鍛治の村−3
熊公は深く頷いた。
鉄を作る技術だけではない。
物を大切にする文化まで、この村には根付いているのだ。
その時だった。
カン。
カン。
カン。
あちこちから金槌の音が響いてくる。
一軒だけではない。
二軒でもない。
村中の工房から、絶え間なく槌音が重なっていた。
高い音。
低い音。
重い音。
軽い音。
規則正しい音。
細かく刻む音。
まるで誰かが大勢で演奏する打楽器の楽団のように、それぞれ違う音色が村全体へ響き渡っている。
熊公は立ち止まり、耳を澄ませた。
「同じ音ではありませんね。」
「当たり前だ。」
国王も耳を傾ける。
「あれは細工物。」
「こっちは包丁。」
「あっちは農具。」
「その奥は鎧。」
熊公は目を丸くした。
「はぁ……、聞いただけで分かるのですか。」
「音が違う。」
国王は当然のように答える。
「叩く鉄が違えば音も違う。」
「熱さも違う。」
「槌の重さも違う。」
「打ち方まで違うんだ。」
少し懐かしそうに笑う。
「耳のいい職人になると、誰が打ってるかまで分かる。」
「今日は少し疲れてるな、とかな。」
「そこまでですか……。」
熊公は思わず工房の方へ目を向けた。
自分にはどれも同じ槌音にしか聞こえない。
しかし国王にとっては、それぞれが職人の名前を持つ声のように聞こえているのだった。
第18話 鍛冶師の村 前編(増補版・後半②)
すると道の向こうから、小さな男の子が駆けてきた。
手には鉄でできた小さな玩具を握っている。
風車だった。
風を受けるたび、羽根が軽やかな音を立てながら、くるくると勢いよく回る。
陽の光を受けた羽根が銀色にきらめき、子供はそれが面白くてたまらないのか、何度も高く掲げて笑っていた。
「鉄製ですか?」
熊公は目を丸くする。
「ああ。」
国王は優しく頷いた。
「あの、子供の玩具まで?」
「初めて自分で打つ作品が、ああいう玩具なんだ。」
国王は風車を眺めながら微笑む。
「最初から刀なんて打てるわけがねえ。」
「だから最初は釘。」
「次は小さな輪っか。」
「それから風車や鈴みたいな玩具を作る。」
「そこで槌加減や火加減を覚えるんだ。」
熊公は感心したように息を漏らした。
「遊びながら技術を学ぶのですね。」
「そういうことだ。」
「村の子供は木工より先に鍛冶を覚える。」
「親の背中を見て育つからな。」
ちょうど近くの工房では、小さな少女が父親の横でふいごを押していた。
まだ力が弱く、ぎこちない動きではあるが、父親は何も言わず、その様子を温かく見守っている。
母親らしき女性は真っ赤に焼けた鉄を火箸で運び、祖父は完成した刃物を砥石へ当てていた。
一つの工房で三世代が自然に働いている。
「家族みんなが鍛冶師なのですね。」
「この村じゃ珍しくもない。」
「火の番をする者。」
「炭を焼く者。」
「鉄を打つ者。」
「研ぐ者。」
「売りに行く者。」
「仕事は違っても、みんな鍛冶に関わって暮らしてる。」
熊公は改めて村を見渡した。
村人たちは誰も慌ただしい様子はない。
それぞれが自分の仕事を黙々とこなし、その槌音が村全体の鼓動のように響いている。
男の子は国王へ目を向けると、不思議そうに首を傾げた。
どこか見覚えがあるような、ないような。
そんな顔だった。
しかし次の瞬間、熊公の姿に気付き、ぱっと表情を輝かせる。
「でっかい熊だ!」
「それに変なメガネ!」
熊公は胸を張る。
「これは知性の証です。」
男の子は首をかしげた。
「ちせい?」
「……たぶん難しい話でしたね。」
熊公が苦笑すると、男の子は恐れるどころか近寄り、その大きな腕をそっと撫でる。
ふかふかの毛並みに驚いたように目を丸くし、もう一度、今度は両手で撫で始めた。
熊公は気持ちよさそうに目を細める。
「ふふ……、なかなか良い撫で方です。」
男の子は嬉しそうに笑った。
その様子を見ていた近くの村人たちも思わず笑みを浮かべる。
「この村の子は肝が据わってますね。」
熊公が感心すると、国王は笑って肩をすくめた。
「鉄打ちは火にも音にも慣れてる。」
「多少のことじゃ動じない。」
「熊くらいじゃ驚かないさ。」
その時だった。
村の奥から、一際大きな槌音が響いた。
――カァァン!
たった一撃。
それだけで空気が震えた。
村中へ響いた音は、不思議なほど長く余韻を残して消えていく。
その瞬間、国王の足がぴたりと止まった。
「ああ……。」
口元に自然と笑みが浮かぶ。
懐かしさと、敬意と、少しだけ少年の頃へ戻ったような表情。
「間違いない、まだ現役だ。」
熊公は不思議そうに尋ねる。
「その音だけで?」
「ああ。」
国王は迷いなく頷いた。
「この音を出せるのは、一人しかいない。」
ゆっくりと工房のある方角へ視線を向ける。
あの槌音は今も昔も変わらない。
鉄だけでなく、人の心まで真っすぐ鍛え上げるような力強い音だった。
国王は小さく息を吸い、どこか誇らしげに呟く。
「師匠。」
その一言には、王となった今も変わらぬ尊敬が込められていた。
熊公は静かにその横顔を見つめる。
これから会う人物が、この国王を育て上げた鍛冶師なのだと理解し、自然と背筋を伸ばすのだった。




