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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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修行ー9

村に笑い声が広がった。

夕暮れの石段を下りながら、国王は何度目か分からないため息をついた。


「明日は倍か……」


「頑張ってね」


サファイアが隣を歩きながら笑う。


「お前は他人事みたいに言うな」


「私もやるよ」


「そうだったな」


国王は少しだけ安心する。

しかし、その安心は長く続かなかった。


「私も倍になるけど」


「……」


「おじいちゃんが言ったから」


「……そうか」


国王は遠い目をした。


「それなら俺だけじゃないんだな」


「うん」


「それなら少し安心した」


「でも、私の倍だから」


「……」


国王は足を止めた。


「どういう意味だ?」


「兄弟子さんが二十往復なら、私は四十往復」


「なぜだ!」


サファイアは首を傾げる。


「だって私、今のところ兄弟子さんの二倍くらい速いから」


「速度の話をしているんじゃない!」


サファイアは楽しそうに笑った。


少し後ろを歩いていた熊公が、いつものように人差し指を鼻筋へ添える。


「なるほど」


「お前はもう黙ってろ!」


国王の声が夕暮れの村に響いた。

その様子を、師匠は前を歩きながら聞いていた。

口元には、わずかな笑みが浮かんでいる。


やがて工房へ戻る。

炉の火はまだ消えていなかった。

赤い炎が、暗くなり始めた工房の中を照らしている。


国王は炉を見た。

炎を見ると、不思議と心が落ち着く。


王城の炉ではない。

装飾された暖炉でもない。


煤で黒くなった壁。

鉄の匂い。

炭の煙。

そして、金床。


昔と何も変わっていない。


「……懐かしいな」


国王が呟く。

師匠は振り返らない。


「明日からもっと懐かしくなるぞ」


「嫌な予感しかしません」


「そうか」


師匠は笑った。


その夜。

国王は早々に床へ入った。


身体中が痛い。

肩。

腕。

脚。

腰。

どこを動かしても痛みがある。


「……」


目を閉じる。


明日は倍。


その言葉が頭の中をぐるぐる回る。


「寝よう」


そう呟いた。

だが、その直後。

廊下から声がした。


「兄弟子さん」


「……何だ?」


「寝た?」


「今から寝る」


「明日の修行、楽しみだね」


「俺は楽しみじゃない」


「そう?」


「ああ」


「じゃあ、おやすみ」


「おやすみ」


足音が遠ざかる。

国王は布団へ身体を沈めた。


「……明日もか」


そして眠りについた。


――翌朝。


「起きろ」


「……」


「起きろ」


「……」


「王様」


「……ん?」


「起きろ」


国王は目を開けた。


目の前に師匠がいた。


「……先生?」


「ああ」


「何時です?」


「朝だ」


「まだ暗いですよ」


「鍛冶師に朝は関係ねえ」


「いや、朝には関係ありますよ」


国王は布団を頭まで被った。


「あと少し……」


すると。


「なら、これを使うか」


師匠が何かを置いた。


ごん。


床が震える。

国王は布団の隙間から覗く。


「……何です、それ」


「鉄だ」


「見れば分かります」


「なら起きろ」


「なぜ鉄を持ってくるんですか」


「起きないからだ」


「意味が分かりません」


「鍛冶師なら鉄の音で起きる」


「そんな鍛冶師いませんよ」


「ここにいる」


「俺ですか?」


「違う」


「じゃあ誰です?」


「俺だ」


「先生が起きてどうするんですか!」


師匠は満足そうに頷いた。


「口は元気だな」


「身体は動きません」


「なら、今日は腕からだ」


「腕?」


国王は嫌な予感を覚えた。

工房の外へ出る。


朝の冷たい空気が肌を撫でた。

そこには平らな板が置かれていた。


国王はそれを見る。


「……腕立て?」


「ああ」


「普通の?」


「普通だ」


国王は少し安心した。


「それなら――」


「俺を乗せる」


「……」


師匠が自分の背中を指差した。


「俺を乗せて腕立てだ」


「普通じゃないじゃないですか!」


サファイアが横で笑う。


「兄弟子さん、頑張って」


「お前は?」


「私はこっち」


サファイアの前にも板がある。


「誰を乗せるんだ?」


「おじいちゃん」


「……」


国王は師匠を見る。


「先生」


「なんだ」


「俺に何キロあります?」


「知らん」


「少なくとも昨日の鉄下駄より重いですよね?」


「比較するものがおかしい」


師匠は国王の背中へ乗った。


ずしん。


「重っ!」


「鍛冶師なら耐えろ」


国王は両手を地面についた。


「いきますよ」


「始めろ」


身体を下げる。

ぐっ。

腕が震える。


「一!」


押し上げる。


「二!」


再び下げる。

その時だった。


「待て」


「はい?」


師匠が国王の腹を指差す。


「ここだ」


「腹?」


「腹が落ちてる」


「……」


師匠は地面へ何かを立てた。


細い棒。


その先から、白い煙が立ち上っている。


「……何ですか?」


「線香だ」


「なぜ?」


「腹が落ちたら熱い」


「……」


国王は線香を見る。


次に師匠を見る。


「先生」


「なんだ」


「それ、修行ですか?」


「ああ」


「鍛冶と関係あります?」


「ある」


「本当に?」


「姿勢だ」


師匠は真顔だった。


「腹が落ちる」

「腰が落ちる」

「槌が狂う」

「だから腹を落とすな」


国王は渋々姿勢を直した。


「分かりました」


「もう一度」


「はい」


腕を曲げる。

身体を下げる。

線香の煙が腹へ近付く。


「熱っ!」


国王は慌てて身体を持ち上げる。


「腹を落とすな!」


「熱いんですよ!」


「熱くならないように鍛えるんだ!」


「理屈が逆でしょう!」


サファイアが横で笑っている。


「兄弟子さん」


「何だ!」


「お腹、線香に近いよ」


「分かってる!」


「気を付けて」


「だから分かってる!」


師匠は満足そうに頷いた。


「そうだ」


「身体は一つだ」

「腕だけ鍛えても駄目だ」

「腹も背中も脚も全部使え」


国王は荒い息を吐きながら、もう一度腕を曲げた。

今度は身体を一直線に保つ。


線香には触れない。


「……一」


押し上げる。


「二」


また下げる。


「三」


身体が震える。

それでも姿勢だけは崩さない。

師匠は背中の上で腕を組んでいる。


そして、その鼻は――。

今日も妙に赤かった。


国王は息を切らしながら、横目でそれを見る。


「……先生」


「なんだ」


「やっぱり酔ってません?」


「酔ってない」


「ですよね」


「ああ」


「その瓢箪は?」


「気分だ」


「でしょうね!」


朝の工房に、国王の叫び声が響き渡った。

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