第17話 破滅への警告
そして、説明を続けた。
「私は彼に……そうですね。愛着が湧いてしまった、とでも言いましょうか」
シオンは、言葉を選ぶように目を伏せた。
「そのため、力を使って彼を守り、この世界へ導きました。ですが、彼の存在そのものが自然の循環を乱し、時の流れに波紋を広げてしまったんです」
「……」
「その波紋が、あなたのような別の分岐個体を生み出し、やがては……」
彼女の声が、低くなった。
「一体の怪物まで、生み出してしまいました」
自分が存在しているだけで、時の流れにそれほどの変化を引き起こすなんて。
……だが、最後の話は、聞き流せなかった。
「……怪物?」
俺は、眉をひそめた。
「どんな怪物だよ?」
「……手に負えないほどの力を持つ怪物です」
シオンは、静かに答えた。
「自分が属する現実だけでなく、ほかの現実まで破壊することのできる存在。結果として、何兆もの人々の命を奪ってしまうほどの……」
そして、俺を見つめた。
「すでに、ほかのレンの分岐個体と、それぞれが存在していた現実は、すべて滅ぼされてしまいました」
「……」
「残されているのは、あなたと、あなたの現実だけです」
……いや、それって。
めちゃくちゃヤバくねえか!?
そんな奴を相手に、どうやって勝てってんだよ!?
「あなたが学院へ入ることに反対したのは、これから起きることを、ある程度は知っていたからです」
シオンは、説明を続けた。
「あなたは、まだその先に待ち受ける戦いへの準備ができていない。私は、そう判断しました」
……
「先ほどお話しした怪物と、あなたの短剣を盗んだ人物は、同じ存在です」
彼女は、真剣な表情で言い切った。
「ほかの現実と同じように、あなたとこの世界を破滅させるため、ここへ来たんです」
そして、少しだけ笑った。
「私は、相手に勝ったと思わせました。でも、それは敵の出方を探るためだったんですよ……」
……なるほど。
だから、あの隊長の剣で首を斬られる寸前まで、放っておいたってことか?
正直、かなり苦しい説明だと思う。
……まあ、今のところは、それで納得しておいてやるか。
ただ、それより気になることがあった。
「……で、俺はこれからどうすりゃいいんだよ?」
俺は、途方に暮れた。
「それって、もう完全に詰んでるんじゃねえの?」
そして、ふと思い出した。
「でも、あんたは時間を操れるんだろ? だったら、未来を見たり、結果が同じにならないように変えたりできるんじゃねえのか?」
俺は、思わず身を乗り出した。
「たとえば、短剣を盗まれる前に警告してくれるとかさ!」
「ちっちっ、レン君」
シオンは、人差し指を左右に振った。
「私には、何でもお見通しになるような千里眼があるわけではないんですよ」
そして、俺の質問に呆れたように首を振った。
「今回の一件をやり直すのは、私にとっても初めてなんです。何の問題もなく陰で動けるのなら、こんなに早くあなたの前へ姿を現して、目的まで明かすと思いますか?」
「……いや、まあ、思わねえけど」
それは、認めるしかなかった。
「要するに、私にはあなたの協力が必要なんです」
シオンは、話をまとめ始めた。
「果たさなければならない目的は、いくつもあります。そして、少なくとも今のところは、敵にこちらが行動を起こしていると気づかれないよう、準備を整えてあります」
彼女は、少し声を落とした。
「ここで大きく行動を変えすぎれば、相手に気づかれてしまうかもしれません。そうなれば、今までの計画が台無しになってしまいます」
そして、また得意げな笑みを浮かべた。
「……そこまでは、考えていなかったでしょう?」
……ついさっきまで俺に許しを請うていたくせに、ずいぶん偉そうな顔してやがる。
だが、少しずつわかってきた気もした。
シオンが俺を助けたいと思っているのは、本当なのだろう。
そして、彼女自身は、これが唯一の方法だと信じているらしい。
「……じゃあ、作戦はあるんだな?」
「もちろんです!」
シオンは、胸を張った。
「しかも、あなたには深く関わってもらうことになります」
彼女は、続けた。
「ただ、敵に立ち向かい、王女を救うためには、まず――」
……あっ。
そういえば、聞き忘れてた。
「――待った。ちょっと待ってくれ」
俺は、慌てて彼女を遮った。
「さっきも言ってたけどさ。王女じゃなくて、『王子』の間違いじゃねえの?」
俺は、宮殿地区の方角を指さした。
「王位継承者の、ノウ王子だろ? あのノウ王子だよな!?」
「あなたは知らないでしょうね、レン君。何しろ、今持っている書簡の中身も、ちゃんと確認していないようですから」
シオンは、今日何度目になるかわからない俺の驚いた顔を見て、にやりと笑った。
「『ノウエラ王女』――世間では『ノウ王子』として知られているあの方は、実は女性なんですよ」
「……は?」
「王女は、ダニエル王の血筋が途絶えた場合に備え、生まれたときから、忠実な王子としての役割を果たしてきました」
彼女は、続けた。
「ですが、もうすぐ十歳になります。これから成長すれば、外見も変わっていきますし、隠し通すのが難しいことも増えていくでしょう……」
「……なるほどな」
ようやく、少し話が繋がってきた。
「じゃあ、グリムウィックが独り言で言ってた、王位継承協議会ってのは……」
「次の統治者となる責任を、誰が引き受けるべきか話し合うための会議です」
シオンは、頷いた。
「そして、この大陸全体に広がる王国に、実は正当な王位継承者がいなかったと民衆が知ったとき、混乱をできる限り抑えるための場でもあります」
彼女は、俺へ目を向けた。
「私たちの目的――つまり、あなたと私、そして協力してくれる仲間たちの目的には、王女を危険から守ることと、協議会を無事に終わらせることも含まれているんです」
……仲間、ねえ。
つまり、ほかの連中とも一緒に動くことになるのか。
それはそれで、俺には難題なんだけどな。
「わかった。けど……」
俺は、路地の外へ目を向けた。
近くの商人や客たちが、俺たちの様子を気にし始めているらしい。
何人かが、怪しむような視線を送ってきていた。
「……このままここで話してたら、変な奴らの目につきそうだな」
「ええ。そのようですね」
シオンは、すぐに俺の視線を追った。
相変わらず、察しのいい奴だ。
「では、ひとまず場所を変えましょうか」
「どこへ?」
俺は、尋ねた。
「それに、たぶんこの書簡も届けなきゃならねえんだけど……」
「そちらは、今は後回しで構いません」
シオンは、あっさり答えた。
「さて、話の続きをする場所ですが……」
彼女は、少し考えるように間を置いた。
「敵と戦い、少しでも勝算を高めるためには、異世界人であるあなたが本来備えている能力を、活用する必要があります」
「……待て。それって、つまり……」
俺は、思わず声を上げた。
「俺にも、能力があるってことか!?」
シオンは、満面の笑みで頷いた。
「もちろん、まずは正式なスキル鑑定を受けなければなりません」
そして、北の方角へ身体を向けた。
「そのためには、行くべき場所が一つしかありませんね……」
彼女は、いたずらっぽく微笑んだ。
「そろそろ、実践魔法学院へ正式にお邪魔するとしましょうか」




