第18話 訓練場の問題児
実践魔法学院へ近づくにつれ、俺の胸中には複雑な思いが広がっていた。
学生や教職員を迎えるように立ち並ぶ、巨大な白い大理石の柱とアーチ。
学院の敷地は、王族の住まいであるレッド城にも引けを取らないほど立派だった。
もはや、学院そのものが一つの「城」だと言われても納得できそうだ。
一方では、こんな大層な場所へ、学院の重役だという人物に案内されている。
……もちろん、シオンの話が本当なら、だけどな。
だが、もう一方では……
前にここへ来たとき、俺は人生最大の屈辱を味わった。
能力がないことを口実に入学を拒否され、唯一の命綱を断ち切られたような気がしたのだ。
もっとも、あれからもう六か月……いや、七か月くらい経っただろうか。
あのときの俺は、召喚されたばかりで、何もかもが怖かった。
今の俺は、もう違う。
処刑されかけたことで、自分の死というものを嫌でも意識させられた。
その経験を経て、俺の中で起きていた変化が、少しずつ形になり始めている気がした。
……これから先、俺はどんな人間になっていくんだろうな。
そればかりは、時間が経たなきゃわからない。
「ようやく到着しましたね、レン君」
学院の中庭へ足を踏み入れたところで、シオンの声が思考を遮った。
「ここが、実践魔法学院です。世界でも指折りの魔法の才能を持つ人々が、この由緒ある場所で学んできました。最近では、あなたたち異世界人も加わりましたね」
「そう聞いてるよ」
俺は、周囲を見回した。
「……すげえな」
「でしょう?」
シオンは、嬉しそうに微笑んだ。
「魔法を学べる学校は、ほかにもたくさんあります。でも、宇宙のさまざまな場所を旅してきた私でも、教育課程の充実ぶりでここに並ぶ学校は、ほとんど見たことがありません」
そして、興味津々といった様子で俺へ顔を向けた。
「そこで、お聞きしたいんですけど…… 今、この光景を見て、何を考えていますか? ぜひ、詳しく教えてください」
……何を考えてるかって?
今、この瞬間に?
「さっき聞かされた、現実そのものが滅びるかもしれないって話とか、例のあの人が実は『お・と・こ・の・こ』じゃないって話以外で?」
俺は、腕を組んだ。
一応、周りに聞かれてもわからないよう、ぼかしておいたつもりだった。
「……はい」
シオンは、呆れたようにため息をついた。
「ただの世間話ですよ。少し気楽にお話ししたかっただけです。あなたも、たまには目の前のことだけを楽しめるでしょう?」
「考えてみりゃ、今までずっと目の前のことだけ考えて生きてきた気もするけどな」
俺は鼻で笑った。
「でもまあ、ここが思ってた以上に広いってことも考えてたよ。前に来たときは入学受付より先へ進めなかったし、門の外からじゃ見える範囲にも限界があるからさ……」
「そういえば、受付の方々があなたを見たときの顔!」
シオンは、楽しそうに声を弾ませた。
「なかなか見ものでしたね、レン君?」
『物乞い横丁の嘘つきレン』が、予想を裏切って堂々と戻ってきたのだ。
受付の連中は、まるで幽霊でも見たような顔をしていた。
正直、少しも愉快じゃなかったと言えば嘘になる。
……だが。
「俺が気になるのは、何であんたまで、自分には関係ないみてえな顔で笑ってるのかってことなんだけど?」
「もう、レン君ったら……」
何しろ、最初に俺を追い返すよう指示したのは、シオン本人なのだ。
そのことを、そう簡単に忘れられるわけがない。
……もっとも、事情を知った今となっては、受付の連中を以前ほど恨む気にもなれなかったが。
「正直、今でも腹は立ってるけどさ……」
俺は、わざと少し大げさにぼやいてみせた。
そして、笑い飛ばした。
「まあ、こうして中へ入れたんだ。マヌケ隊長のピカピカの剣を、俺の血で汚さずに済んだわけだしな」
少し間を置いて、付け加える。
「……ただ、やっと火の粉を振り払ったと思ったら、今度は火の中に飛び込んだ気分だけどなって気もするけど」
「ふふふ。それは、否定できませんね」
悪い状況でも、何とかいい面を見つける。
そんなことには、すっかり慣れてしまっていた。
今回、突然背負わされたものは、今までとは比べ物にならないほど大きい。
だが、だからといって、その癖が変わるわけでもなかった。
「あなたが私に心を開くまでには、まだ時間がかかるでしょうね。それは当然だと思っています」
シオンは、少し静かな声になった。
「でも、これだけは覚えていてください。私はずっと、遠くからでも、あなたのことを尊敬していたんですよ」
そして、わずかにためらった。
「……私が言える立場ではありませんが、これまでの経験は、あなたの覚悟を確かに強くしました。ほかの異世界人の全員に、同じことが言えるわけではありません」
「言える立場じゃねえってのは、そのとおりだな」
俺は、あっさり返した。
「でも、ほかの連中って、どういう意味だ?」
「あなたの世界から来た人々の中には、それぞれ問題を抱えていた方も多いんです」
シオンは、少し無理をしているような笑みを浮かべた。
「それに、そうした問題と向き合うには、あまりにも精神的に未熟な方も……」
彼女は、学院の建物へ目を向けた。
「アルゴ学院長は、私ほど心配していないようですけどね。最近のここは、名門の学び舎というより、強い力を与えられた子供たちを預かる保育園のように感じることがあるんですよ」
「……言い方、きつくねえか?」
シオンは、ときどき何の気なしに、かなり失礼なことを言うらしい。
……まあ、グリムウィックみたいなクソ野郎もいるわけだからな。
あいつは勲章だの肩書きだのをひけらかし、いかにも自分が偉いと思っている。
もし、ああいうふうに自分の力へ酔いしれている異世界人がほかにもいるのなら……
いや、もっとひどい奴までいたら。
確かに、面倒なことになりそうだった。
「あなたにそう言われると、少し言いすぎだったかもしれませんね……」
シオンは、しばらく考えてから、何でもないことのように肩をすくめた。
「まあ、私の言いたいことは、いずれわかるでしょう。とにかく、常に頭を働かせて、周囲へ気を配るようにしてくださいね」
「はいはい」
「個人的な不満はさておき、学院そのものは、きっと気に入っていただけると思いますよ」
シオンの瞳へ、再び輝きが戻った。
どうやら、案内を再開するらしい。
「先ほど通った広い場所が、中央訓練場です。学生たちはあそこで、魔法の詠唱や攻撃技術を練習することができます」
彼女は、少し離れた場所を指さした。
「あちらにあるのが訓練用の人形です。週に二回は交換するんですよ。それから、あちらが訓練用の装備や資材を保管している武具管理所です」
「へええ……」
俺は、感心しながら頷いた。
何もかもが、想像以上の規模だった。
少し先では、がっしりした体格の学生が二人、藁でできた標的を相手に訓練していた。
一人は剣。
もう一人は槍を使っている。
近接武器での戦いには、そこまで詳しくない。
だが、喧嘩屋の目から見ても、二人の足運びはなかなかしっかりしているように思えた。
「この世界で求められるのは、魔法だけではないんですよ」
シオンも、俺と並んで二人の訓練を眺めていた。
「『魔法学院』という名前に惑わされてはいけません。ここでは武術や戦術、それ以外の一般教養も重視されているんです」
そして、俺へ目を向けた。
「今回は、あなたの能力を鑑定するために来ただけですけどね。もし将来、ここへ入学することになれば、学べることはたくさんありますよ」
「そいつはいいな」
俺は、頷いた。
「……ん?」
ふと、別の人物が目に留まった。
訓練中の二人から、数歩ほど後ろ。
そこに、魔法使いらしい少女が立っていたのだ。
二人の動きを、じっと観察している。
黒いボブカットの頭には、一本だけ白いアホ毛が跳ねていた。
フリルだらけのローブは、小柄な身体には少し大きすぎるらしい。
袖なんて、手の先をすっぽり覆ってしまっている。
そのときだった。
少女の顔に、妙な笑みが浮かんだ。
片方の袖から、杖がするりと現れる。




