鍛治の村−10
師匠は即座に首を横へ振った。
「違う」
短く、きっぱりと言い切る。
国王は首をかしげた。
「……は?」
師匠はゆっくりと国王を指差した。
「お前のは」
広場中が静まり返る。
「うさぎに見えん!」
その一言が、広場に響き渡った。
「……は?」
国王だけが理解できず、間の抜けた声を漏らす。
師匠は真顔のまま続ける。
「膝が開いとる」
「背中が高い」
「腕の振りも違う」
「着地が重い」
「どう見ても熊だ」
国王は口をぱくぱくさせる。
「いや……何を言ってるんですか」
師匠は容赦しない。
「兎跳びだ」
「なら兎になれ」
「形から入れ」
熊公執事が「グル?」と小さく首を傾げる。
その様子を見たサファイアは、とうとう吹き出してしまった。
「ぷっ……あははっ!確かに熊!」
「王様、跳ぶたびに地面が怒ってたもん!」
国王は抗議する。
「いやいや!兎跳びってそういう意味じゃないだろ!」
師匠は一喝した。
「名前を見ろ!兎跳びだ!兎になれ!」
「そんな精神論あるか!」
国王も負けじと言い返す。
「競技じゃないんですよ、これ!速く飛べばいいんでしょう!」
師匠は鼻を鳴らした。
「違う。速さは結果だ」
「形が先だ」
「形が崩れりゃ、力も逃げる」
国王は言葉に詰まる。
鍛冶でも同じことを教えられた記憶が蘇る。
正しい姿勢。
正しい重心。
正しい振り下ろし。
どれか一つでも狂えば、鉄は思い通りの形にならなかった。
その時、熊公が再び眼鏡を押し上げた。
「……言われてみれば、陛下は着地のたびに地面が揺れておりました」
「ええ、可愛らしさは皆無でしたとも」
兵士まで腕を組む。
「確かに」
「跳ねるというより……」
「突撃でしたね」
料理長も深く頷く。
「厨房なら床が抜けます」
庭師は苦笑する。
「畑なら全部耕せますな」
「耕す前に作物まで埋まりそうですが」
女中たちも顔を見合わせる。
「サファイアさんは、ぴょん、ぴょん」
「陛下は、ドスン、ドスン」
「音が全然違いました」
「うさぎというより……」
「暴れ熊ですね」
次々と味方が寝返っていく。
国王は愕然と周囲を見回した。
「お前たちまで!昨日まで俺の味方だっただろ!」
熊公執事は静かに一礼する。
「私は常に真実の味方でございます」
「その真実が今日は敵なんだけど!」
広場に笑い声が広がる。
サファイアは腹を抱えて笑いながら、何とか呼吸を整えた。
「もう駄目……、王様、熊にしか見えない」
「歩き方まで熊だったし」
国王は頭を抱えた。
「そんなにか……」
師匠は満足そうに頷く。
「だから負けだ」
「鍛冶も同じだ」
皆の笑いが少し収まる。
師匠の声だけが静かに響いた。
「鉄は形が九割」
「速さなんぞ最後でいい」
「どれだけ早く叩こうが、形が狂えば全部やり直しだ」
「まず正しく動け」
「その上で速くなれ」
広場は静まり返る。
先ほどまで笑っていた村人たちも、真剣な表情で師匠の言葉を聞いていた。
国王は深く息を吐き、苦笑する。
「……納得できるような、できないような」
サファイアは笑顔のまま国王の前へ歩み寄る。
そして右手を差し出した。
「まずは一勝目」
「次は負けないでね、王様」
国王はその手を見つめる。
細い手だが、掌には鍛冶師らしい固いまめがいくつも刻まれていた。
その手をしっかりと握り返し、不敵に笑う。
「望むところだ」
その様子を見た師匠は口元をわずかに緩める。
「よし、明日から本当の修業だ」
その一言に、国王とサファイアの笑顔が同時に固まった。
「……え?」
二人の声がぴたりと重なる。
師匠だけが、にやりと笑っていた。




