第23話 鍛冶の村-4
国王は槌音の聞こえる方へ歩き出した。
熊公執事も、その後に続く。
村の中心へ近づくにつれ、空気が少しずつ変わっていく。
熱い。
まだ工房までは距離があるというのに、肌へまとわりつくような熱気が風に乗って流れてきた。
赤く焼けた鉄の匂い。
炭の煙。
煤と油が混じった独特の香り。
そして風箱が吐き出す空気の音。
――ゴォォッ。
炉の火が勢いよく燃え上がるたび、周囲の空気まで揺らいで見えた。
さらに、その熱気を縫うように一定の間隔で槌音が響く。
――カァン。
――カァァン。
澄み切った音。
一打ごとに迷いがない。
鉄が職人の意思へ従うように形を変え、火花が夜空の星のように散っている光景が目に浮かぶようだった。
国王は自然と歩幅を緩める。
その音を噛み締めるように耳を傾け、小さく笑った。
「……やっぱり、この音だ」
熊公執事は横顔を見る。
王として国を率いる時とは違う。
今の国王は、一人の弟子へ戻っていた。
工房の前まで来ると、国王は立ち止まる。
「……変わってねえ」
建物は決して立派ではない。
黒ずんだ木の壁。
長年積み重なった煤で黒く染まった屋根。
壁には何度も修繕した跡が残り、年月の重みを物語っていた。
飾り気など一つもない。
だが、その質素さには、無駄を嫌う職人の誇りが宿っていた。
入口の脇には一本の大槌。
柄は何度も握られ、木肌が飴色に艶を帯びている。
頭の鉄は幾度となく削られ、使い込まれた証が刻まれていた。
国王は思わず笑みをこぼす。
「まだ使ってるのか」
「あの頃でも年代物だったのにな」
熊公執事は静かに工房の中を覗き込む。
炉の炎が赤く揺れていた。
その前には、一人の老人が立っている。
白くなった髪。
日に焼けた肌。
節くれ立った太い指。
そして年齢を感じさせない太い前腕には、今なお岩のような筋肉が浮き上がっていた。
振り下ろされる槌に、一切の無駄はない。
大きく振りかぶるわけでもない。
必要な力だけを鉄へ伝え、寸分違わぬ場所を打ち抜いていく。
熊公執事は思わず息を呑んだ。
(これが……本物の鍛冶師)
老人は入口へ立つ国王たちへ、一度も視線を向けない。
来客など最初から分かっているはずなのに、顔を上げることすらしなかった。
ただ黙々と鉄を打ち続ける。
カァン。
カァァン。
火花が舞う。
真っ赤な鉄が、槌のたびに少しずつ姿を変えていく。
国王は何も言わず、その様子を見守った。
邪魔をしてはいけない。
鉄と向き合う職人へ声を掛けるのは、仕事が終わってから。
それが、この村の流儀だった。
熊公執事も、その空気を察し、一言も発さない。
しばらくして老人は最後の一撃を打ち下ろす。
――カァン!
今までで最も澄んだ音だった。
続けて鉄を水桶へ沈める。
ジュワァァァッ!
白い蒸気が一気に噴き上がり、工房の中を包み込んだ。
熱気と蒸気が晴れると、老人はようやくゆっくり振り返る。
鋭い目が真っ直ぐ国王を捉えた。
数秒の沈黙。
互いに何も言わない。
それでも二人には十分だった。
やがて老人は小さく鼻を鳴らす。
「……遅かったな」




