↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/39

第13話 ボスとの別れ

 眩しい日差しが、目に突き刺さった。


 何日ぶりかのビタミンDだ。


 ……残念ながら、喜んでいる余裕はなかったが。


 そこには、信じられないほど大勢の人々が集まっていた。


 まさか、俺が外へ戻ってきたことを祝っているわけじゃないだろう。


 顔には、怒りと嫌悪。


 おそらく、大半の連中が俺の死を望んでいる。


 暴動にならないよう群衆を押しとどめるだけでも、守備隊の一個分隊が必要だった。


 その中から、何十もの罵声が飛んできた。


「路地裏のゴミ野郎!」


「人殺し!」


 ……違う。


 俺じゃねえよ。


「俺たちの大切なノウ王子を殺したんだ! 同じ目に遭わせろ!」


 ……もう、いいだろ。


 どうせ、すぐ血を見られるんだ。


 少しくらい黙ってろよ、この野獣ども。


「レン君!」


 聞き慣れた声が、人混みの向こうから響いた。


「……ボス」


 ミルトンが、人々をかき分けながら近づいてきた。


 その顔には、ひどく焦った表情が浮かんでいる。


 守備隊員の一人から聞いた話では、ギルドマスターは俺を釈放させようと、持てる交渉力をすべて使ってくれたらしい。


 だが、俺の無実を証明する証拠があまりにも少なかった。


 隊長は、釈放を検討することさえ拒んだという。


「ぎ、ギルドマスター、下がってください! こいつは危険で……!」


「レン君! ああ、本当に君だったんだね!」


 ミルトンは、兵士の警告など聞こえていないかのように話しかけてきた。


 まるで、心配性の兄が、弟へ声をかけるみたいだった。


「君は短剣をなくしていたのだと、何度も説明したんだ。だが、誰も聞き入れてくれなくてね。おまけに、事件現場で君を見たという証言まで、いくつも出ているらしい」


 そして、必死な様子で続けた。


「頼むよ、レン君。本当ではないと言っておくれ。そうすれば、私は――」


「――現場にはいたよ」


 俺は、ため息をついて認めた。


「……いたんだ」


「それは……」


「聞きたかった答えじゃなかったよな?」


 俺は、苦笑した。


「まあ、最悪だけどさ…… もう、どうしようもねえんだろ」


 実際、ギルドマスターの影響力を考慮したところで、できることはほとんど残されていなかった。


 起きてしまったことは、取り消せない。


 それに、血に飢えた群衆を今さら説得しようとすれば、かえって大騒ぎになるだけかもしれない。


 ほかにも味方がいてくれたなら、証言を集めて無実を証明することもできたのだろう。


 だが、俺はずっと、一人で戦ってきた。


 ……まあ、ほとんどは。


「こんなことを聞くのは、ずいぶん配慮に欠けると思うのだが……」


 ミルトンは、ためらいながら口を開いた。


「君は、殺していないんだね? レン君」


 そして、小さく付け加えた。


「……王子のことだよ」


「母さんの墓に誓って、俺じゃねえよ」


 俺は、一瞬もためらわず答えた。


「ただ、運悪く、最悪のときに最悪の場所へ居合わせちまった。それだけだ」


「……時、か」


 ミルトンは、何かを理解したかのように、一人で頷いた。


 しかし、次に出てきたのは、またしても答えに困る質問だった。


「では、もう一つ尋ねてもいいかい?」


 彼は、俺を見つめた。


「……君は、死ぬのが怖いかね?」


 ……まあ、別に構わないけどさ。


 俺は、少しだけ話に付き合ってやることにした。


「ふん。さあな?」


 肩をすくめた。


「でも、この世界は本当にクソだったよ。未練なんて、これっぽっちもねえな」


「……少しも?」


「……」


 俺は、一瞬黙った。


「……ああ。少しも」


「そうかい」


 ミルトンが、俺の嘘を信じたのかどうかはわからない。


 それでも彼は、目を閉じ、信じたように微笑んでくれた。


「なあ、ボス。俺、あんたのことは最後まで、よくわかんなかったよ」


 思わず、口を開いた。


「いつも何か秘密を隠してるような、妙な雰囲気があったし……」


「おやおや。君には、そんなふうに見えていたのかい……?」


 ミルトンは、呆れたように笑った。


「そりゃ、もう。でもさ、それはそれとして……」


 俺は、彼から少し顔を背けた。


「この何週間も、何か月も、ずっと世話になっただろ。誰も俺なんかに構ってくれなかったのに、あんただけはよくしてくれた」


 そして、言いよどんだ。


「だから、その……ありがとな」


 最後に、小さく付け加えた。


「……じゃあな」


 不器用すぎる感謝の言葉に、ミルトンはその場で立ち尽くした。


 すぐには、返事もできなかったらしい。


 俺が城の中庭へ向けて再び歩き始めてから、ようやく声が聞こえた。


「いや、感謝するのは私のほうだよ、レン君!」


 彼は、少し声を張り上げた。


「本当に、今までよく働いてくれたね!」


 そして、続けた。


「……どうか、次の人生では、今よりも優しい世界に恵まれることを願っているよ」


 その声は、真剣だった。


「約束しよう。たとえ、この命が尽きようとも……。君をこんな目に遭わせた者を、必ず見つけ出すと」


「……それで十分だよ」


 次の人生、ねえ。


 ……変な言い方をする人だな。


 それでも俺は頷き、そのまま歩き続けた。


「……思っていたのと、全然違う人なんですね……」


 背後にいた若い守備隊員が、ぽつりとつぶやいた。


 今のやり取りを、ずっと見ていたらしい。


「ん? 何だって?」


「な、何でもありません!」


「はいはい、そうだろうな」


 俺は、小さく笑った。


 やがて、俺が最期を迎えることになる処刑台が見えてきた。


 木製の舞台。


 その上で最初に目へ入ったのは、抜き身の剣を輝かせているグリムウィック隊長の姿だった。


「ご苦労だったな、ドーバー。兵舎へ戻って、しばらく休むといい」


 隊長は、俺たちの姿を見て、部下へ頷いた。


 しかし、兵士はなかなか動かない。


「……今すぐに、だ」


「は、はいっ! ありがとうございます、隊長!」


 若い男は、最後にもう一度だけ、俺へ不思議そうな視線を向けた。


 そこには、哀れみのようなものまで混じっていた気がする。


 そして、慌ただしく処刑台から離れていった。


 レッドルークでは、いつもどおりの曇り空だった。


 だが、もうすぐ、この何の変哲もない舞台が血で染まるのだろう。


 ……俺の血で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。