第11話 ノウ王子との遭遇
思わず息を呑んだ。
「子供じゃねえか!」
そこには、子供の身体がうつ伏せに倒れていた。
いや、ひょっとすると、単に俺よりずっと小柄な人物なのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
身体の周囲には、大量の血が広がっている。
「おい! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄り、肩を掴んだ。
しかし、反応がない。
「おい、しっかりしろ! なあ、頼むから……! クソッ……!」
どうすりゃいいんだよ!?
ほんのわずかに、身体が動いた。
俺はそれを見て、慎重に子供を仰向けにした。
そして、顔を見た瞬間――
「……ノウ、王子……?」
人形のように整った顔。
そばかす。
きちんと手入れされた、苺色の髪。
見間違えるはずがなかった。
その幼さに似合わない聡明さと優しさで、レッドルークだけでなく、ゼン王国の各地からも敬愛されている人物。
滅びかけた国に残された、最後の希望。
その王子が今……
俺の腕の中で、死にかけていた。
しかも、それ以上に決定的なものが、目に飛び込んできた。
「――っ!?」
俺は目を見開いた。
王子の腹部から、短剣が突き出していたのだ。
……コラグの短剣。
アシェン・ファング。
俺が、あの黒い外套の野郎に盗まれた武器だった。
「……まずい。これは……本気でまずいぞ……」
王子の目は開いていた。
だが、俺を見つめているようで、その視線はどこにも焦点を結んでいない。
生命が、みるみる失われていく。
俺は医者じゃない。
胸元からの出血を止めるためにできることといえば、傷の周囲を押さえるくらいしか思いつかなかった。
迷った末、俺は短剣を引き抜き、そばへ置いた。
そして、シャツの一部を引き裂き、傷口へ押し当てた。
だが……
血が止まらない。
全部、俺のせいだ……
あのとき、もっと注意していれば……!
「……王国が……危ない……お願い……」
王子が、弱々しく囁いた。
そして、片腕を持ち上げ、俺の背後にある何かを指さした。
俺は、その視線を追った。
その瞬間、白いものが閃いた。
まるで、獅子の亡霊のような何かが、俺へ襲いかかってきたのだ。
凄まじい衝撃に、身体が王子から大きく吹き飛ばされた。
右の眉の上が、ぱっくりと裂ける。
額から血が流れ落ち、視界を赤く曇らせた。
「囲め! ドブネズミを逃がすな!」
まだ意識が揺らいでいた。
それでも、俺は必死に立ち上がり、逃げようとした。
だが、王国守備隊の兵士たちが、次々と距離を詰めてくる。
……わかってる。
俺が、どう見えるかくらい。
血まみれの不良。
短剣。
そして、死んだ王子。
……最悪だ。
守備隊員の伸ばしてきた手を、間一髪でかわした。
そのまま、出口へ向かって駆け出す。
しかし――
「がはっ――!?」
突然、頭の奥が激しく脈打った。
俺は、片膝をついた。
全身を、凄まじい痛みが駆け巡る。
まるで、身体中の毛細血管が燃え上がっているようだった。
「……この、クソ野郎……!」
「たっぷり味わうがいい、ドブネズミ」
いつの間にか、グリムウィック隊長が目の前に立っていた。
青い瞳が、俺を鋭く射抜く。
「これが私の異世界人としての能力――『プロヴィデンス』だ」
隊長は、冷たく続けた。
「標的が私へ逆らえば逆らうほど、その身体へ与える損傷が大きくなる。お前のような人間には、実にふさわしい力だろう?」
そして、嘲るように笑った。
「大人しくしていろと、あれほど忠告してやったというのにな……」
「……あんたも……?」
俺は、胸元を掴んだ。
「あんたも……異世界人、なのか……?」
息を吸うことさえ、苦しかった。
「……違う。何もかも……勘違い、だ……! 俺は――!」
頭の横へ、強烈な蹴りが叩き込まれた。
だが、その痛みは、ほとんど感じなかった。
意識が途切れ、世界が黒く染まっていく。
『……続きは処刑台で聞いてやる』




