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第19話 フィアスコ

 唇が動き始めた。


 何かを唱えているらしいが、ここからではよく聞こえない。


 俺は、特に危険を感じなかった。


 ……だが。


「げっ――!?」


 剣と槍を持った二人が、ようやく背後の少女に気づいた。


 その顔が、みるみる強張っていく。


 ……いや。


 あれはもう、死の恐怖に近い顔だぞ。


「おい待て! やめ――!」


「フィアスコ! ちゃんと前を見て――!」


 ……遅かった。


 詠唱を終えた瞬間、何もない空間から、巨大な火の玉が出現した。


 爆弾のような形をしている。


 しかも、まるで生きているかのように、火の玉そのものが大きな笑みを浮かべていた。


 次の瞬間――


 訓練用の標的が、木っ端微塵に吹き飛んだ。


 その光景は、凄まじい迫力だった。


 ……ただし。


 爆発の範囲には、あの二人が立っていた場所まで、しっかり含まれていた。


「「うわあああああっ!!」」


 幸い、筋骨隆々の男子学生たちは、間一髪で飛び退くことができた。


 文字どおり、紙一重で命拾いしたようなものだ。


 当然、そのあとは魔法使いの少女へ、盛大な説教が始まった。


 ……まあ、さすがに責める気にはなれない。


 二人の普段着は、見事に焦げてしまっていた。


「……ごめん、二人とも……」


 少女は、申し訳なさそうに謝った。


「またですか、フィアちゃん……」


 シオンは、深いため息をつき、片手で顔を覆った。


「……こういうこと、よくあるのか?」


 訓練というより、何かのコントでも見せられている気分だった。


 少女が作った巨大なクレーターを眺めながら、俺は笑いを堪えた。


「先ほどお話しした、問題児の一人です。フィア・フオーコ」


 シオンは、説明した。


「イタリアから来た異世界人で、あなたより一歳か二歳ほど年下でしょうか」


「……マジかよ!? あのちっこい子が!?」


「ええ。火属性の召喚魔法に関する適性は、誰にも引けを取りません」


 シオンは、頷いた。


「性格も悪い子ではないんです。ただ……。力の加減については、かなり問題がありますね」


 なるほど。


 今のは、褒めているんじゃなくて、叱っているわけか。


「そのせいもあって、学院では少し浮いた存在になってしまっています。……もっとも、そういう学生は彼女だけではないのですが」


 さっき、二人が少女を「フィアスコ」と呼んでいた。


 ……どう考えても、親しみを込めたあだ名じゃないだろうな。


 さらにひとしきり怒鳴ったあと、二人の男子学生は足早に立ち去っていった。


 少女だけが、その場へ取り残される。


 肩を落とした彼女も、やがて学院の建物の一つへ向かって、とぼとぼと歩いていった。


「……この件は、あとで学院長に報告しなければなりませんね」


 シオンは、ため息をついた。


「しばらく、杖も没収しておく必要がありそうです。……そこまでするのは、私も心苦しいのですが」


 ……火属性の召喚魔法、か。


 いや、まさかな。


 たぶん、関係ねえだろ。


「さて。訓練場も見学できましたし、そろそろ鑑定を受けに行きましょうか」


 シオンは、学院の中央にそびえる大きな時計塔へ目を向けた。


「学院長の執務室へ向かいましょう」


「なあ、その学院長……アルゴだっけ。今日、会えるのか?」


 俺は、少し期待しながら尋ねた。


「ミルトンでさえ、ものすごく立派で賢い人みたいに話してたからさ。ボスがあそこまで人を褒めるなんて、珍しいんだよ」


「残念ですが、今日は会えません」


 シオンは、俺の期待をあっさり打ち砕いた。


「学院長は、公務で不在なんです。王位継承協議会を開くため、中立的な会場を用意するという重大な役目を引き受けられましてね」


 そして、続けた。


「今は、ゼン王国の南岸にある都市、エンバーを候補地として考えていらっしゃいます」


「……ちぇっ。そりゃ残念だな」


「ええ。いろいろな意味で、残念です……」


 シオンは、少し真剣な表情になった。


「今回の暗殺事件について、事前に知っていたなら、学院長がここにいてくださるだけでも、ずいぶん心強かったでしょうから」


 だが、すぐに表情を和らげた。


「もっとも、学院長が不在だからといって、私たちに味方がいないわけではありません」


 彼女は、俺を見つめた。


「あなたのボスである冒険者ギルドマスターも、これから頼りにできる方の一人だと思っています。レン君も、そう思いますよね?」


 俺は、頷いた。


 ミルトンは変わり者だが、俺の知る限りでは、間違いなく信頼できる人だった。


「それから、今夜にも、ほかの協力者を何人か紹介できると思います」


 シオンは、続けた。


「その中には、あなたが話していた死体の兵士たちについて、何か手がかりを持っているかもしれない方もいますよ」


 俺が罪を着せられる前に襲ってきた、あのゾンビどものことか。


「もちろん、『王子』を守ることが最優先ですけどね」


 シオンは、周囲を気にしてか、その呼び方を使った。


「同じように事態が進むなら、明日の朝に起きるアンデッドの襲撃も、防げる時間が残されているかもしれません」


「大勢死んでたからな。まあ、金持ちのクソ野郎どもがほとんどだったけど……」


 俺は、頷いた。


「助けられるなら、助けたいよな」


 ゾンビの襲撃。


 そして、現場へ残されていた書き置き。


 そのどちらも、まだ解けていない謎の一部だった。


 もちろん、次に起きた暗殺事件と関係があると、断言できるわけではない。


 騒ぎに乗じた別の誰かが、ちょうどいい機会だと思って犯行に及んだだけかもしれないのだ。


 そのあたりも含めて、確かめなければならないことは山ほどあった。


「そういえば、これから起きることについて、もう一つ……」


 シオンは、何かを知っているような笑みを浮かべた。


「あなたがほかの分岐個体と似ているのなら、生まれ持った能力についても、ある程度は見当がついています」


 そして、続けた。


「なぜ今まで、あなた自身にも、周囲の人々にも気づかれなかったのか。その理由も、おそらくは……」


 ……へえ。


「もちろん、実際のところは『発見の宝珠』が教えてくれるでしょうけどね」


 ……発見の宝珠、か。


「よし。じゃあ、さっさと行ってみようぜ」


 俺は、シオンへ頷いた。


「俺にどんな力があるのか、確かめてやろうじゃねえか」

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