第22話「来なかった方が、写真にいましたわ」
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翌朝。
妄執ちゃんは、いつもより少し早く目を覚ました。
鳥籠型ベッドから出る。
リボンを整える。
顔を洗う。
壁を見る。
七百万枚の写真。
その中央に、一枚。
No.441の写真。
昨日までは——
ただの写真だった。
今は違う。
写真の中に、フロアがある。
カウンターがある。
妄執ちゃんがいる。
そして。
No.441がいる。
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写真の中のNo.441は、笑っていた。
昨日と同じ服。
昨日と同じ席。
昨日、実際に座っていた席。
テーブルの上には、ダブルチーズバーガー。
半分ほど食べられている。
妄執ちゃんは写真を見た。
「……昨日の続きですわね」
写真の中の自分が頷いた。
「ええ」
妄執ちゃんは少し首を傾げた。
「昨日は、ここまででしたかしら」
写真の中の自分は答えない。
No.441がバーガーを一口食べた。
そして。
写真の中の妄執ちゃんに言った。
「ごちそうさまでした」
妄執ちゃんは黙った。
その言葉は——
昨日、実際には聞いていない。
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妄執ちゃんは時計を見た。
午前六時四十三分。
開店まで、まだ五時間以上ある。
業務端末を見る。
今日の担当予定。
一件。
担当者指定:妄執。
顧客番号。
空欄。
妄執ちゃんは画面を閉じた。
「……今日も、誰かいらっしゃいますのね」
写真の中の自分が、先に答えた。
「ええ」
「どなたですの?」
「お客様ですわ」
「それは存じていますわ」
少し間。
写真の中の妄執ちゃんが笑った。
「……まだ、存じていないお客様ですわ」
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午前十一時五十九分。
開店一分前。
妄執ちゃんはカウンターに立っていた。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ姿勢。
昨日と同じ笑顔。
ただ一つ。
今日は——
No.441が来る予定だった。
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十二時。
扉が開く。
客が一人、入ってきた。
妄執ちゃんは顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
知らない客だった。
妄執ちゃんは端末を確認した。
番号が表示される。
No.442。
「ご注文をお伺いいたしますわ」
No.442はメニューを見た。
「ダブルチーズバーガーを」
「かしこまりましたわ」
妄執ちゃんは厨房へ向かった。
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十二時十二分。
No.442はバーガーを食べていた。
妄執ちゃんは壁の写真を見た。
中央。
No.441の写真。
昨日の未来が写っている。
No.441がいる。
バーガーを食べている。
笑っている。
妄執ちゃんは写真を見た。
それから、フロアを見た。
No.441はいない。
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十二時二十分。
まだ来ない。
十二時三十分。
まだ来ない。
一時。
二時。
三時。
四時。
No.441は来なかった。
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閉店。
最後の客が帰った。
妄執ちゃんはカウンターを拭いた。
厨房を片づけた。
鉄板を消した。
照明を落とした。
そして。
壁を見る。
No.441の写真を見る。
写真の中では——
No.441が、まだ笑っていた。
「……いらっしゃらなかったですわね」
写真の中の妄執ちゃんが答えた。
「ええ」
「今日は、一度も」
「ええ」
「では、この写真は——」
妄執ちゃんが写真に近づいた。
写真の中のNo.441が、こちらを見た。
「こんばんは」
妄執ちゃんは止まった。
「……こんばんは」
「今日は、忙しかったですね」
「……ええ」
「No.442さんも来ましたし」
妄執ちゃんの指が止まった。
No.442。
その番号を、写真の中のNo.441が知っている。
写真の中では——
昨日の続きしか存在しないはずなのに。
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妄執ちゃんは小さく尋ねた。
「あなたは、今日を知っていますの?」
写真の中のNo.441が笑った。
「今日?」
「ええ」
「今日は、今日でしょう?」
「……そうですわね」
「明日も来ます」
妄執ちゃんは顔を上げた。
「……明日?」
「はい」
「どこへ?」
No.441は、写真の中のフロアを見渡した。
「ここへ」
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妄執ちゃんは写真から離れた。
一歩。
二歩。
三歩。
壁に背中が当たった。
「……でも」
小さく呟く。
「今日は、来ませんでしたわ」
写真の中のNo.441が首を傾げた。
「来ましたよ」
「……ええ?」
「私は、今日ここにいました」
「……」
「あなたと話しました」
「……」
「バーガーも食べました」
写真の中のテーブル。
半分になったバーガー。
空になったコップ。
椅子。
No.441。
妄執ちゃん。
全部がある。
今日、実際には存在しなかった時間。
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妄執ちゃんは、写真を見た。
そして初めて。
少しだけ怖い顔をした。
「……どちらが、本当ですの?」
写真の中の妄執ちゃんが答えた。
「どちらも、本当ですわ」
「……」
「写真の中では」
写真の中の妄執ちゃんが、そう続けた。
「私は、お客様をお迎えしましたわ」
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その夜。
真意ちゃんが呼ばれた。
割れたルーペを持って。
「これですわ」
妄執ちゃんが写真を渡す。
真意ちゃんは写真を見る。
ルーペを近づける。
レンズの亀裂が、わずかに光った。
「……昨日の写真じゃない」
「ええ」
「今日の写真でもない」
「ええ」
「じゃあ、何?」
妄執ちゃんは答えない。
真意ちゃんがさらに見る。
写真の裏側。
タグが浮かぶ。
記録対象:No.441
状態:来店済
来店時刻:12:03
退店時刻:16:41
注文:ダブルチーズバーガー
担当:妄執
真意ちゃんが止まった。
「……全部、記録されてる」
「ええ」
「でも、現実には来ていない」
「ええ」
「おかしい」
「そうですわね」
真意ちゃんはルーペをさらに近づけた。
最下層。
昨日と同じ項目。
撮影者:妄執
撮影時刻:明日 00:00:00
真意ちゃんの眉が動いた。
「……また明日」
「ええ」
「撮影時刻が、明日になってる」
「ええ」
「じゃあ、この写真は明日撮られる」
「ええ」
「なのに、写真の中では今日が終わってる」
「ええ」
真意ちゃんはルーペを下ろした。
「妄執ちゃん」
「はい」
「あなた、未来を見てるんじゃない」
「……」
「未来を——」
真意ちゃんは言葉を選んだ。
「未来を、もう終わったことにしてるんじゃない?」
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妄執ちゃんは写真を見た。
No.441が笑っている。
今日来なかったNo.441。
今日の中にいるNo.441。
そして。
写真の中の妄執ちゃん。
今日の妄執ちゃんより、先にいる。
「……そういうことなのですの?」
真意ちゃんは首を横に振った。
「わからない」
「真意ちゃんでも?」
「わからないから、怖い」
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そのとき。
写真の中から声がした。
「妄執さん」
二人とも写真を見る。
No.441が立っている。
「はい」
「今日、来ましたよ」
妄執ちゃんは少し考えた。
「……ええ」
「じゃあ、明日も来ます」
「……ええ」
「約束します」
妄執ちゃんは目を伏せた。
「……それは、約束しなくても——」
そこで止まった。
写真の中のNo.441を見る。
No.441は笑っている。
妄執ちゃんは言い直した。
「……お待ちしていますわ」
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真意ちゃんが帰ったあと。
妄執ちゃんは一人になった。
壁を見る。
七百万枚の写真。
その中の一枚。
No.441。
今日来なかった人。
でも写真の中では——
確かに今日を過ごした人。
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妄執ちゃんは椅子を持ってきた。
写真の前に座った。
しばらく黙っていた。
「……私は、あなたを見ていますわ」
写真の中のNo.441が笑った。
「はい」
「だから、あなたはここにいるのですの?」
「はい」
「では——」
妄執ちゃんは少し迷った。
「私が見なければ、あなたはどうなりますの?」
写真の中のNo.441が止まった。
初めて。
答えなかった。
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妄執ちゃんは写真を見つめた。
そして。
ゆっくり目を閉じた。
「……」
見ない。
ただ、それだけ。
写真を見ない。
声も聞かない。
確認もしない。
記録もしない。
妄執ちゃんは、初めて。
自分の仕事をしなかった。
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一分。
二分。
三分。
壁は静かだった。
写真から声がしない。
妄執ちゃんは目を閉じたまま。
「……まだ、いらっしゃいますの?」
答えはない。
「……No.441さん?」
答えはない。
さらに一分。
妄執ちゃんは、目を開けなかった。
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その瞬間。
写真の中で——
椅子が動いた。
誰も見ていないのに。
No.441が立ち上がった。
写真の中の扉を開けた。
昨日まで存在しなかった扉だった。
外へ続いている。
No.441は振り返った。
写真の外を見た。
しかし、妄執ちゃんは見ていない。
だから——
固定されなかった。
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No.441は写真の中を歩き始めた。
一歩。
二歩。
三歩。
昨日までなら、存在しなかった場所へ。
写真の中のフロアから。
写真の中の外へ。
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妄執ちゃんは目を閉じている。
だから知らない。
写真の中の人物が、
初めて——
妄執ちゃんの観測から離れた。
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午前零時。
妄執ちゃんの個室の時計が鳴った。
目を開ける。
壁を見る。
No.441の写真。
そこには——
誰もいなかった。
テーブルもない。
バーガーもない。
椅子もない。
ただ、空っぽのフロアがある。
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妄執ちゃんは立ち上がった。
写真へ近づく。
「……No.441さん?」
返事はない。
もう一度。
「……お客様?」
返事はない。
妄執ちゃんは写真に手を伸ばした。
触れる寸前。
止めた。
「……」
そして。
手を下ろした。
「……見なければ、よかったのかもしれませんわね」
違う。
妄執ちゃんは少し考えた。
「……見ない方が、よかったのかもしれませんわ」
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翌朝。
業務端末が鳴った。
「担当者指定:妄執」×一件。
妄執ちゃんは画面を見た。
顧客番号。
No.441
来店予定。
本日 12:00
妄執ちゃんは、しばらく画面を見つめた。
そして。
承認した。
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壁を見る。
No.441の写真。
まだ空っぽ。
昨日までそこにいた人は、いない。
でも写真の端。
ほんの小さなところに。
一つだけ。
昨日まで存在しなかった文字があった。
「また来ます」
妄執ちゃんはそれを読んだ。
しばらく黙っていた。
そして。
笑った。
「……お待ちしていますわ」
今度は——
写真に向かってではなかった。
誰もいないフロアに向かって。
ただ一人。
客が来る前のカウンターで。
妄執ちゃんは待っていた。
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その日の写真には。
まだ、何も写っていなかった。




