第25話「固定できないお客様」
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朝。
妄執ちゃんは、写真を見た。
No.441。
昨日と同じ写真。
外へ続く道。
フロアへ戻る道。
そして、その間にある——
もう一つの道。
まだ誰も選んでいない。
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妄執ちゃんは写真の前に立った。
「おはようございますわ」
写真の中から。
「おはようございます」
No.441が返した。
「よく眠れましたの?」
「たぶん」
「たぶん?」
「昨日の私は、外で眠ったかもしれません」
「……」
「昨日の私は、ここで眠ったかもしれません」
妄執ちゃんは写真を見る。
「どちらが本当ですの?」
「まだ決めてません」
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妄執ちゃんは少し考えた。
「では、今日はどちらに?」
「それも、まだです」
「……そうですの」
「困りますか?」
「いいえ」
妄執ちゃんは微笑んだ。
「お客様がお決めになることですもの」
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その瞬間。
写真のタグが一度だけ点滅した。
観測対象:No.441
状態:選択中
固定処理:待機
その下に。
昨日まではなかった文字が浮かんだ。
固定不能
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妄執ちゃんは目を止めた。
「……固定不能?」
写真の中のNo.441が笑った。
「そうみたいですね」
「初めてですわ」
「何がですか?」
「固定できないお客様は」
No.441は少し考えた。
「それなら、私は珍しいお客様ですね」
「ええ」
「嬉しいです」
「……なぜですの?」
「珍しい方が、覚えてもらえそうですから」
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妄執ちゃんは黙った。
その言葉が。
少しだけ胸に残った。
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◆午前九時二十一分
真意ちゃんが来た。
「昨日の写真、もう一度見せて」
「はい」
妄執ちゃんが写真を外す。
真意ちゃんはルーペを当てた。
「……」
「どうですの?」
「変わってる」
「どこが?」
「全部」
「全部?」
「昨日まで『未来候補二』だった」
真意ちゃんがタグを読む。
未来候補:不定
固定:不可
観測者:妄執
対象意思:継続中
真意ちゃんが眉を寄せる。
「昨日は二つだったのに」
「ええ」
「今は、数えられない」
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妄執ちゃんは写真を見た。
「選択肢が増えたのですの?」
「違う」
「では?」
「選択肢という形で保存されなくなった」
「……」
「この人、まだ『未来』になってない」
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妄執ちゃんはNo.441を見た。
写真の中で。
No.441は笑っている。
「私は、ここにいますよ」
「ええ」
「でも、まだ決まってない」
「ええ」
「変ですか?」
「……少し」
「妄執さんでも?」
「ええ」
妄執ちゃんは正直に答えた。
「少し、怖いですわ」
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真意ちゃんが顔を上げた。
「怖い?」
「ええ」
「何が?」
妄執ちゃんは写真を見た。
「この方が、私の見ている場所にいるのに——」
一拍。
「私が見ても、決まらないことですわ」
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真意ちゃんは黙った。
それから。
「もう一回、見て」
「はい」
妄執ちゃんが写真を見る。
No.441を見る。
その瞬間。
写真の中の景色が変わった。
外。
フロア。
駅。
知らない部屋。
道路。
海。
病院。
森。
誰かの家。
そして。
ぱんでむ。
いくつもの景色が一瞬ずつ現れては消える。
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真意ちゃんが息を呑んだ。
「……これは未来じゃない」
「では?」
「可能性」
写真の中で。
No.441が笑った。
「いっぱいありますね」
「ええ」
「どれにしましょうか」
妄執ちゃんは答えなかった。
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真意ちゃんがルーペを外した。
「妄執ちゃん」
「はい」
「もう一度、見ないで」
「え?」
「目を逸らして」
妄執ちゃんは言われた通りにした。
写真から目を逸らす。
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十秒。
二十秒。
三十秒。
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真意ちゃんが写真を確認した。
「……戻った」
「何がですの?」
「可能性が消えた」
「……」
「写真がまた、ただのフロアになってる」
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妄執ちゃんが振り返った。
「私が見たから、増えたのですの?」
「たぶん」
「見なかったら?」
「固定されない」
「見たら?」
「可能性が観測される」
「そして——」
「固定される」
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妄執ちゃんはしばらく黙っていた。
「……それでは」
「うん」
「私が見ることそのものが、問題なのではありませんの?」
真意ちゃんは答えなかった。
「見たことで、可能性が存在できるようになっている」
「……」
「そして、その中の一つが本人の選択によって固定される」
真意ちゃんは写真を見た。
「つまり妄執ちゃんは、未来を作ってない」
「……」
「未来を選べる状態にしてる」
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妄執ちゃんは写真を見た。
「それは——」
言葉を探す。
「優しいことですの?」
真意ちゃんは首を横に振った。
「わからない」
「怖いことですの?」
「それもわからない」
「では?」
「便利なことでも、残酷なことでもある」
「……」
「使う人と、使われる人次第」
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その時。
写真の中のNo.441が言った。
「妄執さん」
「はい」
「一つ、お願いがあります」
「なんですの?」
「私を固定しないでください」
妄執ちゃんの目が止まった。
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「……どうしてですの?」
「まだ、決めたくないからです」
「……」
「外に出たいかもしれない」
「ええ」
「ここにいたいかもしれない」
「ええ」
「別の場所へ行きたいかもしれない」
「ええ」
「でも」
No.441が笑った。
「今は、そのどれでもないです」
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妄執ちゃんは写真から目を逸らした。
「……わかりましたわ」
「ありがとうございます」
「ただし」
妄執ちゃんは続けた。
「私が見ないことで、あなたを消してしまうことになるなら——」
「大丈夫です」
「……?」
「私は、消えません」
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妄執ちゃんは写真を見た。
No.441が笑っている。
「どうして、そう言えますの?」
「だって」
No.441が胸元を指した。
「私は、自分を覚えていますから」
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妄執ちゃんは黙った。
その言葉。
どこかで聞いたことがある。
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数年前。
記録を全部燃やした夜。
秩序ちゃんに聞かれた。
「No.1のことは——覚えていますか」
妄執ちゃんは答えた。
「覚えていますわ」
記録を捨てても。
覚えていた。
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妄執ちゃんは、写真を見た。
「……そうでしたわね」
小さく笑う。
「記録がなくても、覚えていることはありますわ」
No.441が頷いた。
「はい」
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真意ちゃんが、二人を見ていた。
「……妄執ちゃん」
「はい」
「これ、たぶん重要」
「何がですの?」
「写真に固定されなくても、存在は消えない」
「……」
「じゃあ、写真が保存してるものは何?」
妄執ちゃんは答えなかった。
写真を見る。
No.441。
そこにいる。
でも。
まだ固定されていない。
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真意ちゃんは呟いた。
「人じゃないのかもしれない」
「では、何を?」
「状態」
妄執ちゃんが写真を見る。
「状態……」
「この人が『ここにいる』っていう状態」
「……」
「写真は、人を保存してるんじゃない」
真意ちゃんはルーペを下ろした。
「その人が、どこにいるかを保存してるのかもしれない」
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妄執ちゃんは少し考えた。
「それなら——」
「うん」
「私が保存しているのは、人ではなく——」
No.441を見る。
「その人の『今』ですの?」
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真意ちゃんは答えなかった。
ただ。
写真のタグを見た。
新しい文字が浮かんでいた。
対象:No.441
観測状態:自己決定前
固定:不可
存在:確認
記録:不要
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妄執ちゃんは最後の一行を見た。
「……記録、不要」
真意ちゃんが頷く。
「うん」
「どういう意味ですの?」
「わからない」
「またですのね」
「今回は、本当にわからない」
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妄執ちゃんは笑った。
「では、わからないままでよろしいですわ」
真意ちゃんが少し驚いた。
「いいの?」
「ええ」
「調べなくて?」
「調べる必要がある時は、調べますわ」
「今は?」
妄執ちゃんは写真を見る。
「今は——」
少し間。
「お客様がお決めになる時間ですもの」
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真意ちゃんが帰ったあと。
妄執ちゃんは一人になった。
写真を見る。
No.441は、まだ選択していない。
だから。
まだ固定されていない。
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妄執ちゃんは写真に向かって言った。
「……今日は、何を召し上がりますの?」
No.441が笑った。
「まだ決めてません」
「そうですの」
「妄執さんは?」
「私ですの?」
「はい」
「何を食べるか?」
「いえ」
一拍。
「明日、どうしたいですか?」
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妄執ちゃんは答えなかった。
しばらく。
本当にしばらく。
考えた。
「……私も」
写真を見る。
「まだ、決めていませんわ」
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写真のタグが。
初めて妄執ちゃん自身の名前を対象欄へ追加した。
観測対象:No.441
観測対象:妄執
状態:未決定
固定:保留
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妄執ちゃんは、それを見た。
そして。
写真から目を逸らした。
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翌朝。
壁を見る。
No.441の写真。
妄執ちゃんの写真。
その二枚の間に。
昨日まで存在しなかった、小さな空白があった。
写真一枚分の空白。
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妄執ちゃんは、その空白を見た。
「……まだ、撮らないのですわね」
誰に言ったのか。
わからない。
でも。
空白は消えなかった。
写真にもならず。
記録にもならず。
ただ。
そこに残っていた。
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そしてその日。
業務端末には、初めて。
「担当者指定:妄執」×一件。
ではなく。
「担当者指定:——」×一件。
と表示された。
担当者欄が。
空白だった。




