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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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第48話 違う針

翌朝。


国王が工房へ入ると、師匠はすでに炉へ火を入れていた。

昨日までとは少し違う。


金床の上に置かれているのは、大きな鉄塊ではない。

手のひらに乗るほどの、小さな鉄の塊だった。


「今日は何を作るんです?」


国王が尋ねる。

師匠は振り向きもしない。


「縫い針だ」


「……縫い針?」


「ああ」


国王は鉄を見る。


「これで?」


「これでだ」


「縫い針って、もっと細いですよね」


「だから鍛えるんだ」


サファイアも自分の鉄を受け取った。


「縫い針かぁ」


「お前、作ったことあるのか?」


「あるよ」


「……」


国王は少し嫌な予感がした。


「先生」


「なんだ」


「まさか、これも勝負ですか?」


「当然だ」


「またですか」


「鍛冶師は競争しちゃいけねえのか?」


「そういう意味じゃありません」


師匠は小さな鉄を指で弾いた。


「手のひら程度の鉄から、縫い針を一本作れ」


「形は?」


「普通の縫い針だ」


「普通?」


「ああ」


師匠は国王とサファイアを見る。


「余計なもんはいらねえ」


「縫える針を作れ」


それだけだった。


国王は鉄を見つめる。

縫い針。

小さい。

細い。

しかも、穴まで開けなければならない。


剣や鍬なら、多少大きく削っても後から修正できる。

だが、これほど細い物ではそうはいかない。


少し力を間違えれば折れる。

熱しすぎれば形が崩れる。

細くしすぎれば使えない。

太すぎれば布を傷める。


「……」


国王は槌を握った。


「よし」


炉へ入れる。

赤くなったところで取り出す。

金床へ置く。


カン。


小さな音が響いた。

国王は少しずつ鉄を伸ばしていく。


カン。


カン。


カン。


細くする。

また熱する。

さらに細くする。


そして――。


「……」


国王はふと顔を上げた。

隣を見る。

サファイアは、すでに鉄をかなり細くしていた。


「早いな」


「うん」


「どうやってる?」


「普通に」


「その『普通に』が分からないんだよ」


サファイアは笑う。


「兄弟子さん、力を入れすぎてるよ」


「そうか?」


「うん」


「……」


国王は槌を見る。

確かに、少し強く握っている。


これまで師匠から何度も言われてきた。

力を入れればいいわけではない。


鉄の状態を見る。

必要なところへ、必要な力だけを加える。


国王は手の力を抜いた。


カン。


先ほどより軽い音。

だが、鉄は確実に伸びていた。


「……なるほど」


サファイアが笑う。


「また分かった?」


「ああ」


「よかったね」


「お前、先生みたいになってきたな」


「そう?」


「その言い方がそっくりだ」


「じゃあ、私も師匠になれるかな」


「俺の師匠にはならないでくれ」


「あはは」


二人は作業を続ける。

やがて、国王の鉄も細長くなった。


「よし」


国王は満足そうに眺める。

ここまでは順調だ。


問題は、針穴だった。


「先生」


「なんだ」


「これ、どうやって穴を開けるんです?」


「考えろ」


「……」


「お前ならできる」


国王はため息をついた。


「またそれですか」


「職人なんだから、自分で考えろ」


サファイアは先に作業へ入っていた。

細い道具を使い、針の頭になる部分を慎重に潰していく。

そこへ小さな穴を開ける。


国王は目を丸くした。


「器用だな……」


「箸の修行のおかげかも」


「なるほど」


国王も真似する。


だが――。

パキッ。


「……」


針の先が折れた。


「……」


国王は黙って折れた鉄を見る。

サファイアも黙る。

師匠も黙る。


「……今のは」


国王が言い訳を探す。


「試しです」


「何の?」


「折れるかどうかの」


「折れたな」


「はい」


「なら分かっただろ」


「何がです?」


「力を入れすぎると折れる」


「……はい」


サファイアが笑いをこらえている。


「笑うな」


「笑ってないよ」


「絶対笑ってる」


「ちょっとだけ」


「ちょっとだけならいい」


国王は新しい鉄を取り出した。

今度は慎重に作る。


しかし、慎重になりすぎる。

手が止まる。

槌を構えたまま、動けなくなる。


「……」


「兄弟子さん?」


「何だ?」


「どうしたの?」


「失敗したくない」


思わず口から出た。

サファイアが少し驚いた顔をした。

国王自身も驚いた。


王として、人前でそんなことを言った記憶はほとんどない。

師匠が静かに口を開く。


「失敗を怖がって手を止める奴は、何も作れねえ」


「……」


「鉄は待ってくれねえぞ」


国王は鉄を見る。

まだ熱が残っている。


「打て」


師匠が言った。


「失敗したら、また作れ」


国王は槌を振った。


カン。


もう一度。


カン。


少しずつ鉄が形を変えていく。

今度は迷わない。

必要なところだけを打つ。


熱が下がれば炉へ戻す。

また打つ。


そして、ようやく一本の細い針ができた。


「……できた」


国王は息を吐いた。

だが、サファイアはすでに完成していた。

彼女の手のひらには、一本の細い縫い針が乗っている。

国王の針より細い。


まっすぐだ。

針穴も綺麗に開いている。


サファイアは布を取り出した。

針に糸を通す。


すっ。

そして布へ刺す。

すいっ。

何の抵抗もなく針が通った。


「……」


国王は自分の針を見る。


悪くない。

むしろ、かなり良くできている。


だが――。


師匠が二本を並べた。


「勝者、サファイア」


「やっぱりか……」


国王は肩を落とす。


「何が違うんです?」


「お前の針は、針としては悪くねえ」


「じゃあ……」


「だが、サファイアの方が使いやすい」


師匠は布を持ち上げる。


「針は見栄えを競うもんじゃねえ」


「布を縫うための道具だ」


国王は自分の針を見る。

確かに、自分は少し格好のいい針を作ろうとしていた。


真っ直ぐで。

美しくて。

手に取った時に「いい物だ」と思えるような針。


だが、サファイアは違った。

ただ、布を縫うための針を作った。


「……なるほど」


国王が呟く。

師匠は頷いた。


「それでいい」


サファイアが国王を見る。


「兄弟子さん」


「なんだ?」


「次は勝てるよ」


「……慰めてる?」


「応援してる」


「そうか」


国王は笑った。


「じゃあ、次は勝つ」


「うん」


サファイアも笑う。

その笑顔を見ていると、負けた悔しさよりも、

もう一度挑戦したい気持ちの方が強くなっていた。


師匠はそんな二人を眺めながら、ぽつりと言った。


「針一本で、ここまで分かれば上出来だ」


「鍛冶って、奥が深いですね」


国王が言う。


「ああ」


「そして先生の修行は、やっぱり変ですね」


「何でだ?」


「鉄下駄に兎跳び、箸、水運び、今度は縫い針」


国王は指折り数える。


「次は何です?」


師匠は少し考えた。


「……まだ決めてねえ」


「珍しい」


「だが」


師匠は笑った。


「明日はもっと細かい仕事をやる」


「まだあるんですか!」


サファイアが笑い出す。


「兄弟子さん、頑張って」


「お前も一緒だろ」


「もちろん」


二人の笑い声が、工房に響いた。

国王は完成した縫い針をもう一度見た。


小さな一本の鉄。


だが、その中には鍛冶師として学ぶべきことが、いくつも詰まっている。

そして何より――。

隣で笑うサファイアに、また負けたくないと思った。


それが修行のためなのか。

それとも、別の理由なのか。

国王には、まだ分からなかった。

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