鍛冶の村−1
山道を半日ほど進むと、木々の隙間から黒い煙がはっきりと見えるようになった。
一本ではない。
二本でもない。
十本、二十本と数えるうちに、熊公は途中で数えるのをやめた。
どの煙も空へ向かって真っすぐ立ち昇り、風に流されることなく濃くたなびいている。
まるで山の向こうに、小さな火山でもいくつも口を開けているようだった。
今や国王の代わりに庶務を取り仕切る執事役となった熊公は、思わず御者台から身を乗り出す。
「まるで……村中で火事でも起きているようです。」
国王は懐かしそうに目を細め、静かに笑った。
「火事じゃない。」
「あれは全部、炉だ。」
「鉄を焼いてる煙さ。」
熊公はもう一度煙を見上げた。
一本一本が別々の工房から立ち昇っているのだと知ると、その数の多さに改めて驚かされる。
「全部が鍛冶場なのですか?」
「ああ。」
「村中のあちこちで鉄を打ってる。」
「休みの日でも、どこかじゃ必ず槌の音がする村だ。」
やがて風向きが変わった。
熊公は鼻をひくつかせる。
届くのは薪の香りだけではなかった。
焼けた鉄。
炭の煤。
熱せられた油。
そして金属が赤く焼ける時だけに漂う、独特の乾いた匂い。
熱気まで風に混じって流れてくるようだった。
国王はゆっくりと目を閉じ、大きく深呼吸する。
「……この匂いだ。」
「何年経っても忘れねえ。」
その横顔は、王ではなかった。
一人の鍛冶師見習いだった頃へ戻った少年のような表情だった。
熊公はそんな国王を見て、少しだけ口元を緩める。
「故郷の匂い……というものですか。」
「ああ。」
「腹が減る匂いでもある。」
「朝から晩まで炉の前にいた頃を思い出す。」
国王は少し照れくさそうに笑った。
山道を抜けると、小さな盆地が姿を現す。
そこには一つの村が広がっていた。
「……これは。」
熊公は言葉を失う。
最初に目へ飛び込んできたのは村の入口だった。
木の柵ではない。
黒く磨き上げられた鉄柵。
門柱も鉄。
蝶番も鉄。
門に打ち付けられた飾り金具まで、一つひとつ異なる模様が刻まれている。
実用品でありながら、美術品のような美しさだった。
「門まで鉄……。」
思わず漏れた声に、国王は肩をすくめる。
「これでも昔より木が増えた方だ。」
「昔は何でも鉄で作ろうとしてたからな。」
「テーブルと椅子もな」
「椅子までですか?」
「重くて評判が悪かった。」
「……でしょうね。」
二人は思わず笑った。
さらに村の中へ進む。
民家が立ち並ぶ通りは質素でありながら、細かなところに職人の誇りが見えた。
鉄製の雨樋。
窓格子。
扉の取っ手。
看板を吊るす金具。
花壇を囲む柵。
どれ一つ同じ意匠はない。
蔦を模したもの。
炎を象ったもの。
槌や金床を彫り込んだもの。
家ごとに主人の個性が表れていた。
「皆、自分の家の金物は自分で打つ。」
「だから家を見るだけで、誰の仕事か分かる。」
国王は一軒の家を指差した。
「あれは細工師。」
「隣は包丁鍛冶。」
「その向こうは農具専門。」
熊公は感心したように何度もうなずく。
「まるで家そのものが名刺なのですね。」
「そういうことだ。」




