鍛治の村−12
師匠は視線を逸らしたまま、小さく咳払いを一つした。
「……」
「……」
国王がゆっくり口を開く。
「先生」
師匠は返事をしない。
「先生」
「……何だ」
「判定基準は?」
広場中の視線が一斉に師匠へ集まる。
師匠は腕を組み直し、堂々と胸を張った。
「雰囲気だ」
一瞬。
誰一人として言葉を発しなかった。
そして次の瞬間――。
「「「えぇぇぇぇぇっ!?」」」
広場中に大合唱が響き渡る。
国王は思わず両手で頭を抱えた。
「雰囲気って何ですか!」
「今までの話は何だったんです!」
サファイアも呆れ顔で額に手を当てる。
「……また始まった」
「おじいちゃん、適当なんだから」
師匠は悪びれる様子もなく腕を組む。
「鍛冶も雰囲気が大事だ」
その言葉に、熊五郎がすっと背筋を伸ばした。
右手の人差し指を鼻筋へ添える。
まるで眼鏡を押し上げるような仕草だった。
眼鏡など掛けていないのに、不思議とそこに丸眼鏡が見える気がする。
国王は思わず吹き出した。
「熊五郎」
「それ……執事の真似か」
熊五郎は少し誇らしげに胸を張る。
「はい」
「執事殿なら、きっとこうお尋ねになります」
そして、咳払いを一つ。
口調までどこか執事に似せながら言った。
「失礼いたします」
「今のお話と鍛冶には、直接の因果関係が見受けられません」
広場が静まり返る。
師匠は眉をひそめた。
「細かい男は嫌われるぞ」
熊五郎は一歩も引かない。
「論点をすり替えないでください」
「今のお話は、判定基準のお話です」
「鍛冶とは別問題かと」
村人たちから笑いが漏れる。
「似てる!」
「執事さんそっくりだ!」
「しゃべり方まで同じだ!」
国王も肩を震わせながら笑った。
「本当にあいつが言いそうだ」
熊五郎は照れくさそうに頭を掻く。
「尊敬しておりますので」
「旅へ出る前、『陛下を頼みます』と頭を下げられました」
「ですから少しでも、執事殿のようになれればと」
その言葉に国王の笑みが少し柔らかくなる。
王城では今も執事が山積みの書類に目を通し、家臣へ指示を出し、この国を支えている。
表には出ないが、国王が安心して旅へ出られるのは、あの男が城を守っているからだった。
国王は空を見上げ、小さく笑う。
「帰ったら土産話が山ほどあるな」
熊五郎も微笑んだ。
「執事殿は、きっと全部お見通しでしょう」
「違いない」
国王は苦笑する。
「『また無茶をしましたね』って最初に言われそうだ」
そのやり取りを聞いていた師匠が、急に吹き出した。
「がっはっはっは!」
「王様になっても弟子は弟子だ!」
「帰ったら執事にも叱られるがいい!」
国王もつられて笑う。
「先生には言われたくありませんよ」
「判定が雰囲気の人に!」
その一言で、広場は再び大爆笑に包まれた。
サファイアは笑いながら膝を叩く。
「一本取られたね、おじいちゃん!」
師匠は豪快に笑い飛ばしながら頷く。
「細けぇことは気にするな!」
「笑って飯が食えりゃ、それで上等だ!」
夕暮れの鍛冶師の村に、笑い声がいつまでも響き続ける。
その笑顔の中で国王は改めて思う。
王宮では決して味わえない、飾らない人々との時間。
この村には、鉄を鍛える技術だけではない。
人を育てる温かさがある。
だからこそ、自分は再びこの場所へ帰ってきたのだと。
そして翌朝。
国王もサファイアも、まだ知らなかった。
師匠の言う「本当の修業」が、この程度では済まないことを。




