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第30話「明日のご注文は、まだ伺っておりませんわ」


 カシャ。


 引き出しの中で、シャッターが切れた。


 妄執ちゃんは振り返らなかった。


「今、写真撮りました?」


「いいえ。ですが、聞こえましたわ」


 男が引き出しを見る。


「開けないんですか」


「先に、本日のご注文ですわ」


 端末にはチキンバーガー。


「変更はございますの?」


「ないです」


「かしこまりましたわ」


 妄執ちゃんは厨房へ向かった。


───────────────────────


 男が帰ってから、引き出しを開けた。


 カメラは昨夜置いた向きのまま。

 レンズキャップもついている。


 ただ、排出口から写真が一枚出ていた。


 まだ温かい。


 男が写っている。


 窓際の席。

 ダブルチーズバーガー。

 オニオン多め。

 水。


 右手は、三口目を飲み終えたところ。


 カウンターの妄執ちゃんは、すでにオニオンへ手を伸ばしている。


 裏返す。


撮影日時:明日 12:03


記録対象:来店済


担当:妄執


 妄執ちゃんは壁を見た。


 七百万枚の写真。


 それから、この一枚を見る。


「……明日のご注文は、まだ伺っておりませんわ」


 写真を壁へ貼らなかった。


 カウンターの下へ、伏せて置いた。


───────────────────────


 翌日。


 十二時二分。


 自動ドアが開く。


 十二歩。


 トン。

 トン。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ」


 男はメニューを見た。


 昨日より長く。


「……迷ってます」


「どうぞ、ごゆっくり」


「その前の日、僕、何頼んでました?」


 妄執ちゃんは少し考えた。


「お答えする前に、伺っても?」


「はい」


「昨日までのお好みを、今日は参考になさいますの?」


 男はメニューを見たまま止まった。


「……やめときます」


「承知いたしましたわ」


───────────────────────


 十二時三分。


「ダブルチーズバーガー」


 妄執ちゃんの手は動かない。


「オニオン、多めで」


 まだ動かない。


「あと、水ください」


「かしこまりましたわ」


 そこで初めて、注文端末を押した。


───────────────────────


 写真と同じだった。


 時刻。

 注文。

 オニオン。

 水。


 違うのは。


 妄執ちゃんの手だけ。


 写真では、もうオニオンへ伸びていた。


 今は、男が言い終わるまでカウンターの上にあった。


───────────────────────


「お待たせいたしましたわ」


 男はトレーを受け取る。


 窓際へ行った。


 写真と同じ席。


 一口。

 二口。


 水。


 一口。

 二口。

 三口。


 コップを置く。


「妄執さん」


「はい」


「今日のこれ、前にも頼んでました?」


「ええ」


「やっぱり」


 男が少し笑う。


「戻ったってことですかね」


 妄執ちゃんは首を傾げた。


「どちらへ?」


「前の僕に」


「今日は、今日ではありませんの?」


 男の笑いが止まった。


 バーガーを見る。


「……そうですね」


「同じものがお好きになっても、かまわないと思いますわ」


「変わらなくても?」


「変わることまで、決めつけてはいけませんもの」


───────────────────────


 男が帰る。


 妄執ちゃんは伏せていた写真を取り出した。


 表に返す。


 今日と同じ光景。


 窓際。

 バーガー。

 水。

 三口目。


 裏返す。


 文字が一行増えていた。


固定:完了


「……何を、固定したのですの?」


 写真は答えない。


 結果なら同じだった。


 けれど。


 昨日までの男に食べさせたわけではない。

 写真に食べさせられたわけでもない。

 妄執ちゃんが先に決めたわけでもない。


 今日の男が、今日、選んだ。


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真を壁へ持っていった。


 空いている場所へ手を伸ばす。


 止める。


 写真を見た。


 そして壁ではなく、レジの横へ置いた。


 表向きに。


───────────────────────


 翌朝。


 十二歩。


 トン。

 トン。


「いらっしゃいませ」


「こんにちは」


 男はレジ横の写真に気づいた。


「それ、僕ですか?」


「ええ」


「いつの?」


「昨日ですわ」


「見てもいいですか」


「もちろんですわ」


 男は写真を手に取った。


「ちゃんと昨日の僕だ」


「ええ」


「写真通りになったんですね」


 妄執ちゃんは首を横に振った。


「いいえ」


「違うんですか?」


「同じものを召し上がりましたわ」


「はい」


「ですが」


 妄執ちゃんは注文端末へ手を置いた。


「写真の通りになったのではありませんわ」


 一拍。


「あなたが、そうなさったのですもの」


───────────────────────


 男は写真を見た。


「じゃあ今日は」


「はい」


「まだ、何も決まってない?」


「ええ」


「明日の写真があっても?」


 妄執ちゃんは微笑んだ。


「明日のご注文は、まだ伺っておりませんわ」


 男はメニューを開いた。


「じゃあ、今日は考えます」


「ごゆっくりどうぞ」


 レジの横で。


 未来だった写真が一枚。


 静かに、昨日になっていた。

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