表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
25/27

第25話「固定できないお客様」


───────────────────────


 朝。


 妄執ちゃんは、写真を見た。


 No.441。


 昨日と同じ写真。


 外へ続く道。


 フロアへ戻る道。


 そして、その間にある——


 もう一つの道。


 まだ誰も選んでいない。


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真の前に立った。


「おはようございますわ」


 写真の中から。


「おはようございます」


 No.441が返した。


「よく眠れましたの?」


「たぶん」


「たぶん?」


「昨日の私は、外で眠ったかもしれません」


「……」


「昨日の私は、ここで眠ったかもしれません」


 妄執ちゃんは写真を見る。


「どちらが本当ですの?」


「まだ決めてません」


───────────────────────


 妄執ちゃんは少し考えた。


「では、今日はどちらに?」


「それも、まだです」


「……そうですの」


「困りますか?」


「いいえ」


 妄執ちゃんは微笑んだ。


「お客様がお決めになることですもの」


───────────────────────


 その瞬間。


 写真のタグが一度だけ点滅した。


観測対象:No.441


状態:選択中


固定処理:待機


 その下に。


 昨日まではなかった文字が浮かんだ。


固定不能


───────────────────────


 妄執ちゃんは目を止めた。


「……固定不能?」


 写真の中のNo.441が笑った。


「そうみたいですね」


「初めてですわ」


「何がですか?」


「固定できないお客様は」


 No.441は少し考えた。


「それなら、私は珍しいお客様ですね」


「ええ」


「嬉しいです」


「……なぜですの?」


「珍しい方が、覚えてもらえそうですから」


───────────────────────


 妄執ちゃんは黙った。


 その言葉が。


 少しだけ胸に残った。


───────────────────────


◆午前九時二十一分


 真意ちゃんが来た。


「昨日の写真、もう一度見せて」


「はい」


 妄執ちゃんが写真を外す。


 真意ちゃんはルーペを当てた。


「……」


「どうですの?」


「変わってる」


「どこが?」


「全部」


「全部?」


「昨日まで『未来候補二』だった」


 真意ちゃんがタグを読む。


未来候補:不定


固定:不可


観測者:妄執


対象意思:継続中


 真意ちゃんが眉を寄せる。


「昨日は二つだったのに」


「ええ」


「今は、数えられない」


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真を見た。


「選択肢が増えたのですの?」


「違う」


「では?」


「選択肢という形で保存されなくなった」


「……」


「この人、まだ『未来』になってない」


───────────────────────


 妄執ちゃんはNo.441を見た。


 写真の中で。


 No.441は笑っている。


「私は、ここにいますよ」


「ええ」


「でも、まだ決まってない」


「ええ」


「変ですか?」


「……少し」


「妄執さんでも?」


「ええ」


 妄執ちゃんは正直に答えた。


「少し、怖いですわ」


───────────────────────


 真意ちゃんが顔を上げた。


「怖い?」


「ええ」


「何が?」


 妄執ちゃんは写真を見た。


「この方が、私の見ている場所にいるのに——」


 一拍。


「私が見ても、決まらないことですわ」


───────────────────────


 真意ちゃんは黙った。


 それから。


「もう一回、見て」


「はい」


 妄執ちゃんが写真を見る。


 No.441を見る。


 その瞬間。


 写真の中の景色が変わった。


 外。


 フロア。


 駅。


 知らない部屋。


 道路。


 海。


 病院。


 森。


 誰かの家。


 そして。


 ぱんでむ。


 いくつもの景色が一瞬ずつ現れては消える。


───────────────────────


 真意ちゃんが息を呑んだ。


「……これは未来じゃない」


「では?」


「可能性」


 写真の中で。


 No.441が笑った。


「いっぱいありますね」


「ええ」


「どれにしましょうか」


 妄執ちゃんは答えなかった。


───────────────────────


 真意ちゃんがルーペを外した。


「妄執ちゃん」


「はい」


「もう一度、見ないで」


「え?」


「目を逸らして」


 妄執ちゃんは言われた通りにした。


 写真から目を逸らす。


───────────────────────


 十秒。


 二十秒。


 三十秒。


───────────────────────


 真意ちゃんが写真を確認した。


「……戻った」


「何がですの?」


「可能性が消えた」


「……」


「写真がまた、ただのフロアになってる」


───────────────────────


 妄執ちゃんが振り返った。


「私が見たから、増えたのですの?」


「たぶん」


「見なかったら?」


「固定されない」


「見たら?」


「可能性が観測される」


「そして——」


「固定される」


───────────────────────


 妄執ちゃんはしばらく黙っていた。


「……それでは」


「うん」


「私が見ることそのものが、問題なのではありませんの?」


 真意ちゃんは答えなかった。


「見たことで、可能性が存在できるようになっている」


「……」


「そして、その中の一つが本人の選択によって固定される」


 真意ちゃんは写真を見た。


「つまり妄執ちゃんは、未来を作ってない」


「……」


「未来を選べる状態にしてる」


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真を見た。


「それは——」


 言葉を探す。


「優しいことですの?」


 真意ちゃんは首を横に振った。


「わからない」


「怖いことですの?」


「それもわからない」


「では?」


「便利なことでも、残酷なことでもある」


「……」


「使う人と、使われる人次第」


───────────────────────


 その時。


 写真の中のNo.441が言った。


「妄執さん」


「はい」


「一つ、お願いがあります」


「なんですの?」


「私を固定しないでください」


 妄執ちゃんの目が止まった。


───────────────────────


「……どうしてですの?」


「まだ、決めたくないからです」


「……」


「外に出たいかもしれない」


「ええ」


「ここにいたいかもしれない」


「ええ」


「別の場所へ行きたいかもしれない」


「ええ」


「でも」


 No.441が笑った。


「今は、そのどれでもないです」


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真から目を逸らした。


「……わかりましたわ」


「ありがとうございます」


「ただし」


 妄執ちゃんは続けた。


「私が見ないことで、あなたを消してしまうことになるなら——」


「大丈夫です」


「……?」


「私は、消えません」


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真を見た。


 No.441が笑っている。


「どうして、そう言えますの?」


「だって」


 No.441が胸元を指した。


「私は、自分を覚えていますから」


───────────────────────


 妄執ちゃんは黙った。


 その言葉。


 どこかで聞いたことがある。


───────────────────────


 数年前。


 記録を全部燃やした夜。


 秩序ちゃんに聞かれた。


「No.1のことは——覚えていますか」


 妄執ちゃんは答えた。


「覚えていますわ」


 記録を捨てても。


 覚えていた。


───────────────────────


 妄執ちゃんは、写真を見た。


「……そうでしたわね」


 小さく笑う。


「記録がなくても、覚えていることはありますわ」


 No.441が頷いた。


「はい」


───────────────────────


 真意ちゃんが、二人を見ていた。


「……妄執ちゃん」


「はい」


「これ、たぶん重要」


「何がですの?」


「写真に固定されなくても、存在は消えない」


「……」


「じゃあ、写真が保存してるものは何?」


 妄執ちゃんは答えなかった。


 写真を見る。


 No.441。


 そこにいる。


 でも。


 まだ固定されていない。


───────────────────────


 真意ちゃんは呟いた。


「人じゃないのかもしれない」


「では、何を?」


「状態」


 妄執ちゃんが写真を見る。


「状態……」


「この人が『ここにいる』っていう状態」


「……」


「写真は、人を保存してるんじゃない」


 真意ちゃんはルーペを下ろした。


「その人が、どこにいるかを保存してるのかもしれない」


───────────────────────


 妄執ちゃんは少し考えた。


「それなら——」


「うん」


「私が保存しているのは、人ではなく——」


 No.441を見る。


「その人の『今』ですの?」


───────────────────────


 真意ちゃんは答えなかった。


 ただ。


 写真のタグを見た。


 新しい文字が浮かんでいた。


対象:No.441


観測状態:自己決定前


固定:不可


存在:確認


記録:不要


───────────────────────


 妄執ちゃんは最後の一行を見た。


「……記録、不要」


 真意ちゃんが頷く。


「うん」


「どういう意味ですの?」


「わからない」


「またですのね」


「今回は、本当にわからない」


───────────────────────


 妄執ちゃんは笑った。


「では、わからないままでよろしいですわ」


 真意ちゃんが少し驚いた。


「いいの?」


「ええ」


「調べなくて?」


「調べる必要がある時は、調べますわ」


「今は?」


 妄執ちゃんは写真を見る。


「今は——」


 少し間。


「お客様がお決めになる時間ですもの」


───────────────────────


 真意ちゃんが帰ったあと。


 妄執ちゃんは一人になった。


 写真を見る。


 No.441は、まだ選択していない。


 だから。


 まだ固定されていない。


───────────────────────


 妄執ちゃんは写真に向かって言った。


「……今日は、何を召し上がりますの?」


 No.441が笑った。


「まだ決めてません」


「そうですの」


「妄執さんは?」


「私ですの?」


「はい」


「何を食べるか?」


「いえ」


 一拍。


「明日、どうしたいですか?」


───────────────────────


 妄執ちゃんは答えなかった。


 しばらく。


 本当にしばらく。


 考えた。


「……私も」


 写真を見る。


「まだ、決めていませんわ」


───────────────────────


 写真のタグが。


 初めて妄執ちゃん自身の名前を対象欄へ追加した。


観測対象:No.441


観測対象:妄執


状態:未決定


固定:保留


───────────────────────


 妄執ちゃんは、それを見た。


 そして。


 写真から目を逸らした。


───────────────────────


 翌朝。


 壁を見る。


 No.441の写真。


 妄執ちゃんの写真。


 その二枚の間に。


 昨日まで存在しなかった、小さな空白があった。


 写真一枚分の空白。


───────────────────────


 妄執ちゃんは、その空白を見た。


「……まだ、撮らないのですわね」


 誰に言ったのか。


 わからない。


 でも。


 空白は消えなかった。


 写真にもならず。


 記録にもならず。


 ただ。


 そこに残っていた。


───────────────────────


 そしてその日。


 業務端末には、初めて。


「担当者指定:妄執」×一件。


ではなく。


「担当者指定:——」×一件。


と表示された。


 担当者欄が。


 空白だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ