鍛治の村−9
鉄下駄を履いたまま、国王とサファイアは村の広場へ戻ってきた。
石畳へ響く重い足音。
ガン。
ガン。
鉄と石がぶつかるたび、乾いた音が広場へ響き渡る。
一歩踏み出すたびに鉄下駄が地面を叩き、その衝撃が足の裏から膝、腰、肩へと突き抜けていく。
たった数百歩。
それだけなのに、何千歩も歩いたような疲労が脚へ積み重なっていた。
国王の額からは汗が流れ落ち、首筋を伝って旅装束を濡らしている。
肩で大きく息をしながらも、視線だけは前を向き続けていた。
脚は鉛のように重い。
ふくらはぎは悲鳴を上げ、太腿は焼けるように熱い。
それでも、一歩も止まることなく最後まで飛び切った。
王になっても、師匠の前では弟子でありたい。
そんな意地だけが身体を動かしていた。
隣ではサファイアも息を弾ませている。
頬は紅潮し、汗で前髪が額へ張り付いていた。
細い肩は上下しているが、不思議と動きに乱れはない。
最後まで軽やかだった。
ぴょん。
ぴたり。
まるで野原を駆ける野兎が草を踏みしめるように、柔らかな着地を決める。
鉄下駄を履いているとは思えないほど静かな足運びだった。
「ふぅ……」
サファイアは額の汗を手の甲で拭い、小さく息を整える。
国王も膝へ手をつき、大きく息を吐いた。
胸が激しく上下する。
昔は平然とこなしていた修業が、これほど身体へ堪えるとは思わなかった。
「まだ……終わりじゃないよな」
「もちろん」
サファイアは疲れを見せまいと笑う。
負けん気に満ちた笑顔だった。
「勝負は、おじいちゃんが決めるから」
「そこが一番怖いな」
国王は苦笑する。
二人の視線が師匠へ向いた。
師匠は腕を組み、黙ったまま二人を見比べている。
鋭い眼差しは、まるで焼けた鉄の歪みを見抜くようだった。
姿勢。
呼吸。
足の運び。
汗の流れ。
すべてを観察しているように見える。
しかし、その表情からは何を考えているのか読み取れない。
広場には自然と静寂が広がった。
修業を見守っていた村人たちも、子どもたちでさえ口を閉じる。
風だけが広場を吹き抜け、鍛冶場から聞こえる槌音が遠く響いていた。
やがて師匠がゆっくりと口を開く。
「勝者」
再び静寂。
誰もが次の言葉を待った。
国王もサファイアも、思わず息を止める。
「サファイア」
「やったー!」
サファイアは両手を高く突き上げた。
子どものような笑顔が弾け、その場でくるりと一回転する。
鉄下駄を履いているとは思えない軽やかさだった。
「おじいちゃん!」
嬉しそうに祖父へ駆け寄る。
その姿を見た村人たちから拍手が起こる。
「さすがサファイアだ!」
「若いのに大したもんだ!」
歓声が飛び交う。
一方、国王は目を丸くした。
「……なに?」
思わず聞き返してしまう。
「俺の方が速かったぞ」
村人たちも顔を見合わせる。
確かに国王は途中から勢いに乗り、最後はサファイアを追い抜いていた。
純粋な速さだけなら、誰の目にも国王が上だった。
その時だった。
熊公が外套の裾を整えるような仕草をし、人差し指を鼻筋へ添える。
自分も外套の筈なのに。
眼鏡は掛けていない。
だが、執事を真似たその癖はすっかり板についていた。
「失礼ながら、私も陛下の方が記録は上だったように見えました」
落ち着いた口調で続ける。
「移動速度だけで言えば、陛下が優勢だったかと」
国王は思わず吹き出す。
「お前、執事の真似がいよいよ板についてきたな」
熊公は少し照れくさそうに胸を張る。
「尊敬しておりますので」
その一言に国王は苦笑しながら頷いた。
「帰ったら本人にも見せてやりたいな」
周囲にも小さな笑いが広がる。
それでも熊公は真面目な顔を崩さない。
「判定は正確であるべきかと」
国王は満足そうに胸を張る。
「ほら見ろ、ちゃんと見てくれてる奴もいるじゃないか」
師匠は即座に首を横へ振った。
「違う」
短く、きっぱりと言い切る。
その一言だけで、広場の空気が再び張り詰める。
国王は首をかしげた。
「……は?」




