第24話 鍛治の村-5
「……遅かったな」
その一言だけだった。
国王は肩をすくめ、苦笑する。
「十年以上ぶりの再会なんだから、普通は『久しぶり』じゃないのか」
老人は鼻で笑う。
「昨日会ったようなもんだ」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
それだけ言うと、老人は再び炉へ向き直り、炭の具合を確かめ始める。
熊公執事は呆気に取られていた。
(これが……陛下の師匠)
もっと劇的な再会を想像していた。
涙を流し、固く抱き合い、互いの無事を喜ぶ。
そんな光景を勝手に思い描いていたのだ。
だが現実は違う。
言葉は少ない。
表情もほとんど変わらない。
それでも二人の間には長い年月がまるで存在しなかったかのような空気が流れている。
昨日の仕事の続きを始めるような自然さ。
それこそが、本当の信頼なのだと熊公は感じた。
老人は炉の火を見つめたまま口を開く。
「腕は鈍ってねえだろうな」
国王はにやりと笑う。
「誰に教わったと思ってる」
「ならいい」
たったそれだけ。
会話は終わる。
それ以上の確認は必要ない。
技術は口で語るものではなく、鉄を打てば分かる。
そんな職人同士の矜持が感じられた。
熊公執事は心の中で静かに呟く。
(本当に、このお二人は似ている)
飾らない言葉。
余計な説明をしない性格。
そして、何より相手を信じ切っているところがそっくりだった。
老人はようやく国王へ向き直る。
「王様なんぞになったと聞いた時は驚いた」
「俺も驚いたよ」
「お前は鉄しか見えねえ奴だったからな」
「今でも鉄は好きさ」
国王は工房を見渡しながら答える。
「ただ、国ってのも一本の剣みたいなもんだ」
「鍛え方を間違えれば折れる」
「熱し過ぎても駄目」
「冷まし過ぎても駄目」
「人も鉄も似たようなもんだ」
老人は小さく笑った。
「少しはマシなことを言えるようになったじゃねえか」
「師匠の教育のおかげだ」
「俺はそんなこと教えた覚えはねえ」
「教えてくれたさ」
国王は炉を見つめる。
「鉄を見ろ」
「手を抜くな」
「焦るな」
「嘘をつくな」
「全部、国造りにも同じだった」
老人は何も答えない。
しかし口元だけが、ほんのわずかに緩んでいた。
その時だった。
工房の奥から軽やかな足音が響く。
ぱたぱたと小気味よい足音が近づき、明るい声が工房へ響いた。
「おじいちゃん、お昼――」
澄んだ少女の声。
声の主は入口まで来ると、国王の姿を見てぴたりと足を止めた。
二十歳前後の少女だった。
動きやすい作業着姿。
腰には使い込まれた小さな金槌。
肩まで伸びた髪を後ろで束ね、頬には煤が少し付いている。
だが、その瞳は炉の炎にも負けないほど生き生きと輝いていた。
細い腕には鍛えられた筋肉が付き、職人として働いていることが一目で分かる。
少女の視線は国王へ釘付けになる。
「……え?」
国王も少女を見つめた。
見覚えのない顔だった。
弟弟子か、その子供か。
記憶を探るが思い当たらない。
少女は戸惑った様子で老人を見る。
「おじいちゃん、この人……」
老人は短く答える。
「昔、一番手の掛かった弟子だ」
「え?」
少女は驚いた顔で国王を見直した。
王だとは知らない。
ただ祖父の弟子だった人物として見ている。
その純粋な視線が、国王にはどこか懐かしかった。
少女は小さく首を傾げる。
「……兄弟子さん?」
国王は思わず吹き出した。
「そう呼ばれるのは久しぶりだ」
熊公執事も思わず笑みを浮かべる。
師匠との再会を終えた国王に、新たな縁が静かに結ばれようとしていた。
こうして、鍛冶師の村での新たな物語が幕を開けるのだった。




