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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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鉄を打つ感触

カァン!


澄んだ音が工房いっぱいに響いた。

国王は思わず息を止めた。

師匠の槌が、赤く熱せられた鉄を正確に叩く。


カァン!


もう一打。


カァン!


さらに一打。


大きな音なのに、不思議とうるさくない。

むしろ、一打一打が工房の空気を整えていくようだった。


槌が振り下ろされるたび、赤熱した鉄から小さな火花が散る。

火花は一瞬だけ宙を舞い、すぐに消えていく。


サファイアも黙って見ていた。

普段なら、何かしら口を挟む彼女も、今だけは何も言わない。

ただ、師匠の手元をじっと見つめている。


師匠の顔には、完全に職人の表情が浮かんでいた。

先ほどまで鼻を赤く塗り、酔っ払いの真似をしていた人物と同じとは思えない。


国王は、昔の記憶を思い出していた。

この姿だ。

自分がまだ弟子だった頃、何度も見た。


師匠が鉄を見つめる時の目。

槌を振る直前の僅かな間。


そして、鉄が変化した瞬間を見逃さない視線。


「……変わらないな」


国王が呟く。


「何がだ?」


師匠は槌を止めない。


「師匠の打ち方です」


「当たり前だ」


「何十年経ってると思ってるんですか」


「だから何だ」


「普通は少しくらい変わるでしょう」


「鉄が変わってねえなら、俺が変える必要もねえ」


「……」


国王は思わず笑った。


「そういうところも変わってない」


「お前は変わったな」


「え?」


「口だけは達者になった」


「昔からです」


「そうだったか?」


「そうですよ」


「覚えてねえな」


「そこは覚えてないんですか」


サファイアが小さく笑った。


「あはは」


「笑うところじゃないぞ」


「でも、兄弟子さん楽しそう」


「……まあな」


国王は師匠の手元へ視線を戻した。

師匠は返事をしない。

代わりに、鉄を火から取り出した。


赤く輝く鉄が、火箸の先で揺れる。

炉の炎が鉄の表面に映り、

赤から橙へと細かな色の変化を見せていた。


「見ろ」


師匠が言う。


「はい」


「色を覚えろ」


国王は鉄を見る。


赤。


いや、ただ赤いだけではない。

中心部分は明るく、端へ行くほど暗い。

炎の中で鉄の色が少しずつ変化している。


「この色になったら打つ」


「もっと熱くしたら?」


「柔らかくなりすぎる」


「冷えたら?」


「割れる」


師匠は短く答える。


「鉄は待ってくれねえ」


「……昔も、そう言ってましたね」


「何度言っても覚えねえ奴がいたからな」


「誰です?」


「お前だ」


「俺ですか?」


「他に誰がいる」


「いや、もう少し言い方があるでしょう」


「鉄に待ってくれって頼んでみるか?」


「……遠慮します」


サファイアがまた笑う。


「兄弟子さん、昔から怒られてたんだね」


「怒られてたんじゃない。教えてもらってたんだ」


「同じじゃねえか」


師匠が言った。


「師匠!」


その言葉と同時に、再び金床へ鉄が置かれた。


カァン!


国王は目を凝らす。

槌が鉄へ当たる。

火花が散る。


ほんの一瞬。

その瞬間に鉄の形が変わった。

ほんのわずかな変化だった。


だが、師匠はそれを見逃さない。


「……」


国王は思わず前へ出る。


「もう一度見せてもらっても?」


「何度でも見ろ」


「いいんですか?」


「見るのも修行だ」


師匠は鉄を火へ戻す。

サファイアが国王の横へ並んだ。


「兄弟子さん」


「ん?」


「昔もこんな感じだった?」


「ああ」


「じゃあ、兄弟子さんもできる?」


「……」


国王は黙った。


「できる……はずだ」


「昔は?」


「昔はできた」


「今は?」


「……」


国王は答えず、師匠を見る。

師匠は笑っていた。


「やってみろ」


「はい」


師匠は槌を国王へ渡した。


ずしり。

国王の手へ、懐かしい重みが伝わる。


その瞬間。

身体の奥に、何かが戻ってきたような感覚がした。


金床。

槌。

炉。

鉄の匂い。

熱気。

火花。

全部、知っている。

忘れたと思っていた。


王として生きる時間が長くなり、鍛冶場から離れていた。

それでも。

手は覚えていた。


「……」


国王は槌を握り直す。

指の位置を微調整する。

師匠が、それを黙って見ている。


「昔と同じ握り方だな」


「先生、覚えてるんですか?」


「忘れるわけねえだろ」


「……」


国王は少しだけ目を細めた。

師匠が鉄を金床へ置いた。


「打て」


「はい」


国王は槌を振り上げる。

一瞬だけ迷った。

そして――。


カァン!


鉄が鳴った。

国王の顔に笑みが浮かぶ。


「……これだ」


槌から伝わった振動が、腕から肩へ抜けていく。


懐かしい感覚だった。


しかし。

師匠は眉をひそめた。


「遅い」


「え?」


「振り下ろすまでに迷った」


「……」


「昔のお前なら、もっと早かった」


「久しぶりなんですよ!」


「言い訳するようになったな」


「師匠!」


サファイアが吹き出した。


「あはは!」


「笑うな!」


「だって兄弟子さん、嬉しそうだったから」


「……」


国王は少し黙る。


「嬉しいのは嬉しい」


「だろ?」


師匠が言う。


「だったら、もう一度だ」


師匠は鉄を確認する。


「だが、悪くねえ」


国王は少しだけ嬉しくなる。


「本当ですか?」


「ああ」


「じゃあ――」


「次」


「え?」


「十回打て」


「いきなりですか?」


「鍛冶師なんだから打て」


「さっき久しぶりだって言ったばかりですよ」


「だから十回だ」


「理屈が分かりません」


「身体に思い出させるんだ」


「……なるほど」


国王は苦笑する。


「それなら納得します」


「最初からそう言え」


「先生が最初から説明してくださいよ」


サファイアが楽しそうに二人を見る。


「兄弟子さん、頑張って」


「お前も他人事じゃないぞ」


「分かってるよ」


「なら笑うな」


「無理」


「おい」


国王は諦めたように息を吐いた。


「……はい」


槌を構える。


一打。


カァン!


二打。


カァン!


三打。


カァン!


少しずつ身体が思い出していく。


最初は腕だけで振っていた。

だが、何度か繰り返すうちに、自然と足が動く。

腰が沈む。

背中が連動する。


腕だけではない。

脚。

腰。

背中。

昨日までの修行が、ここで繋がっていく。


鉄下駄で鍛えた足腰。

兎跳びで鍛えた脚。

箸で鍛えた指先。

水運びで身につけた重心。


一見、鍛冶とは何の関係もなさそうだった修行が、

少しずつ一つの動作へ集約されていく。


国王は驚いていた。


「……これ」


「なんだ?」


「昨日までの修行」


「ああ」


「全部、ここに繋がってるんですね」


師匠は答えなかった。

ただ、わずかに口元を上げた。


それだけで、国王には十分だった。


「……なるほど」


国王は再び槌を振る。


カァン!


「そういうことだったのか」


カァン!


「分かったか」


「はい!」


カァン!


「なら打て」


「はい!」


師匠は何も言わない。

ただ、静かに見ている。

そして十打目。


国王は大きく槌を振り上げた。

余計な力は入れない。

身体全体を使う。


カァァァン!!!


鉄が澄んだ音を響かせた。

工房の壁に音が反響する。

師匠が頷く。


「戻ってきたな」


国王は槌を下ろした。

肩で息をしている。


「……はい」


その一言だけだった。

サファイアが嬉しそうに笑う。


「兄弟子さん、鍛冶師の顔になってるよ」


「そうか?」


「うん」


「王様の顔じゃない?」


「今は違う」


「……」


国王は自分の手を見る。

槌を握った手。

少し震えている。

掌には、じんとした熱が残っていた。


だが、不思議と心は軽かった。

王になってから長い時間が経った。


玉座に座り、国を考え、人の命を預かる立場になった。

鍛冶場に立つことなど、いつの間にか特別なことになっていた。


それでも――。

この感覚だけは、失われていなかった。


師匠は再び炉へ向き直る。


「さて」


「釣り針を作るぞ」


国王は頷いた。


「はい」


今度は見ているだけではない。

自分も、この仕事を手伝う。


小さな釣り針。

剣でもない。

鎧でもない。

王の威信を示すような大きな武具でもない。


それでも、鉄を扱う以上、手は抜かない。


「師匠」


「なんだ」


「釣り針ですよね」


「ああ」


「刀にしないでくださいよ」


師匠が国王を見る。


「しねえよ」


「本当に?」


「今回は鉄が足りてるからな」


「そこなんですか!」


サファイアが声を上げて笑う。


「あははは!」


「笑うな!」


「だっておじいちゃんらしいから」


師匠は二人を無視して炉の前に立った。


「鉄は鉄だ」


「釣り針でも刀でも、扱うことに変わりはねえ」


国王は静かに頷いた。


「……そうですね」


炉の炎が大きく燃え上がる。

熱気が工房いっぱいに広がる。


師匠が火箸を握る。

国王も槌を構える。

サファイアは少し離れたところから二人を見つめる。


そして工房には、再び槌の音が響き始めた。


カァン!

カァン!

カァン!


今度は二人分の呼吸が、工房の中で重なっていた。

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