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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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第49話 ワシ?

翌朝。


国王が工房へ入ると、師匠はいつもの金床ではなく、作業台の前に座っていた。


その前には、小さな皿が置かれている。

皿の中には、米粒。


しかも、妙に大きさの揃った米粒が何十粒も並べられていた。

その横には、細い針のような道具まで置かれている。


国王は足を止めた。


「……何ですか、これ?」


「見りゃ分かるだろ」


「米ですよね」


「ああ」


「食べるんですか?」


「違う」


師匠は一本の細い道具を国王へ差し出した。


「描け」


「……何を?」


「絵だ」


国王は米粒を見る。


「この上に?」


「そうだ」


「何を描くんです?」


師匠は腕を組んだ。


「ワシだ」


「……ワシ?」


「ああ」


国王は米粒を指先に乗せる。


小さい。

あまりにも小さい。


「この大きさにワシを?」


「そうだ」


「鳥の?」


「鳥以外に何がある」


「……」


国王は師匠を見た。

そして、何かを思いついたように頷いた。


「分かりました」


「おう」


「師匠を描きます」


「…………」


師匠の顔が固まった。


「何?」


「ですから、ワシを描くんですよね」


「ああ」


「だから師匠を」


「なんでそうなる!」


サファイアが横から顔を出す。


「何描くの?」


「師匠」


「……ぷっ」


サファイアの口元が歪む。


「おい、サファイア」


「だって……」


「笑うな」


「まだ描いてないよ」


「描く前から笑うな!」


国王は真剣な顔で米粒を眺めている。


「いや、師匠を描くというのは、なかなか難しいですよ」


「だから鷲を描けと言ってんだ!」


「でも、師匠はワシでしょう?」


「俺は鷲じゃねえ!」


「そうですか?」


「そうだ!」


「じゃあ、何です?」


「人間だ!」


「……」


サファイアが吹き出した。


「ふふっ」


「サファイア!」


「だって師匠、自分で人間って……」


「当たり前だろ!」


国王も笑いを堪えながら米粒を指先へ乗せる。


「では、師匠を描きます」


「だから鷲を描け!」


「はいはい」


「絶対分かってねえ!」


国王は細い道具を握った。

そして、師匠をじっと見る。


「まず、輪郭」


「おい」


「頭の形」


「おい」


「眉毛」


「待て」


「鼻」


「待てって!」


「口」


「なんでそこまで観察してんだ!」


サファイアはもう肩を震わせている。


「兄弟子さん……師匠の顔、よく見てるね」


「弟子だからな」


「そこは威張るところじゃねえ!」


国王はさらに描き進める。


「完成です」


「早いな」


師匠は渋々、米粒を覗き込んだ。


「…………」


「どうです?」


「似てねえ」


即答だった。


「え?」


「全然似てねえ」


「そんなはずは」


国王も米粒を覗き込む。

そこには、小さな顔が描かれていた。


太い眉。

大きな鼻。

への字になった口。

そして、妙に怒ったような目。


国王は首を傾げる。


「似てると思いますけど」


「似てねえ」


「かなり似てますよ」


「どこがだ」


「眉毛」


「俺の眉毛はそんなに太くねえ」


「鼻」


「俺の鼻はそんなにでかくねえ」


「口」


「俺はそんな口してねえ」


「目」


「俺はそんな怖い目してねえ!」


「全部否定するじゃないですか」


「全部違うからだ!」


サファイアが米粒を覗き込む。

そして――。


「ぶっ!」


突然、吹き出した。


「……ふふふ……あははははは!」


「サファイア?」


国王が振り返る。

サファイアは腹を抱えている。


「似てる!」


「だろ?」


「そっくり!」


「そうだろ?」


「師匠そのもの!」


「だから似てねえ!」


師匠が怒鳴る。

それがさらに面白かったらしい。


「ふふっ……あはははは!」


サファイアは完全に笑いが止まらなくなった。


「どこがそんなに面白いんだ!」


「だって……」


サファイアは米粒と師匠を交互に見る。


「この顔!」


「どんな顔だ!」


「怒ってる!」


「俺は怒ってねえ!」


「今の顔、そのまま!」


「怒ってねえ!」


「ほら!」


サファイアが米粒を師匠の顔の横へ持っていく。


「そっくり!」


国王も覗き込む。


「……本当だ」


「お前まで言うな!」


師匠は米粒を取り上げた。


「こんなのが俺に似てるわけねえだろ」


「師匠」


「なんだ」


「その持ち方も似てます」


「…………」


「怒ってるところも」


「…………」


「米粒を睨んでるところも」


「…………」


サファイアがまた笑い出す。


「あはははは!」


師匠は米粒を作業台へ置いた。


「……もういい」


「師匠?」


「俺は鷲を描けと言ったんだ」


「でも、師匠が完成しました」


「完成してねえ!」


「サファイアには大好評です」


「知るか!」


サファイアはまだ笑っている。


「これ、欲しい」


「何に使うんだ?」


「飾る」


「やめろ!」


「師匠の肖像画」


「米粒だぞ!」


「だから面白いんじゃない」


国王は満足そうに頷いた。


「じゃあ、成功ですね」


「どこがだ!」


「サファイアがこんなに喜んでます」


「俺の顔で笑わせただけだろ!」


「それも師匠の立派な才能です」


「そんな才能はいらん!」


サファイアの笑い声が工房に響く。

師匠は腕を組んで、そっぽを向いた。


「……似てねえからな」


「はいはい」


「本当に似てねえぞ」


「分かりました」


「絶対に似てねえ」


「はい」


国王は米粒を拾い上げた。


「では次は、もっと師匠に似せます」


「やめろ!」


サファイアが即座に笑う。


「それ、もっと見たい!」


「サファイア、お前はどっちの味方だ!」


「面白い方」


「この弟子どもが!」


師匠は頭を抱えた。


「……もういい」


そして、ため息をつく。


「今度は二人とも、ちゃんとやれ」


国王とサファイアが顔を見合わせる。


「ちゃんと?」


「今度は俺の横顔を描け」


「横顔?」


「ああ」


師匠は作業台の前に立った。

そして二人に顔の横を向ける。


「このまま描け」


国王が米粒を一粒取る。

サファイアも同じように米粒を選んだ。


「師匠」


「なんだ」


「動かないでくださいね」


「分かってる」


「本当にですよ」


「しつけえな。動かねえよ」


師匠はその場で固まった。

国王とサファイアは米粒を指先に乗せる。

二人の表情から、先ほどまでの笑いが消えた。


真剣だった。

国王は師匠の横顔を見る。


額。


眉。


鼻筋。


唇。


顎。


そして首へ続く輪郭。

一つ一つを目で追う。


「……」


サファイアも黙って師匠を見ている。


「……」


師匠は動かない。

国王が細い道具を米粒へ当てる。


すっ。


一本。


止める。


師匠を見る。


また米粒を見る。


サファイアも同じだった。


すっ。


すっ。


二人の手が、小さく動く。

工房が静まり返る。


炉の火が、ぱち、と鳴った。

それでも二人は顔を上げない。


ただひたすら、師匠の横顔を観察している。

師匠は微動だにしない。

やがて、国王の眉間に皺が寄った。


「……」


サファイアも真剣な顔で線を引く。


「……」


二人とも笑わない。

師匠も動かない。

長い時間が流れる。


「…………」


「…………」


「…………」


師匠の頬が、ほんの少しだけ引きつった。

国王が小さく呟く。


「師匠」


「なんだ」


「今、動きました?」


「動いてねえ」


「頬が」


「動いてねえ」


「でも」


「集中を切らすな」


「……はい」


国王は再び米粒を見る。

サファイアも黙々と描き続ける。

二人とも真剣そのものだった。

師匠は内心で少し感心していた。


――やっと分かってきたか。


しかし、その直後。


「……師匠」


国王が小さく声を出した。


「なんだ」


「鼻、こんなに長かったでしたっけ?」


「動くぞ?」


「すみません」


師匠はまた固まった。

サファイアの肩が震える。


「……ふふっ」


「サファイア」


「はい」


「笑うな」


「ごめんなさい」


「集中を切らすな」


「はい」


二人は再び米粒へ向き直る。

今度こそ完全に無言。


師匠も黙る。

国王が一本。

サファイアが一本。

小さな米粒の上へ、師匠の横顔が少しずつ形になっていく。


やがて――。


「できた」


サファイアが言った。

ほぼ同時に国王も、


「俺も」


と呟いた。


二人は描き終えた米粒を並べる。

師匠がようやく振り返る。


「見せろ」


まずサファイアの米粒。


「……」


次に国王の米粒。


「……」


二人は師匠の反応を待つ。

師匠はしばらく黙っていた。


「どうです?」


「……似てねえ」


「え?」


サファイアが自分の米粒を見る。

国王も見る。

二人とも首を傾げる。


「かなり似てると思いますけど」


「似てねえ」


「でも横顔ですよ?」


「俺はこんな鼻じゃねえ」


「師匠」


「なんだ」


「鼻は動かしてないですよね?」


「当たり前だ!」


サファイアが吹き出す。


「ふふっ……」


「笑うな!」


「だって……」


サファイアは米粒と師匠を見比べる。


「やっぱり似てる」


「似てねえ!」


「そっくり」


「どこがだ!」


「ここ」


サファイアが米粒を指す。


「この、怒ってるところ」


「俺は怒ってねえ!」


「今も同じ顔」


「だから怒ってねえ!」


国王も横から覗き込む。


「……確かに」


「お前まで言うな!」


サファイアはとうとう腹を抱えて笑い始めた。


「あはははは!」


「何がそんなに面白いんだ!」


「師匠と米粒が同じ顔してる!」


「してねえ!」


「ほら!」


サファイアが米粒を師匠の横顔の隣へ持っていく。


「そっくり!」


師匠は米粒を見る。

自分の横顔を見る。

そして、また米粒を見る。


「…………」


国王が小さく言う。


「師匠」


「なんだ」


「今回は俺もサファイアも、かなり真剣に描きました」


「それは分かってる」


「じゃあ、いい出来ですよね」


師匠は腕を組む。


「……」


「師匠?」


「似てねえ」


「まだ言うんですか」


「似てねえもんは似てねえ」


サファイアがまた笑う。


「あはははは!」


「お前は笑いすぎだ!」


「だって師匠、ずっと同じ顔なんだもん!」


「……」


師匠は黙った。

国王が米粒を見つめる。

サファイアも見る。

二人とも、今度は笑わなかった。


米粒は小さい。

その小さな面積に、師匠の横顔を表すために必要な線だけが残っている。


国王はふと思った。


「……師匠」


「なんだ」


「これ、結構難しいですね」


「ああ」


「余計な線を入れると、すぐ分からなくなる」


「そうだ」


「だから、必要なものだけ残す」


師匠は少しだけ頷いた。


「それが分かりゃ、今日の修業は終わりだ」


「……なるほど」


サファイアも米粒を見る。


「じゃあ、もう一回描いていい?」


「なんでだ」


「もっと似せたい」


「やめろ」


「でも楽しい」


「修業を遊びにするな」


「師匠を描くのが?」


「鷲だ!」


「でも師匠ですよね?」


「違う!」


工房に再び笑い声が響いた。

師匠は怒鳴りながらも、その場から動かなかった。


国王とサファイアは、また米粒を一粒ずつ手に取る。

今度は二人とも笑わない。

細い道具を握る。


師匠を見る。

米粒を見る。


そして――。


集中を切らさず、もう一度、線を引き始めた。

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