第13話 ボスとの別れ
眩しい日差しが、目に突き刺さった。
何日ぶりかのビタミンDだ。
……残念ながら、喜んでいる余裕はなかったが。
そこには、信じられないほど大勢の人々が集まっていた。
まさか、俺が外へ戻ってきたことを祝っているわけじゃないだろう。
顔には、怒りと嫌悪。
おそらく、大半の連中が俺の死を望んでいる。
暴動にならないよう群衆を押しとどめるだけでも、守備隊の一個分隊が必要だった。
その中から、何十もの罵声が飛んできた。
「路地裏のゴミ野郎!」
「人殺し!」
……違う。
俺じゃねえよ。
「俺たちの大切なノウ王子を殺したんだ! 同じ目に遭わせろ!」
……もう、いいだろ。
どうせ、すぐ血を見られるんだ。
少しくらい黙ってろよ、この野獣ども。
「レン君!」
聞き慣れた声が、人混みの向こうから響いた。
「……ボス」
ミルトンが、人々をかき分けながら近づいてきた。
その顔には、ひどく焦った表情が浮かんでいる。
守備隊員の一人から聞いた話では、ギルドマスターは俺を釈放させようと、持てる交渉力をすべて使ってくれたらしい。
だが、俺の無実を証明する証拠があまりにも少なかった。
隊長は、釈放を検討することさえ拒んだという。
「ぎ、ギルドマスター、下がってください! こいつは危険で……!」
「レン君! ああ、本当に君だったんだね!」
ミルトンは、兵士の警告など聞こえていないかのように話しかけてきた。
まるで、心配性の兄が、弟へ声をかけるみたいだった。
「君は短剣をなくしていたのだと、何度も説明したんだ。だが、誰も聞き入れてくれなくてね。おまけに、事件現場で君を見たという証言まで、いくつも出ているらしい」
そして、必死な様子で続けた。
「頼むよ、レン君。本当ではないと言っておくれ。そうすれば、私は――」
「――現場にはいたよ」
俺は、ため息をついて認めた。
「……いたんだ」
「それは……」
「聞きたかった答えじゃなかったよな?」
俺は、苦笑した。
「まあ、最悪だけどさ…… もう、どうしようもねえんだろ」
実際、ギルドマスターの影響力を考慮したところで、できることはほとんど残されていなかった。
起きてしまったことは、取り消せない。
それに、血に飢えた群衆を今さら説得しようとすれば、かえって大騒ぎになるだけかもしれない。
ほかにも味方がいてくれたなら、証言を集めて無実を証明することもできたのだろう。
だが、俺はずっと、一人で戦ってきた。
……まあ、ほとんどは。
「こんなことを聞くのは、ずいぶん配慮に欠けると思うのだが……」
ミルトンは、ためらいながら口を開いた。
「君は、殺していないんだね? レン君」
そして、小さく付け加えた。
「……王子のことだよ」
「母さんの墓に誓って、俺じゃねえよ」
俺は、一瞬もためらわず答えた。
「ただ、運悪く、最悪のときに最悪の場所へ居合わせちまった。それだけだ」
「……時、か」
ミルトンは、何かを理解したかのように、一人で頷いた。
しかし、次に出てきたのは、またしても答えに困る質問だった。
「では、もう一つ尋ねてもいいかい?」
彼は、俺を見つめた。
「……君は、死ぬのが怖いかね?」
……まあ、別に構わないけどさ。
俺は、少しだけ話に付き合ってやることにした。
「ふん。さあな?」
肩をすくめた。
「でも、この世界は本当にクソだったよ。未練なんて、これっぽっちもねえな」
「……少しも?」
「……」
俺は、一瞬黙った。
「……ああ。少しも」
「そうかい」
ミルトンが、俺の嘘を信じたのかどうかはわからない。
それでも彼は、目を閉じ、信じたように微笑んでくれた。
「なあ、ボス。俺、あんたのことは最後まで、よくわかんなかったよ」
思わず、口を開いた。
「いつも何か秘密を隠してるような、妙な雰囲気があったし……」
「おやおや。君には、そんなふうに見えていたのかい……?」
ミルトンは、呆れたように笑った。
「そりゃ、もう。でもさ、それはそれとして……」
俺は、彼から少し顔を背けた。
「この何週間も、何か月も、ずっと世話になっただろ。誰も俺なんかに構ってくれなかったのに、あんただけはよくしてくれた」
そして、言いよどんだ。
「だから、その……ありがとな」
最後に、小さく付け加えた。
「……じゃあな」
不器用すぎる感謝の言葉に、ミルトンはその場で立ち尽くした。
すぐには、返事もできなかったらしい。
俺が城の中庭へ向けて再び歩き始めてから、ようやく声が聞こえた。
「いや、感謝するのは私のほうだよ、レン君!」
彼は、少し声を張り上げた。
「本当に、今までよく働いてくれたね!」
そして、続けた。
「……どうか、次の人生では、今よりも優しい世界に恵まれることを願っているよ」
その声は、真剣だった。
「約束しよう。たとえ、この命が尽きようとも……。君をこんな目に遭わせた者を、必ず見つけ出すと」
「……それで十分だよ」
次の人生、ねえ。
……変な言い方をする人だな。
それでも俺は頷き、そのまま歩き続けた。
「……思っていたのと、全然違う人なんですね……」
背後にいた若い守備隊員が、ぽつりとつぶやいた。
今のやり取りを、ずっと見ていたらしい。
「ん? 何だって?」
「な、何でもありません!」
「はいはい、そうだろうな」
俺は、小さく笑った。
やがて、俺が最期を迎えることになる処刑台が見えてきた。
木製の舞台。
その上で最初に目へ入ったのは、抜き身の剣を輝かせているグリムウィック隊長の姿だった。
「ご苦労だったな、ドーバー。兵舎へ戻って、しばらく休むといい」
隊長は、俺たちの姿を見て、部下へ頷いた。
しかし、兵士はなかなか動かない。
「……今すぐに、だ」
「は、はいっ! ありがとうございます、隊長!」
若い男は、最後にもう一度だけ、俺へ不思議そうな視線を向けた。
そこには、哀れみのようなものまで混じっていた気がする。
そして、慌ただしく処刑台から離れていった。
レッドルークでは、いつもどおりの曇り空だった。
だが、もうすぐ、この何の変哲もない舞台が血で染まるのだろう。
……俺の血で。




