鍛治の村−7
「まず体だ」
短い一言だった。
師匠は炉の前へ歩きながら、真っ赤に燃える炭火を火箸で軽くかき混ぜる。炎が勢いよく立ち上り、工房の中を熱気が包み込んだ。
赤く染まった鉄を見つめたまま、低い声で続ける。
「鍛冶師は腕だけじゃねえ、全身で鉄を打つ」
「腰」
「脚」
「背中」
「全部が槌になる」
その言葉は、昔と何一つ変わっていなかった。
国王は思わず懐かしそうに笑う。
「昔も同じこと言われたな」
「忘れてねえだろうな」
「忘れたら何度もやり直しだったからな」
あの頃は一振り失敗するたびに鉄を最初から熱し直し、日が暮れるまで槌を振り続けた。
腕が上がらなくなっても終わりは来ない。
正しい姿勢で打てるまで、何度でもやり直しだった。
師匠は鼻で笑う。
「覚えてるなら結構だ」
「鍛冶は腕力自慢じゃねえ」
「力任せに打てば、鉄はへそを曲げる」
「身体全部で振り下ろして、初めて鉄は応えてくれる」
その言葉を聞きながら、サファイアは当然という顔で炉へ向かった。
真っ赤に焼けた鉄を火箸で挟み、迷いなく金床へ置く。
深呼吸を一つ。
腰を落とし、槌を構える。
カン。
カン。
カン。
軽快で澄んだ音が工房へ響く。
一打ごとの高さが揃い、力みがまるでない。
まるで鉄と会話をしているような槌音だった。
国王も負けじと隣へ立ち、槌を握る。
手へ伝わる重み。
木柄の感触。
鉄の匂い。
熱気。
そのすべてが、弟子だった頃の記憶を鮮やかに呼び覚ます。
「……やっぱり落ち着くな」
自然と笑みが浮かんだ。
槌を振り下ろす。
カン。
カン。
サファイアとは対照的に、一撃一撃が力強い。
だが決して乱暴ではない。
狙った場所へ正確に槌が落ち、鉄が少しずつ形を変えていく。
師匠は腕を組んだまま黙って二人を見守っていた。
何も言わない。
しかし、その視線は二人の姿勢、呼吸、重心、槌の軌道まで細かく見抜いているようだった。
熊公は二人を見比べながら首を傾げる。
「……何を作っているのです?」
師匠は一言だけ答えた。
「鉄下駄だ」
「……はい?」
熊公は思わず聞き返す。
国王は吹き出した。
「それじゃ、まだやるのか、あのトレーニング」
「当たり前だ。基本だからな」
師匠は平然としている。
「鍛冶師は足腰が命だ」
「槌は腕で振るもんじゃねえ」
「地面を踏み締めた脚から力をもらって振るんだ」
「だから最初に鍛えるのは脚だ」
熊公は鉄下駄と国王の顔を交互に見比べる。
「そのための……鉄下駄なのですね」
「そういうことだ」
師匠は短く答える。
やがて二人は言葉を交わすことなく、黙々と鉄を打ち続けた。
工房には二種類の槌音が響く。
軽快で流れるようなサファイアの音。
重厚で力強い国王の音。
異なる音色なのに、不思議と息はぴたりと合っていた。
火花が舞い、鉄が赤から橙へ、そして鈍い銀色へと変わっていく。
やがて二足の鉄下駄が完成した。
黒く磨かれた鉄の台。
分厚く刻まれた歯。
頑丈な金具。
最後にサファイアが慣れた手つきで鼻緒を取り付ける。
その指先の動きは鍛冶師というより、熟練した職人そのものだった。
熊公は恐る恐る片方を持ち上げる。
「……重い」
思わず両手になる。
腕がゆっくりと下がっていく。
「一足で十キロほどだ」
師匠は何でもないことのように言う。
熊公は耳を疑った。
「履くのですか……これを」
「当たり前だ」
国王は完成した鉄下駄を眺めながら苦笑する。
「師匠、昔より重くなってません?」
「軽くした」
「……嘘ですよね」
「年寄りに嘘つき呼ばわりとは偉くなったもんだ」
工房に笑いが広がる。
サファイアも肩を震わせ、熊公まで「グル」と笑うような声を漏らした。
しかし、その和やかな空気は次の瞬間、師匠が鉄下駄を床へ「どん」と置いた音とともに一変するのだった。




