第51話 ウマヅラフフググ
フフググとの勝負を控え、気持ちが昂ってきていた。
いよいよ、本番が近づいている。
国王とサファイアが作った釣り針。
その釣り針が、本当にフフググに通用するのか。
まだ誰にも分からない。
「……試してみるか」
国王が、自分で作った釣り針を眺めながら言った。
サファイアが顔を上げる。
「何を?」
「釣りだ」
「フフググ?」
「いや」
国王は首を振った。
「いきなり本番ってのもな」
「じゃあ、普通の魚?」
「ああ」
師匠が腕を組んで二人を見る。
「それなら、村の近くの川へ行ってこい」
「何か釣れるんですか?」
「いる」
「フフググ?」
「ああ……違う」
師匠は少し考えてから言った。
「とりあえ、ウマヅラフフググだ」
「……」
国王が首を傾げる。
「ウマヅラ?」
「フフググによく似た魚だ」
サファイアが目を輝かせる。
「じゃあ、練習になる?」
「なる」
師匠は頷いた。
「ただし、本物のフフググと同じだと思うな」
「どう違うんです?」
「食性だ」
「食性?」
「ウマヅラフフググは悪食だ」
師匠は魚の口元を指で示す。
「食えると思えば、だいたい食う」
「……」
「だから釣り針の違いを細かく見るには向いてねえ」
国王は釣り針を見た。
「でも、試す価値はある」
「ああ」
師匠は笑った。
「本番前の確認ぐらいにはなる」
「よし」
「あれを使え」
工房の端っこに立てかけてある釣り竿が1本。
国王は釣り竿を肩に担いだ。
「行こう、サファイア」
「うん!」
二人はすぐに村を出た。
少し歩くと、山あいを流れる川が見えてきた。
水は澄んでいる。
流れも穏やかだった。
国王は川岸へ腰を下ろす。
「ここならよさそうだ」
サファイアも隣に座る。
「どっちからやる?」
「俺から」
「じゃあ、私は後」
そして、自分で鍛えた釣り針を水へ落とす。
餌は針そのものだ。
ぽちゃん。
糸が水面へ伸びる。
「……」
二人は黙って竿先を見る。
しばらくして――。
ぴくっ。
浮きがぴくぴく動いた。
「来た」
国王が竿を握る。
だが、すぐには引かない。
ぴく。
ぴくぴく。
そして――。
浮きがが大きく沈んだ。
「今だ!」
国王が竿を引く。
水面が大きく跳ねた。
銀色の魚が水から飛び出す。
「おおっ!」
魚が岸へ上がる。
国王が覗き込んだ。
「……」
丸みを帯びた身体。
細長い顔。
大きな目。
独特の頭の形。
「これ……」
サファイアも覗き込む。
「フフググ?」
その声に師匠がいれば即座に否定しただろう。
だが、ここにはいない。
国王も魚を見つめる。
「似てるな」
「うん」
「でも、少し間延びしてるな、顔が」
二人で顔を見合わせる。
そして――。
「もしかして?」
「違うと思う」
二人は同時に言った。
国王が魚を持ち上げる。
「師匠が言ってたウマヅラフフググだな」
「本当に似てる」
「ああ」
見た目だけなら、間違えても不思議ではない。
だが、これは本物のフフググではない。
国王は魚を眺める。
「じゃあ、こいつで針を試してみよう」
「うん」
まずは国王の釣り針。
魚を水へ戻す。
そして、もう一度針を落とす。
しばらくして――。
ぴくっ。
魚が食いついた。
国王が竿を握る。
だが、魚はすぐに針を吐き出した。
ぺっ。
「……早っ!」
サファイアが目を丸くする。
国王も驚いて釣り針を見る。
「今、何秒だ?」
「ほとんど味わってないね」
「……」
国王は少し複雑な顔になる。
「俺の針、駄目なのか?」
その時、後ろから声がした。
「駄目じゃねえ」
「師匠!」
いつの間にか師匠が川岸に立っていた。
「ただ、こいつには鉄の味が強かったんだろうよ」
「やっぱり分かるんですか?」
「ああ」
師匠は魚を見る。
「だが、ウマヅラフフググは悪食だ」
「だから、すぐ吐き出しても本物の評価とは違う」
「そういうことだ」
サファイアが自分の針を取り出す。
「じゃあ、私のも試してみる」
「やってみろ」
サファイアは餌を付け、自分の釣り針を水へ落とした。
魚がすぐに食いつく。
「……」
サファイアは竿を握ったまま待つ。
魚が餌を口の中で転がす。
少し待つ。
そして――。
ぺっ。
釣り針が吐き出された。
「吐き出した」
「だが、さっきより長かったな」
「うん」
サファイアが針を見る。
「私の方が長く味わった?」
「ああ」
師匠は頷いた。
「サファイアの針は、鉄の味が舌の邪魔をしなかった」
「へえ」
国王が自分の針を見る。
「俺のは?」
「鉄の味が前に出た」
「だから、すぐ吐いた」
「ああ」
サファイアが嬉しそうに笑う。
「私の勝ち?」
「何の勝負だよ」
「兄弟子さんの針より、長く味わってもらえた」
「……」
国王は苦笑する。
「確かに負けた」
「やった」
サファイアが小さく拳を握る。
師匠が笑った。
「だが、勘違いするな」
「何を?」
「何度も言うが、こいつは悪食だ」
二人が師匠を見る。
「何でも食う魚だからな」
「つまり?」
「こいつには、サファイアの針の方が良かった。それは確かだ」
師匠は二本の釣り針を見比べる。
「だが、本物のフフググなら、もっと厳しく見られる」
国王の表情が変わる。
「鉄の味まで?」
「ああ」
「……」
「フフググは、鉄だけを見てるんじゃねえ」
師匠は釣り針を指差した。
「針そのものを味わう」
国王は釣り針を握り直す。
「なるほど」
サファイアも自分の針を見る。
「じゃあ、まだ本番じゃないんだね」
「ああ」
師匠は川面を見る。
「今日は試し釣りだ」
「本番は?」
「まだ先だ」
国王は頷いた。
「なら、もう少し考えられるな」
「そうだ」
「次は負けませんよ」
サファイアが笑う。
「私も負けない」
二人は再び釣り竿を構えた。
本物のフフググとの勝負は、まだ始まっていない。
今日釣れたのは、よく似た別の魚。
ウマヅラフフググ。
悪食で、何でも食う魚。
だからこそ――。
二人が作った釣り針の違いを知るには、ちょうどいい試し相手だった。




