第14話 刃が振り下ろされる
処刑人となる隊長と、処刑される俺。
しばらくのあいだ、俺たちは黙って睨み合っていた。
遠くで、雷が鳴った。
「……嵐が来るな」
グリムウィックが、空を見上げてつぶやいた。
だが、その言葉は、単に天気のことだけを指しているわけではないような気がした。
「これ以上時間をかけたり、無駄な逃亡を企てる機会を与えたりするのも得策ではないが……」
隊長は、俺へ目を戻した。
「最後に言い残すことはあるかね、レン?」
「なかなか悪くない兵士を雇ってるじゃねえか」
俺は、さっきの若い男のことを思い出した。
「……ドーバー、だったっけ?」
そして、肩をすくめた。
「ただ、もう少し体力錬成はさせたほうがいいぜ。階段を上ってくるあいだ、ずっと息を切らしてたからな。ここへ着く前に、護衛を交代しなきゃならねえかと思ったよ」
「……それだけかね?」
隊長は、呆れたように眉をひそめた。
「これまでの所業を考えても、言い残すことはそれだけなのか? 罪もない王子を冷酷に殺害し、長い歴史を持つこの王国から、初めて王位継承者を奪ったというのに」
彼は、さらに続けた。
「もう少しましな言葉が聞けると思っていたよ。普段は、いくら黙れと言っても黙らない男だというのにな」
「そいつは残念だったな」
俺は、鼻で笑った。
「どうしても聞きてえってんなら、言いたかったことは、ほかにも山ほどあるぜ」
隊長の目つきが、険しくなった。
「今回の事件が、あんたにとって、ずいぶん都合よく片づいたって話とかな……」
睨みつける視線が、さらに鋭くなる。
「……でも、聞きたくねえだろ?」
「……そのとおりだな」
「じゃあ、さっさと終わらせようぜ、隊長」
「喜んで、ドブネズミ……」
……これで、終わりか。
覚悟はできた。
俺は、断頭台へ顎を乗せた。
長年使われてきた木には、過去の処刑で残った赤黒い染みがこびりついている。
この王国の歴史に名を残すような、極悪人どもも、同じようにここへ首を差し出したのだろう。
望むと望まざるとにかかわらず、今の俺も、その仲間入りだ。
……コラグの野郎が言っていた、似た者同士ってやつか。
これから何年も、俺の名前は、この国で悪名として語り継がれることになるのだろう。
……実に、素敵な話だな。
俺は、群衆へ目を向けた。
すると、その中に、思いがけない人物が立っているのを見つけた。
思わず、目つきが鋭くなる。
「……やっぱり、笑いに来やがったのか?」
黒い外套をまとった人影が、一人。
罵声や物を投げつける見物人たちに混じって、静かに立っていた。
隊長と部下たちが群衆をなだめようとしているあいだも、その人物は身じろぎ一つしない。
俺は断頭台の前へ膝をついたまま、自分を陥れたと思っている相手を睨みつけた。
……よく見とけよ、クソ野郎。
これが、お前の仕組んだ物語の結末だ。
目元へ、毛織りの布がかけられた。
視界が覆われる直前、黒衣の人物がこちらへ片手を伸ばし始めたのが見えた。
……何だ?
最期の最期に、何をするつもりだよ。
「若干十歳という、治世の盛りを迎えるはるか以前に、ノウ王子を暗殺した罪により――!」
グリムウィックが、群衆へ向かって声を張り上げた。
「被告人、イツカ・レンに死刑を執行する! お前たちもよく知る……『物乞い横丁の嘘つきレン』だ!」
見物人たちから、大きな歓声が上がった。
……この野郎、本当に自分の演説が好きなんだな。
隊長の話は、まだ続いていた。
太鼓が打ち鳴らされる。
見物人たちの声には、期待と緊張が混じり始めた。
そして、どれだけ強がってみても……。
俺の心臓だって、嫌になるほど速く打っていた。
『……君は、死ぬのが怖いかね?』
ミルトンの言葉が、ふと頭をよぎった。
「この刑によって、失われた命が戻ることはない! 我々の魂に刻まれた傷が癒えることもない!」
隊長は、さらに声を張り上げた。
「しかし、この神聖なる刃をもって、罪人の首を断ち切り、民の意志を遂行するものとする!」
……とうとう、来た。
俺の物語が、終わる瞬間だ。
「……ごめんな、母さん」
「はあっ!!」
刃が空気を切り裂く音がした。
俺は、強く目を閉じた。
すべてが終わるのを待ちながら。
……
……
……
……?
しかし、しばらく経っても、何も起こらなかった。
冷たい鋼が、首の後ろへ押し当てられている感触はある。
だが、痛みはない。
それどころか……
何の音も、聞こえなかった。
俺は、顔を覆っていた布を振り払った。
「――っ!?」
……何だよ、これ。
背後にいる隊長。
その部下たち。
そして、群衆の一人ひとりまで。
全員が、完全に動きを止めていた。
まるで、時間そのものが凍りついたかのように。
……ただし、一人だけを除いて。
あの暗殺者か!?
先ほどと同じように片手を伸ばしたまま、その人物が詠唱を始めた。
……女の声だった。
「時の御手よ、忠実なる番人の呼びかけに応えたまえ。失われしものを我らへ返し、現実を紡ぐ糸を、再びあるべき姿へと織り直したまえ……」
俺たちの周囲で、金色の光が弾け始めた。
火花のような輝きが、あちらこちらへ飛び交う。
……何か、おかしい。
身体が……軽すぎる。
何が……起きて……
「……そして、より明るき明日の始まりに、新たなる夜明けを我らへ授けたまえ……」
突然、周囲の世界が歪んだ。
景色が、閃光となって流れていく。
まるで、宇宙船が超空間を突き進んでいるようだった。
あまりにも凄まじい光景に、俺は目を見開いた。
呼吸が、速くなる。
これほど恐ろしいと感じたことはない。
だが、同時に、これほど興奮したこともなかった。
どんなジェットコースターよりも、はるかに激しい。
そして――
「――レトロ・ヴェルサーレ!!」
女が最後の言葉を叫んだ瞬間、すべてが遠ざかっていった。
遠くで、鐘の音が響いた。
……
……
……
やがて、意識が戻ってきた。
音が、再び耳へ流れ込んでくる。
夕日が眩しい。
ぼやけていた視界に、少しずつ焦点が合っていく。
何人もの人影が、目の前を行き交っていた。
だが、そこにあるのは処刑台の混乱ではない。
……違う。
レッドルークの、ずっと穏やかな日常の光景だった。
「……えっ?」
俺は、立っていた。
昨日の夕方にも立っていた、あの場所に。
手には、ミルトンからグリムウィック隊長へ届けるよう頼まれた書簡が握られている。
遠くで、再び鐘が鳴った。




