4話 決
「赤龍……!」
全身を真紅の鱗で覆った巨体。
こちらを見下ろす黄金色の瞳。
忘れるはずもない。
俺を一度殺した怪物が、再び目の前にいる。
「ルナ!逃げよう!」
俺は少し離れた所にいるルナに言った。
「いえ……こんなに近づかれては……逃げるのは無理でしょう」
「そんな……じゃあせめて俺が…」
「アルトさんは下がっていてください」
ルナは腰に差していた剣を抜きながら言った。
「ここは、私がどうにかしますので」
その声と同時に赤龍が前足を振り下ろした。
ルナは紙一重でそれをかわし、巨体の脇へと回り込んだ。
「やぁぁ!」
やや大きく剣を振りかぶり、赤龍の後ろ足を斬りつけた。
キンッ!
甲高い音が森に響いた。
「……っ!」
ルナの表情がわずかに歪む。
攻撃は、赤龍の鱗に弾かれていた。
赤龍の後ろ足が振り下ろされた。
ルナは横に跳んでそれをかわす。
その勢いのまま大きく飛び上がり、赤龍の顔に向かって二、三度斬りつけた。
だが、いずれの攻撃も鱗を通さない。
ルナが着地する、その一瞬の隙を赤龍は見逃さなかった。
着地した瞬間、横から赤龍の前足が迫った。
ルナは、それを回避できなかった。
「ガハッ…!」
攻撃を腹部に受け、奥にある木に向かって大きく吹き飛ばされた。
「あぁ…このままじゃルナが……」
赤龍の鱗は硬い。
剣での攻撃は通らないだろう。
なら魔法なら……赤龍の意識を少しでもこっちに向ける
んだ。
ルナが回復する時間を……!
「"ファイア"」
………何も出ない。
「あ……そうか」
最初の赤龍との戦いで魔法を使ったんだった。
俺の魔法は、魔力量の関係で一日一回しか使えない。
「肝心な時に……」
赤龍はもう、ルナのすぐそばに迫っていた。
このままではルナは死んでしまう。
「ルナ!」
俺は走り出した。
しかし、遅かった。
判断も、足も、何もかもが。
赤龍の前足が、地面に振り下ろされた。
ルナがいた場所に。
ーー間に合わなかった。
そう思った。
だが、赤龍の前足の下には、ルナはいなかった。
森の奥から、微かに声が聞こえる。
「……"スュペリユール・ファイア"」
眩い光に目を焼かれ、とてつもない轟音が森を揺らす。
何も見えない。何も聞こえない。
そんな中、俺の頭には疑問ばかりが浮かんでいた。
ルナは、どうなったのだろうか?
今の光と音は一体…?
俺たち以外にも人がいたのだろうか?
ようやく視界が戻り、俺は周囲を確認した。
俺の目の前には、一直線にえぐられた地面が、まるで道のように奥まで続いていた。
その先に、赤龍の姿はなかった。
奥に人が見えた。
銀髪、青い目。
先程まで赤龍に追い詰められていた少女が、こちらへ歩いてくる。
「ルナ……!」
……ルナ、だよな?
雰囲気が違う。
遠目から見てるので確信はないが、立ち振る舞いが別人のように感じる。
そうこう考えていると、ルナが駆け寄ってきた。
「アルトさん!お怪我はありませんか?」
「あ、あぁ。俺は大丈夫……。ルナこそ大丈夫なのか…?」
「私は大丈夫ですよ!ほら!この通り!」
ルナは軽く両腕を広げ、くるくると回った。
なんだろうこの違和感は。
まるで初めて彼女に出会った時のような……。
「なあ、ルナ」
「はい?」
「これ、お前がやったのか?」
俺は、えぐられた地面を指差して言った。
「はい!」
こんな事が出来るのに、どうして。
「なんで最初あんなに苦戦してたんだ?」
ルナは一瞬だけ黙った。
「………さぁ、なんででしょう」
「なんでって……自分の事だろ?」
「ふふっ、そうですね」
ルナは笑顔で言った。
けれど、どこか話を切り上げようとしてるように感じた。
俺も、それ以上の事は何も聞けなかった。
「そんなことより!」
「二人とも無事で、赤龍を倒せたんです!今はそれを喜びませんか?」
「……それは、そうだけど」
これ以上何かを聞いても、答えてはくれないだろう。
……何かを隠している。
そんな気がした。
けれど、彼女のおかげで赤龍を倒す事ができた。
言いたくないのなら、無理に聞き出すこともないだろう。
「……分かった。とりあえず、街に戻ろう」
「はい!」
ルナは軽やかに返事をした。
森を抜けるまで、俺たちはほとんど会話をしなかった。
いや、正確には、俺が何を話せばいいのか分からなかったのだ。
「……あの、アルトさん」
いつの間にか、ルナはいつも通りの雰囲気に戻っていた。
「ん?どうした?」
不意に声をかけられ、俺はルナの方を向いた。
「先程から、ずっと黙っていますけど……何かありましたか?」
「いや、別に……」
そう答えたものの、すぐに言葉が続かなかった。
何かあったかと言われれば、ありすぎるぐらいだ。
ガルドとリオのこと。
赤龍のこと。
ルナのこと。
ただ、それをどう伝えればいいのかわからない。
「……ちょっと考え事をしてただけだよ」
「そうですか……」
ルナはそれ以上、何も聞いてこなかった。
その反応に、少しだけ助けられた気がした。
「……そういえば、ルナ」
「はい?」
「さっきはありがとう。助かったよ」
「いえ、無事だったなら何よりです」
ルナは笑顔で答えた。
その優しい声も、柔らかな表情も、いつもの彼女と変わらない。
……やっぱり、気のせいだったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
あれほど赤龍に苦戦していたのに、最後には一撃で倒してしまった。
しかも、あの魔法。
俺の知る魔法とは、まるで別物だった。
……でも、そうだな。
「……アルトさん?」
「えっ? ああ、ごめん。何?」
「いえ、また考え込んでいるようだったので……」
「ははっ、悪い悪い」
俺は苦笑いを浮かべた。
無理に聞くこともない。
さっき、そう決めたはずだろ。
彼女から話してくれるまで、この疑念は封印だ。
それからしばらく、俺たちは他愛もない話をしながら森を歩いた。
とは言っても、話していたのはほとんどルナだった。
今日の依頼のことや、街に戻ったら何をするか。
俺はそれに相槌を打ちながら、少しずつ気持ちを落ち着かせていった。
ガルドとリオのことも、すぐに忘れられるわけじゃない。
それでも、少しずつ前を向いていこう。
やがて、木々の隙間から街の外壁が見えてきた。
「やっと着きましたね」
ルナが、ほっとしたように息を吐いた。
「思ったより時間がかかったな」
空はすっかり夕暮れに染まっていた。
「急がないと、ギルドが閉まってしまいますね」
「ああ」
俺たちは急ぎ足で、ギルドへと向かった。
ギルドの扉を開けると、中にはまだ何人かの冒険者がいた。
「なんとか間に合いましたね…」
ルナは胸を撫で下ろした。
「そうだな。じゃあ、さっさと報告を済ませよう」
「はい、じゃあ私はこっちに」
俺たちはそれぞれの受付へと向かった。
「すみません。薬草採取の依頼を達成したので、報告に来ました」
俺は受付に薬草が入った小袋を置いた。
「お帰りなさいませ。では、パーティ名をお願いします」
「"カマラード・E"です」
「承知いたしま……おや?そちらは4人パーティの筈では?お仲間はどちらに?」
「死にました。今回の依頼で」
俺がそう言うと、受付嬢は驚いた表情を見せた。
「それは……お悔やみ申し上げます。でしたら、こちらで解散手続きをいたしましょうか?」
「…………お願いします」
「承知致しました。それと、依頼の達成を確認しましたので、こちらをお受け取りください。」
俺は、差し出された銀貨五枚を受け取り、袋にしまった。
これで、依頼は完了だ。
「ありがとうございます」
「アルトさん」
いつの間にか後ろにいたルナに声をかけられた。
「おお、ルナか。そっちも終わったのか?」
「はい。それよりも……」
「4人パーティってどういうことですか?お仲間はあの2人だけなんじゃ…….」
「ああ。実は、ガルドとリオの他に、もう一人仲間がいたんだ」
「もう一人……?」
「そいつは昔、俺たちを逃がすために一人で敵の足止めをしてくれてな。それ以来、行方が分からなくなっているんだ」
「そうだったんですね……」
ルナは少しだけ表情を曇らせた。
「ずっと探していたんですか?」
「いや……探したいとは思っていたけど、手掛かりがなくてな。結局、何もできずにいたんだ」
俺は視線を落とした。
あの時も、今回も。
仲間に守られてばかりだ。
「……だから、これからそいつを探しに行こうと思ってる」
「そうなんですね」
「ああ。今どこにいるのか、生きているのかさえ分からない。それでも、何もしないままなのは嫌なんだ」
言葉にしてみると、改めて自分の目的がはっきりした気がした。
もう、後悔するだけで終わりたくない。
「……それなら」
ルナが口を開いた。
「私も一緒に行っていいですか?」
「え?」
思わず聞き返した。
「いや、でも……俺の探し人だぞ? 危険な目に遭うかもしれないし、わざわざ付き合う必要はないだろ」
「それは分かっています」
ルナはまっすぐに俺を見た。
「でも、アルトさんを一人で行かせるのは心配です。それに、私も今は一緒に行動する仲間がいませんから」
「……本当にいいのか?」
「はい」
迷いのない返事だった。
俺は少しだけ考えた。
正直、一人で探すよりも仲間がいた方が心強い。
それに、ルナの力は今日の戦いで十分に分かっている。
……いや、正確には、まだ分からないことだらけなんだけどな。
「……分かった。じゃあ、一緒に来てくれるか?」
「もちろんです!」
ルナは嬉しそうに笑った。
「よろしくな、ルナ」
「はい!よろしくお願いします、アルトさん」
「そういえば、パーティを組むなら登録が必要だよな?」
「そうですね。受付で手続きを聞いてみましょう」
俺たちは再び受付へと向かった。
「すみません。新しいパーティの登録をお願いしたいのですが」
受付嬢は頷き、必要な書類を取り出した。
「かしこまりました。それでは、こちらにご記入をお願いします」
「パーティ名はどうする?」
「一応アルトさんがリーダーなのですし、アルトさんが決めていいですよ」
「……じゃあ"エテルニテス・E"で」
俺たちは書類に必要事項を記入し、受付嬢へと返した。
「確認いたしました。これで手続きは完了です。新しいパーティとして登録されましたので、今後はこちらのお名前で依頼を受けていただけます」
「ああ、ありがとうございます」
手続きを終え、俺たちはギルドを後にした。
外に出ると、完全に日は落ちきっていた。
「さて……」
俺は街の外へと続く道を見た。
探し人の手掛かりは、まだ何もない。
どこへ向かえばいいのかも分からない。
それでも、立ち止まっているわけにはいかない。
「今日はもう遅いし、明日の朝に出発しよう」
「はい、分かりました」
ルナは元気よく返事をした。
「それじゃあ、また明日」
「おやすみなさい」
ルナと別れ、俺は宿へと向かった。
ガルドとリオのことを思い出すと、胸の奥が痛んだ。
二人が戻ってくることはない。
それでも、俺は前に進まなければならない。
まだ、見つけられていない仲間がいる。
今度こそ、自分の足で探しに行こう。
そう決めて、俺は夜の街を歩き出した。
そして翌朝。
街の門の前には、すでにルナが待っていた。
「おはようございます、アルトさん」
「おはよう。早いな」
「楽しみだったもので」
「……これから何があるか分からないんだぞ?」
「それでもです」
ルナは迷いなく答えた。
俺は思わず笑った。
「……そうか。じゃあ、行こう!」
「はい!」
こうして俺たちは、行方不明の仲間を探すため、街を後にした。




