第47話 ワシ
翌朝。
工房へ入った国王は、金床の上に置かれたものを見て足を止めた。
「……これは?」
そこには、昨日まで使っていたものとは違う、
少し小さめの金床と、細かな作業用の道具が並べられていた。
槌も小さい。
やすりも小さい。
火箸まで、いつものものより細い。
国王は嫌な予感を覚えた。
「先生」
「なんだ」
「今日は何を作るんです?」
師匠は炉へ炭を放り込みながら答えた。
「像だ」
「像?」
「ああ」
国王は周囲を見回す。
「何の像です?」
「決めてある」
「何を?」
「ワシだ」
「……ワシ?」
「そうだ」
師匠は小さな鉄の塊を国王へ渡した。
「これで作れ」
国王は鉄を手のひらへ乗せる。
「これだけ?」
「それで十分だ」
「もっと大きくしなくていいんですか?」
「手のひら程度でいい」
サファイアも自分の鉄を受け取る。
「ワシかぁ」
楽しそうに鉄を眺めている。
「どうやって作ろうかな」
国王は腕を組んだ。
「ワシ……」
師匠はひげを触りながら指示を出す。
「せっかく作るのだた、だのワシでは面白くない。
翼を大きく広げ、胸を張り、鋭い爪を前へ突き出す。
頭部も力強く、羽根一枚一枚まで表現する」
「……よし」
国王の目が輝いた。
「格好いいワシを作ります」
師匠がちらりと見る。
「何だ、その気合いは」
「像ですから」
「別に格好よくなくてもいい」
「いや、せっかくなら格好いい方がいいでしょう」
「好きにしろ」
国王は鉄を炉へ入れた。
赤くなるまで待つ。
取り出す。
金床へ置く。
カン。
まず大まかな形を作る。
カン。
胴体。
カン。
翼。
カン。
頭。
サファイアも隣で作業を始めていた。
だが、国王とは打ち方が違う。
サファイアは鉄を何度も眺めている。
叩いては止まり。
少し削っては、また眺める。
「……」
国王は横目で見る。
「お前、全然進んでないな」
「うん」
「大丈夫か?」
「大丈夫」
「俺はもう翼までできたぞ」
「そう」
「……気にならないのか?」
「うん」
サファイアは鉄を見ながら答えた。
「私、こういうの好きだから」
「どういうの?」
「よく見ること」
国王は首を傾げた。
「ワシなんて、見たことあるだろ」
「あるよ」
「なら作れるだろ」
「見たことがあるから、ちゃんと作りたいの」
「……」
国王は再び自分の像を見る。
翼は大きい。
胸も張っている。
爪も鋭い。
自分でもかなり格好いいと思う。
「俺のは格好いいぞ」
「うん」
「お前のは?」
「まだ分からない」
国王は笑った。
「完成してからのお楽しみか」
「そう」
二人は再び作業へ戻った。
国王は勢いよく鉄を叩く。
カン!
カン!
カン!
翼を広げる。
尾羽を作る。
爪を尖らせる。
そして最後に頭部を整える。
「できた!」
国王が胸を張った。
手のひらの上には、一羽のワシ。
翼を大きく広げ、今にも空へ飛び立ちそうな姿だった。
サファイアが覗き込む。
「すごい」
「だろ?」
「うん。格好いい」
国王は満足そうに笑った。
「先生、どうです?」
師匠が像を見る。
「悪くねえ」
「ですよね」
「だが、ちょっと格好つけすぎだな」
「……」
「ワシはそんなに胸を張って飛ばねえ」
「そこは演出です」
「そうか」
師匠は興味なさそうに答える。
「サファイアは?」
「まだ作ってる」
国王が振り返る。
「まだ?」
サファイアは最後の仕上げをしていた。
細い道具で、羽根の一本一本を刻んでいる。
頭の形。
目の位置。
嘴の角度。
脚の筋肉。
翼の骨格。
実際のワシを観察したかのように、
細かな部分まで作り込んでいた。
「……」
国王は言葉を失った。
「できた」
サファイアが像を持ち上げる。
国王のワシとは、まるで違った。
翼を大きく広げているわけではない。
胸を必要以上に張ってもいない。
ただ、枝に止まり、静かに周囲を見ているワシ。
羽根の流れ。
脚の形。
鋭い目。
嘴。
すべてが自然だった。
「……すごいな」
国王が思わず呟く。
「そう?」
「ああ」
サファイアは嬉しそうに笑った。
「兄弟子さんのも格好いいよ」
「いや……」
国王は自分の像を見る。
確かに格好いい。
格好いいのだが。
サファイアのワシを見ると、自分の像が少しだけ作り物らしく見える。
師匠が二つを並べた。
「勝負するぞ」
「勝負?」
国王が聞き返す。
「ああ」
「何で決めるんです?」
「俺が決める」
「それ、絶対公平じゃないでしょう」
「文句があるなら勝て」
「……」
国王は黙った。
師匠は二つの像をじっくり見る。
正面から。
横から。
後ろから。
手のひらへ乗せ、重さまで確かめる。
そして――。
「サファイアだ」
「ええっ!?」
国王が声を上げた。
「俺の方が格好いいでしょう!」
「知らん」
「じゃあ何で!」
師匠はサファイアのワシを指差した。
「こっちはワシだ」
「俺のもワシです!」
「お前のは、お前が考えたワシだ」
「それの何が悪いんです?」
「悪くねえ」
師匠は国王の像を見る。
「だが、ワシを作れと言った」
「だから作ったじゃないですか」
「お前は、ワシを格好よくしようとした」
国王は黙る。
「こいつは違う」
師匠はサファイアの像を見る。
「ワシを、そのまま作った」
「……」
サファイアが首を傾げる。
「それだけ?」
「ああ」
師匠は笑った。
「ワシも自分を美化しようとは思わん」
「そのままでいい」
国王はサファイアのワシを見る。
確かにそうだった。
サファイアの作ったワシは、格好よく見せようとしていない。
だからこそ、本物らしい。
国王は少し悔しそうに笑った。
「なるほど……」
サファイアが国王を見る。
「兄弟子さん、負けたの悔しい?」
「そりゃ悔しいさ」
「じゃあ、次は勝ってね」
「もちろん」
「私も負けないよ」
「望むところだ」
二人が笑い合う。
師匠はその様子を見て、満足そうに頷いた。
「いい顔になってきたな」
「何がです?」
「何でもねえ」
国王は首を傾げる。
サファイアは笑っている。
そして二人の間には、いつの間にか小さな競争心が生まれていた。
鍛冶の腕を競う。
どちらが上手く作れるか競う。
そして、勝った方が嬉しくて、負けた方が悔しい。
けれど――。
不思議と、相手がいることが楽しかった。
国王は手のひらのワシを見た。
「……次は絶対勝つ」
「うん」
サファイアは笑う。
「楽しみにしてる」
その笑顔を見て、国王も笑った。
鍛冶の勝負は、まだ始まったばかりだった。




