのか?」
「二つ目の能力を持つ方には、以前も同じようなことがありました。ですが、どちらかと言えば珍しいですね」
シオンは、少し考えた。
「一番わかりやすい説明としては、使用する際に本人へ大きな代償がかかる能力で、あなたがまだ発動条件を満たしていない、という可能性でしょうか」
「……発動条件、ねえ」
俺は、その言葉を繰り返した。
「具体的には、何をすりゃいいんだ?」
「正直なところ、私にもわかりません」
シオンは、肩をすくめた。
「これから経験を積んでいく中で、あなた自身が見つけなければならないのかもしれませんね」
そして、少し強調して続けた。
「もちろん、そのためには時間と、忍耐が必要ですよ」
「まあ、それくらいなら何とかなるけどさ……」
俺は、ため息をついた。
「できれば今すぐ使ってみたいよな。……何の能力かもわかんねえけど」
「治癒能力だけで戦えるのか心配しているのなら、一つ大事なことを忘れていますよ」
シオンは、指を一本立てた。
「私は、一度もあなたを一人で戦わせるとは言っていません」
そして、何かを思い出したように手を合わせた。
「そうそう。その話で思い出しました。協力者の一人を、ずいぶん待たせてしまいましたね」
彼女は、少し困ったように笑った。
「そろそろ会いに行きましょう。酔っ払って立てなくなる前に。ゼロは、以前からあなたに紹介してほしいとうるさかったんですから」
……ゼロ?
妙な名前だな。
「どこへ行くんだ?」
「実は、あなたもよく知っているお店ですよ」




