鉄を打つ感触−2
工房に、再び槌の音が響き始めた。
カァン!
カァン!
師匠の槌が鉄を打つ。
その隣では、国王が同じように槌を振る。
そして少し離れたところでは、サファイアが黙々と作業をしていた。
しばらくは、誰も何も言わなかった。
聞こえるのは、炉の炎が燃える音と、三人の槌が鉄を打つ音だけ。
カァン!
カァン!
カァン!
微妙に音が違う。
師匠の音は澄んでいる。
サファイアの音は軽快だ。
そして国王の音は――。
カアン!
少し重い。
国王自身も、その違いに気付いていた。
「……」
師匠がちらりと国王を見る。
「力が入りすぎだ」
「分かりますか?」
「音を聞けば分かる」
国王は槌を握り直した。
「どうすれば?」
「力を抜け」
「さっきも言われましたね」
「何度でも言う」
「分かりました」
国王は肩の力を抜く。
もう一度、鉄を見る。
赤い。
だが、先ほどより少し色が暗い。
「今ですか?」
「まだだ」
師匠は即答する。
「待て」
国王は槌を構えたまま待つ。
鉄が炉の中で少しずつ色を変える。
「今」
師匠の声。
国王は槌を振り下ろした。
カァン!
先ほどより軽い音がした。
「……」
師匠が頷く。
「それだ」
国王は少し嬉しくなる。
「今のが?」
「ああ」
「分かるものなんですね」
「鉄が教えてくれる」
「……」
国王は鉄を見る。
確かに、叩いた瞬間の感触が違った。
槌が跳ね返る。
鉄が僅かに沈む。
手の中に返ってくる振動も違う。
昔は、それを当たり前のように感じていた。
今は、一つ一つ意識しなければ分からない。
国王は苦笑した。
「忘れてたんだな……」
師匠は何も言わない。
ただ、鉄を炉へ戻す。
「忘れたんじゃねえ」
「身体が眠ってただけだ」
国王は顔を上げた。
「……」
「だから起こしてやればいい」
師匠は再び槌を振る。
カァン!
その音を聞きながら、国王も笑った。
「そうですね」
もう一度、槌を握る。
その時だった。
「おじいちゃん」
サファイアが声をかける。
「何だ?」
「釣り針って、いつ作るの?」
「今作ってる」
「まだ?」
「まだだ」
「ずっと鉄叩いてるけど」
「準備だ」
サファイアは首を傾げる。
「釣り針って、もっと小さいよね?」
「ああ」
「じゃあ、そんな大きな槌いらないんじゃない?」
「……」
師匠の動きが止まった。
国王も止まった。
工房が静かになる。
サファイアは何気なく言っただけだった。
「どうしたの?」
師匠が国王を見る。
「……」
国王も師匠を見る。
「師匠」
「なんだ」
「サファイアの言う通りじゃないですか?」
「何がだ?」
「釣り針ですよ」
「そうだ」
「だったら、最初から小さく作れば――」
師匠は首を振る。
「駄目だ」
「なぜ?」
「最高の釣り針を作るんだ」
「はい」
「だから、まず最高の鉄を作る」
国王は目を見開いた。
師匠は続ける。
「小さい物だからって、最初から小さく作るんじゃねえ」
「素材を作る」
「鍛える」
「性質を整える」
「その上で、最後に釣り針へする」
サファイアが頷く。
「なるほど」
国王も頷く。
「確かに……」
師匠は鉄を火から取り出した。
赤く輝く鉄。
「釣り針は小せえ」
「だから誤魔化しが効かねえ」
「僅かな傷も」
「僅かな歪みも」
「全部が結果に出る」
国王は鉄を見る。
小さな釣り針。
しかし、その小ささゆえに、職人の技術がそのまま出る。
「……師匠」
「なんだ?」
「もしかして」
国王は少し笑う。
「だから昔、釣り針を頼まれて刀を五本も?」
「それは違う」
「何が違うんです?」
「作りたくなった」
「結局それじゃないですか!」
サファイアが吹き出す。
「あはは!」
師匠は何食わぬ顔で鉄を金床へ置いた。
「ほら、打て」
「はいはい」
国王も槌を構える。
カァン!
再び工房に音が響いた。
今度は、その音が師匠の音に少しだけ近かった。




