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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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第43話 修行終わりと本物の修行

国王がまだ線香腕立てに苦しんでいると、師匠が突然、ため息をついた。


「……もういい」


「え?」


「戯言はこのくらいにして、本業に戻るぞ」


師匠はそう言って立ち上がった。

国王は腕を伸ばしたまま、顔だけを上げる。


「戯言だったんですか?」


「何がだ?」


「今まで全部です」


「修行だ」


「どっちなんですか!」


師匠は答えず、そのまま井戸へ向かった。

そして、桶に汲んだ水を豪快に顔へかける。


ばしゃっ。


もう一度。


ばしゃっ。


さらにもう一度。


先ほどまで酔っ払いのように赤かった鼻も、

何度か顔を洗ううちに、あっさり元の色へ戻った。


国王は呆然とする。


「……鼻、塗ってたんですか?」


「気分だ」


「もういいです」


国王は疲れたように首を振った。

師匠は腰へ手を伸ばす。


そこには、さっきまでぶら下がっていた瓢箪がある。

師匠はそれを手に取った。


「……」


そして何のためらいもなく、炉の中へ放り込む。


ぽいっ。


「え?」


国王が目を丸くする。


「それ、使わないんですか?」


「もういらん」


「瓢箪ですよ?」


「そうだな」


「普通、捨てるにしても炉には入れませんよね?」


「そうか?」


師匠は炎を見つめる。

瓢箪は、ぱちぱちと小さな音を立てながら炎の中へ消えていった。


サファイアも苦笑する。


「おじいちゃん、たまに変なことするから」


「たまにじゃないだろ」


国王が呟く。

師匠は二人を無視して炉へ向かった。

そして――。

表情が変わった。


先ほどまでのふざけた様子が、嘘のように消えている。

目つきが違う。

背筋も違う。


炉の炎を見る視線には、長年鉄と向き合ってきた職人の鋭さがあった。


「さて」


師匠は炉の炎を覗き込む。


「最高の釣り針を作るか」


「釣り針?」


国王が聞き返す。


師匠は頷いた。


「ああ」


「今回の依頼は釣り針だよな」


国王は少し固い表情になった。


「そう、釣り針……」


剣でもない。

鎧でもない。

ましてや王家のための武具でもない。


魚を釣るための、小さな針。

それだけだ。


だが、師匠の目は真剣だった。

まるで王の剣を作る時と何も変わらない。


「材料は?」


「決まってる」


「どこの鉄鉱石です?」


師匠は迷わず答えた。


「北の国のものだ」


「北の国……」


「ああ」


師匠は鉄鉱石を一つ手に取る。


「こいつだ」


それだけではない。


どの鉱山から採れたものなのか。

いつ頃採掘されたものなのか。

どの鉱石と混ぜるのか。

そして、その割合まで。


師匠は淀みなく口にしていく。

国王は思わず師匠の顔を見る。


「……覚えてるんですか?」


「当たり前だ」


「何年前の話ですよ?」


「だから何だ」


師匠にとっては、年月など関係ないらしい。

一度扱った鉄なら、手触りも覚えている。

色も。

重さも。

焼いた時の変化も。


火の中でどんな色になるのか。

叩いた時にどんな音がするのか。

冷えた時にどう変わるのか。


それらすべてが、師匠の頭の中には残っている。

国王は感心する。


「そこまで覚えてるんですか……」


「鉄は嘘をつかねえからな」


「……」


「覚えようとしなくても覚える」


師匠は鉄鉱石を炉へ入れる。

炎が大きく揺れた。

その姿を見て、国王は思わず昔を思い出していた。


自分が弟子だった頃もそうだった。

師匠は、鉄を前にすると別人になる。

普段は適当で、説明も足りない。

修行も無茶苦茶。


しかし、鉄を打つ時だけは、一切の無駄がない。

国王がそんなことを考えていると、師匠がふと笑った。


「釣り針を頼まれた時は、びっくりしたもんさ」


「師匠が?」


「ああ」


「何でです?」


「何せ、こんな小さな物を作れって言われたからな」


師匠は指先で、釣り針ほどの大きさを示す。


「もっと大きな物なら、いくらでも作ってきた」


「だから小さい物が珍しかったんですか?」


「そういうことだ」


師匠は少し考え――。

にやりと笑った。


「驚いて思わず、刀を五本作っちまった」


「……」


国王は絶句した。

サファイアも目を丸くする。


「なんで釣り針を頼まれて刀になるの?」


「知らん」


師匠は笑う。


「気付いたら五本できてた」


「いやいやいや!」


国王が思わず割り込む。


「何で気付いたら刀が五本できるんですか!」


「鍛冶師だからだ」


「答えになってません!」


サファイアも笑い始める。


「おじいちゃん、釣り針作るの苦手だったの?」


「苦手じゃねえ」


「じゃあ何で刀を?」


「手が勝手に動いた」


「それ、もっと怖いですよ」


国王は頭を抱えた。


「よくそのくらいですみましたね」


「何がだ?」


「刀を五本で済んだんですか?」


師匠は少し考える。

そして、何でもないことのように答えた。


「ちょうど北の国の鉄鉱石が切れたからな」


「……」


国王は黙った。

数秒後。


「それがなかったら?」


「さあな」


「何本作ってたんです?」


「知らん」


「……」


国王は額を押さえる。


「師匠……」


「なんだ」


「あなた、昔からそういう人でしたね」


「褒めてるのか?」


「全然」


サファイアが吹き出した。


「あはは!」


師匠も笑う。


しかし、その笑いは長く続かなかった。

師匠は再び炉へ向き直る。


工房の空気が変わった。

炎が赤く揺れる。

鉄が熱せられていく。


先ほどまでの修行とは違う。

ここからが、本当の鍛冶の時間だった。


師匠は鉄鉱石を手に取る。

その目には、もう迷いがない。


「今度は、ちゃんと釣り針を作る」


「最初からそうしてください」


国王が呟く。


「最初からやってる」


「刀五本は?」


「過去だ」


師匠は無視する。

サファイアも炉の前へ近づいた。


二人は黙って師匠の手元を見つめる。

鉄が赤く染まっていく。

師匠が火箸を握る。


その動作一つ一つに迷いがない。

国王は息を呑んだ。


今まで散々ふざけていた師匠が、

鉄を前にした瞬間だけは、一切ふざけていない。

この姿を見たかった。


この音を聞きたかった。

この場所に戻ってきたかった。

国王は、静かに笑った。


「……やっぱり、ここだな」


師匠は聞こえないふりをした。

そして――。

金床へ鉄を置く。


槌が振り上げられる。

次の瞬間。


カァン!


澄んだ音が工房いっぱいに響いた。

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