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第2話 最後の来訪者

 一歩。


 二歩。


 ……今だ!


「まったく、物乞い横丁の嘘つきレンなら、もう少し骨があると思ってたんだが――ぐおっ!?」


 俺は一気に身体を跳ね上げ、アッパーカットを叩き込んだ。


 突き出した中指の関節が、コラグの喉仏を容赦なく捉える。


 まともに入った。


 巨体を誇るオークが、苦痛にもがきながら地面へ転がった。


 命令を怒鳴ろうにも、まともに声が出ないらしい。


 手下どもの顔には、驚きが浮かんでいた。


 形勢が変わったと察したのだろう。


 だが、俺にとっては、ここからが本番だった。


 せっかく奴らが念入りに用意してくれた宴会だ。


 盛り上げてやらなきゃ、失礼ってもんだろ?


 ようやく我に返った手下の一人が、殴りかかってきた。


 頭を剃り上げ、耳にいくつもピアスをつけた、ひょろ長い奴だった。


 俺はその一撃をかがんでかわすと、胸元へ素早く二発の突きを入れた。


 そして、よろめいたところを蹴り飛ばし、少し小柄な仲間へぶつけてやった。


 俺のエメラルド色の瞳に宿る闘志を見たからか。


 それとも、顔に浮かんだ歪んだ笑みのせいか。


 残った連中の大半は、襲いかかってきたときと同じくらいの勢いで逃げ出した。


 まるで、オークの母ちゃんに「晩飯だから帰ってこい」と呼ばれたみたいな慌てようだった。


 こうして、哀れな頭目だけが、俺の前に取り残された。


 いいお友達をお持ちで、豚面野郎。


 ……さて、どうしてやろうか。


「この……死ねえええええっ!!」


 ほんの一瞬、注意が逸れていた。


 その隙にコラグが跳ね起き、何かを胸元へ抱えるように構えた。


 次の瞬間、光るものを突き出しながら突進してくる。


 反射的に、生き残ろうとする本能が働いた。


 あれは――!


 奴の握る短剣の切っ先が、俺の腹をほんの数センチそれて通り過ぎた。


「おらあああっ!!」


 突きを横へかわした俺は、左手にある建物の壁を蹴った。


 体格差を埋めるように身体を浮かせ、その勢いで回し蹴りを放つ。


 狙うは、後頭部。


 直撃した。


 コラグは地面を二度転がり、路地裏のゴミの山へ突っ込んだ。


 完全に気を失っている。


 ……俺の勝ちだ。


「クソ野郎が……。今のは、本気で危なかったぞ……」


 もし、あの瞬間に身体が反応していなかったら。


 そんなことを考え、俺は胸元を押さえた。


 生と死を分けるのは、いつだって刃一枚ほどの差だ。


 運と、生き残るための力。


 冒険者の街レッドルークでは、それが日常だった。


「……あ、そうだ」


 忘れる前に、コラグの身体を探った。


 そして、奴の金品を半分――あくまで半分だけ――いただくことにした。


 こういう状況なら、勝者が戦利品をすべて奪っても、別におかしくはない。


 だが、俺には俺なりの掟がある。


 コラグだって飯くらい食わなきゃならないだろう。


 ……まあ、あの腹を見る限り、普段からたっぷり食ってるんだろうけどな。


 ついでに奴の短剣もいただき、敗北の証として、束ねた長髪を切り落としてやった。


 あとで冒険者ギルドへ持ち込んで、報酬を受け取るつもりだ。


 確か、誰かがこの豚面野郎に一泡吹かせてくれる喧嘩屋を探して、賞金を懸けていたはずだからな。


 とはいえ……


「山賊の頭目のくせに、ずいぶんと貧乏なんだな……」


 ぼやきながら、ようやく路地裏を抜けた。


 市場地区の温かな日差しが、身体を包み込む。


 俺は雪のように白い髪を目元から払い、深く息を吸った。


 市場は、相変わらずの賑わいだった。


 人間も亜人も、乾いた血と泥にまみれた俺の姿など気にも留めず、次々と横を通り過ぎていく。


 少々腹は立ったが、避けられたくらいで八つ当たりする気にはならなかった。


 こういう反応には、もう慣れている。


 理由は単純だ。


 それは……


 俺が、異世界人だからだ。


 簡単に言えば、何らかの方法で地球からカイの世界へやって来た人間のことだ。


 この世界へ来る前、俺はただのイツカ・レンだった。


 八王子出身の不良少年で、学生をやりながらバイトもしていた。


 それが、この世界へ来てからの短いあいだに、社会の底辺をさらに転がり落ちてしまったらしい。


 異世界人は、転移してくる以前の記憶を持っている。


 だが、どういうわけか、この世界へやって来た瞬間のことだけは、誰も覚えていない。


 俺も例外ではなかった。


 もっとも、異世界人であること自体が、世間から見下される理由ではない。


 俺が「物乞い横丁の嘘つきレン」なんて呼ばれるようになったのには、別の事情があった。


 俺は自分の掌を見つめ、苦々しく顔を歪めた。


 俺の知る限り、地球からやって来た異世界人の中で、俺は一年以上も間を空けて現れた最後の来訪者だった。


 しかも、特別な能力を何一つ持っていない、唯一の異世界人。


 少なくとも、今の俺にはそう見えていた。


 おかげで、ほかの異世界人からも、この世界の住人からも、存在を無視されるか、嘘つき呼ばわりされる始末だ。


 中には、注目されたくて頭のおかしなことを言っている奴だと決めつける者までいた。


 地球から来た同胞たちと一緒に、実践魔法学院へ入学することも許されなかった。


 この世界について何も知らなかった俺は、生きるために、野良猫だって顔をしかめるような場所まで追い詰められた。


 それでも、自分より弱い奴をいじめたり、そいつらから物を奪ったりはしない。


 それだけは、ずっと守ってきた。


 俺の中で、ただの一度も変わらなかったものだ。


 こんな俺を見たら、あのクソ親父は何て言うだろうな……。


 俺は首を振った。


 今さら、あんな父親のことを考えても仕方がない。


 どうせ、もう二度と会うこともないだろうしな。


 それに、太陽はまだ高い。


 今日だって、やることは山ほどある。


 俺は諦め半分の笑みを浮かべ、小さく頷いた。


 そして、ほんの少しだけ足を引きずりながら、冒険者ギルドまでの長い道を歩き始めた。

こんにちは、キツネです!


『REN X:異世界最後の来訪者』、第2話「最後の来訪者」と第3話「報酬の回収」を公開しました!


これで、物語の最初のひと区切りまでお届けできたかなと思います。


せっかくなので、今回は作品の表紙イラストも一緒に公開します。


まだまだ物語は始まったばかりですが、レンがこの世界でどんな道を歩んでいくのか、引き続き見守っていただけたら嬉しいです。


それでは、次回もよろしくお願いします!


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挿絵(By みてみん)

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