鍛治の村−14
師匠は熊公の頭をぽんと叩くと、今度はサファイアへ視線を向けた。
「で、お前は何を工夫した」
その一言を待っていたかのように、サファイアは勢いよく手を挙げる。
「はい!」
満面の笑みで、自分が作った鉄下駄を抱え上げた。
まだ熱の残る鉄肌が夕日に照らされ、鈍く赤みを帯びている。
「この側面にですね!」
誇らしげに指差す。
「三本線の模様を入れました!」
しん、と辺りが静まり返る。
師匠の眉がぴくりと動いた。
「……おい」
「はい?」
サファイアは首をかしげる。
自信満々で褒められるのを待っている。
「それ」
「大丈夫か?」
「何がです?」
「いや……」
師匠は鉄下駄を見つめ、それから遠い空を仰いだ。
「大丈夫じゃないかもしれん」
国王も横から覗き込む。
「ただの模様じゃないんですか?」
「ですが」
サファイアは笑顔のまま続ける。
「良い印だって聞きました!」
師匠は突然、大声を上げた。
「当然!」
「良い印だ!」
「だから皆まで言うな!」
「余計なことは言うな!」
あまりの勢いに、サファイアはびくっと肩を震わせる。
「えっ?」
「えっ?」
「褒められてます?」
国王も事情が飲み込めず、小声で尋ねる。
「先生」
「何が問題なんです?」
師匠は腕を組んだまま低く唸る。
「知らん」
「知らんが……」
「何となく怖い」
「勘だ」
熊五郎が、すっと人差し指を鼻筋へ添えた。
眼鏡のない眼鏡を押し上げる、すっかりおなじみになった仕草である。
「勘の鋭さだけは一級品でございますね」
師匠は深く頷いた。
「うむ」
「鍛冶師は危険を察知する勘も大事だ」
「今のは間違いなく危険だった」
「理由は分からんがな」
国王は思わず吹き出す。
「また雰囲気ですか」
「今度は勘だ」
「一段階進化した」
「進化なんですか、それ……」
熊公まで「グル?」と首をかしげる。
その様子に、村人たちからくすくすと笑い声が漏れた。
サファイアだけが納得できない様子で、自分の鉄下駄を何度も眺めている。
「……?」
「変かな?」
「格好いいと思ったんだけど」
師匠は慌てて頷いた。
「格好いい!」
「実にいい!」
「だからそのままでいい!」
「深く考えるな!」
「はい!」
サファイアは素直に返事をする。
そのあまりの素直さに、国王は笑いをこらえきれなかった。
「先生」
「何か隠してますよね」
「隠しておらん」
「顔が隠してる人の顔です」
「気のせいだ」
師匠はそっぽを向く。
その横顔を見た熊五郎が、小さく呟いた。
「どうやら危険は回避されたようですね」
「うむ」
師匠は満足そうに腕を組む。
「今日も平和だ」
「どこがです!」
国王の鋭いツッコミに、工房中が笑いに包まれた。
笑い声の中、炉の火は静かに揺れ続ける。
こうして修業初日は、鍛冶の技術だけでなく、師匠の理不尽さを改めて思い知らされる一日となった。
国王は心の中で苦笑する。
(……この村では、鉄より先に常識を鍛え直した方がよさそうだ)
そんな弟子の心境など知る由もなく、師匠は次の修業の内容を考えながら、不敵な笑みを浮かべていた。




