第12話 最後の日
『地獄への道は善意で舗装されている』……だったか。
俺は深いため息をついた。
周囲は暗く、不気味なほど静まり返っている。
おかげで、自分の心臓が打つ音まで、やけにはっきり聞こえた。
胸の奥で和太鼓でも連打されているみたいだった。
今日は、三日目。
……最後の日だ。
つまり、俺に残された時間は、もうほとんどない。
どうして、こんなことになっちまったんだろうな。
あと少しでも早く、あの場所へたどり着いていたら。
ノウ王子を救えたのだろうか。
それとも、最初から俺の手に負える話じゃなかったのか。
俺はうつむいた。
王子が暗殺されたあとのことを、思い返していた。
俺が事件に関わっていると示す、あの短剣。
そして、グリムウィック隊長も、俺と同じく地球から来た異世界人だったという事実。
……まあ、そっちは、そこまで驚くことでもなかったのかもしれない。
この世界へ召喚される人間は、年齢も性別も国籍も、ばらばらなのだから。
だが、それはそれとして……
あのクソ野郎、俺の話を一言も聞きやがらなかった!
それに、本来あの場所を警備しているはずの兵士たちは、どこへ消えてたんだよ!?
何もかも、胡散臭い。
雨上がりの物乞い横丁より、よっぽど臭いやがる。
……それから、あの泥棒だ。
俺からアシェン・ファングを盗んだ奴。
おそらく、王子を殺した犯人も、そいつなのだろう。
あの短剣の力を使いこなせるなら、見つからずにどこへでも忍び込めるはずだ。
……もちろん、あくまで使いこなせれば、の話だが。
しかし、どれほど魔法による隠蔽が優れていたとしても、誰にも邪魔されず、王子のところまで一直線に近づけるものなのか?
守備隊には、説明しなきゃならないことが山ほどある。
だが、俺が代わりに処刑されるのなら、奴らが責任を問われることなんて、本当にあるのだろうか。
犯行現場へ短剣を残したのも、罪を押しつける相手を用意するためだったのだろう。
そして俺は、まんまと罠にかかった。
餌も、針も、釣り糸まで。
丸ごと飲み込んじまったわけだ。
おまけに、事態は悪くなる一方だった。
ジェットの爺さんをはじめ、ギルドで俺が短剣を持っているところを見た連中まで、証言を求められていたのだ。
いつの間にか、俺に不利な証拠ばかりが積み上がっていた。
……別に、あいつらを責めるつもりはない。
ないんだけどさ……
「……クソッ」
こんなとき、母さんなら、ことわざか何かを持ち出して俺を励ましてくれただろう。
もっとも、母さんが思いつく言葉は、たまに意味がよくわからなかったり、その場の状況とまったく関係なかったりしたけどな。
一方、親父なら何て言うだろう。
自分を哀れんでいるのは負け犬だけだ、とでも言うのかもしれない。
それから、そんな情けない態度はイツカ家の名にふさわしくない、とか。
母さんとは、仲がよかった。
だが、母さんが亡くなったあと、親父は何よりも俺を責めた。
俺が母さんにストレスをかけ続けたせいで、とうとう倒れてしまったのだと。
授業をさぼったこと。
門限を破って、警察の世話になったこと。
高校へ入ってから、それまで優秀だった成績が落ち始めたこと。
……俺って、最低だよな。
「……いや。そこまで考えても仕方ねえだろ、レン」
思わず、自分に言い聞かせた。
親父はクソ野郎だ。
……それは間違いない。
だが、今回ばかりは、あいつの言うことにも一理あるのかもしれない。
俺自身のことも。
この情けない態度のことも。
思えば、地球にいた頃から、俺はこんな奴だった。
何かが思いどおりにいかなくなると、すぐ自分を哀れんでしまう。
その悪い癖は、異世界へ来てからも、しっかりついて回っていたらしい。
そういえば、学生生活の最後の年に、少し親しくなった女の子がいた。
確か、何事にもきっぱりと物を言うタイプで、あの子からも似たようなことを言われた気がする。
……名前、何だったっけ。
たしか、Sで始まるような……?
まあ、いい。
自分の境遇を嘆いているだけじゃ、どこへも進めない。
自分の力で変えられることもあれば、どうにもならないこともある。
どれだけ苦しくても、どれだけ先が見えなくても。
その事実だけは、変わらない。
そう思えば、少しは気が楽になる……はずだった。
「おいおい、レンじゃねえか! まさか、お前かよ!」
向かいの独房から、野太い声が聞こえた。
どうやら、新しく入ってきた囚人が、ようやく眠りから覚めたらしい。
「がははっ! ひっでえツラしてんな! クソに失礼なくらい、クソみてえな顔だぜ!」
……はあ。
俺は、心の中でため息をついた。
「ああ、豚面野郎か。どうりで臭えと思った。悪いけど、息を吐くなら反対側にしてくれねえ?」
残虐なるコラグ。
俺が眠っているあいだに、捕まって連れてこられたらしい。
恐喝か、喧嘩か。
あるいは、ほかにも山ほどある軽犯罪のどれかだろう。
あいつと手下どもが牢屋へぶち込まれるところを見るのは、本来なら愉快なはずだった。
……だが、どう考えても俺の罪状のほうが、少しばかり重い。
おかげで、喜びも半減だった。
「おいおい、そんな冷てえこと言うなよ、坊主!」
コラグは笑いながら、格子に両手をかけ、身を乗り出してきた。
「俺たちは似た者同士じゃねえか!」
「へえ? どういう理屈だよ?」
「聞いたぜ、人殺し。レッドルークじゃ、噂が広まるのが早えからな……」
俺は目を細めた。
「何でも、王子を一人ぶっ殺したらしいじゃねえか? しかも、そのおかげで断頭台への招待券まで手に入れたんだろ?」
「……」
「それがよ、あの役立たずの隊長殿が、首切り役人を追い払っちまったんだとさ! 自分の手で始末してえんだってよ! がっはっはっは!」
コラグは腹を抱えて笑い出した。
俺は、黙って顔を背けた。
これ以上、何を言われようと興味はない。
……ありがたいことに、しばらくすると、牢のある区画の扉が開く音がした。
重い足音が、金属音を響かせながら近づいてくる。
「……ようやくか」
俺は、小さくつぶやいた。
「しゅ、囚人! 準備をしろ! ついに裁きの時が来た!」
俺の独房の前へ、一人の守備隊員が現れた。
小太りで、いかにも気の弱そうな男だった。
手には巻物を持ち、そこに書かれた内容を読み上げている。
「ゼン王国の最後の王子を……さ、殺害した罪により、お前に下された刑は……し、死刑……」
一度、唾を呑み込む音がした。
「……斬首刑、である……!」
読み上げた罪状に、自分でも怯えてしまったらしい。
男は、できるだけ俺と目を合わせないようにしていた。
「け、刑はただちに執行される! 月の女神暦、第十一日――」
……長くなりそうだな、これは。
「――ああ、もういいって。さっさと終わらせようぜ」
俺は、話を遮った。
「こっちだって、一日中暇なわけじゃねえんだ」
「そうそう! 小難しいお説教なんか聞かせずに、さっさと死なせてやれよ、デブ!」
背後から、コラグが楽しそうに口を挟んだ。
「首を切るなら、ちゃっちゃと切ってやれってな! なあ?」
奴は、片手で首を切る仕草までしてみせた。
「……わ、わかった。囚人の望みどおりにする……」
まだ経験の浅そうな守備隊員は、俺の拘束具を一つずつ外し始めた。
たぶん、俺より若いんじゃないか。
「だ、だが、妙な真似はするなよ!? いいな!?」
……隊長殿は、俺をどれだけ舐めてんだ?
こんな新米に、処刑台まで連れていかせるつもりかよ。
俺は鼻で笑い、軽く首を振った。
男は終始、おっかなびっくり剣をこちらへ向けていた。
正直、こいつを取り押さえるだけなら、そこまで難しくはなさそうだった。
……だが、仮に倒せたとしても、そのあと法の追っ手から逃げ切る体力なんて、もう残っていない。
身体は、とっくに限界だった。
今の俺を動かしているのは、もしこの世界でもう少し生きられたら、何をしようかという思いだけだ。
もっとも、現実的に考えれば……
きっと、今までと似たような毎日なんだろうけどな。
ようやく牢から出ると、手首と足首には、多少は歩きやすい枷がはめられた。
守備隊員は俺の背後へ回り、背中へ剣先を向ける。
俺が振り返って顔を合わせると、枷がじゃらりと鳴った。
その音に、男の肩がびくりと跳ねる。
「……で?」
「す、進め!」
まったく威厳のない声だった。
「へ、変な真似をすれば、よ、容赦なく斬るからな……!」
「はいはい」
こいつから見れば、俺は危険な殺人犯だ。
怯える気持ちも、わからなくはない。
このままじゃ恐怖で漏らしてしまいそうだったので、せめてもの親切として、俺は自分から歩き始めてやった。
「またな、レン!」
コラグが背後から怒鳴った。
「……あ、いや、もう会えねえのか! がっはっはっは……げほっ、ごほっ!」
俺は、奴を無視した。
木製の階段を、一段ずつ重い足取りで上っていく。
そして、外へ出た。




