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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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第19話 旅立ち(後編)

 執事は笑みが収まるのを待ってから、小さく咳払いをした。


「……ところで」


「その師匠という方は、どのようなお方なのです」


国王は荷馬車の縁へ腰を掛ける。


手には、先ほどしまった古い金槌があった。

柄を親指でゆっくりと撫でる。

長年握り続けたせいで、木目はすっかり滑らかになっている。


その感触だけで、遠い昔の鍛冶場が蘇ってきた。


「怖かった」


国王は苦笑する。


「それはもう、とんでもなく」


自然と笑みがこぼれる。


「初めて会った日に『その腕で鉄を打つな』って金槌を取り上げられた」


「えっ」


執事が目を丸くする。


「三日間、火を見るだけだった」

「朝から晩まで、火の前へ座らされてな」

「打たせてももらえなかった」


「それでは何も覚えられないのでは」


「俺もそう思った」


国王は笑う。


「先生、どうして打たせてくれないんです」

「そう聞いた」


国王は低く太い声を真似た。


『鉄を見ろ』

「それだけだった」


「翌日も聞いた」

『火を見ろ』


「三日目も聞いた」

『音を聞け』


執事は首を傾げる。


「それだけ……ですか」


「ああ」


「理由なんて一度も教えてくれなかった」


国王は金槌を握り直す。


「ある日、ようやく一本だけ打たせてもらえた」

「あの時は嬉しかったな」

「徹夜で磨いて」

「自信満々で見せた」


国王はまた師匠の声を真似する。


『駄目だ』

『もう一本』

「それだけだった」


「理由は?」


「言わない」

「先生、どこが悪いんです」

『全部だ』

「全部?」

『だから全部見ろ』


執事は思わず吹き出した。


「ずいぶん不親切なお方ですね」


「当時の俺もそう思ってた」


国王は笑う。


「毎日毎日」

『駄目だ。もう一本』

「そればかり」


「嫌にはならなかったのですか」


国王は静かに首を横へ振る。


「悔しかった」

「だから意地になった」


「百本打っても駄目」

「二百本打っても駄目」

「三百本目だったかな」


遠くを見る。


「急に分かった」

「火の色が違って見えた」

「鉄の音も違って聞こえた」

「『ああ、先生が言ってたのはこれか』ってな」


執事は静かに頷いた。


「教えるのではなく、気付かせる教育だったのですね」


「そういうことだ」


国王は金槌を布へ包み、荷台へ戻した。


「だから今でも敵わない」


熊公が荷台へ飛び乗る。

どうやって?外套なのに。


荷台が大きく揺れ、馬が少しだけ耳を動かした。


熊公は荷物の間へ丸くなる。

まるで最初からそこが自分の席だったかのようだ。


「……先生も」


国王は熊公を見て笑う。


「きっと気に入る」


「どちらがですか」


「熊公も、先生も、どっちも頑固だからな」


「外套なのに、ですか?」


やっぱり答えはない。


その時、王城の大門がゆっくりと開き始めた。

重厚な扉が軋み、朝日が石畳を照らす。

門番たちが一斉に槍を立てた。


「陛下!」


「いってらっしゃいませ!」


中庭に集まった人々が、一斉に頭を下げる。


国王は馬車へ乗り込み、一度だけ王城を振り返った。


長く暮らした城。

毎日歩いた回廊。

何度も眺めた塔。

そして、自分が守ってきた王都。


執事が静かに口を開く。


「陛下」


「はい」


「……楽しそうでございますね」


国王は少し驚いたように笑う。


「そう見えるか」


「ええ」


「今だけは、王ではなく、一人の弟子でいらっしゃいますから」


国王は照れくさそうに頭をかいた。


「そうだな」

「帰ってきたら、また王様だ」

「今だけは弟子でいさせてもらおう」


手綱が鳴る。


馬がゆっくりと歩き始める。

車輪が石畳を転がり、乾いた音が王城へ響いた。


コト……コト……


熊公が荷台から一度だけ王城を振り返る。

そして満足そうに喉を鳴らした。


「グルル……」


ただの外套の筈なのに。


国王は青く澄んだ空を見上げる。


「あの爺さんなら」

「俺が国王になったって聞いても」

「最初の一言は決まってる」


国王は師匠そっくりのぶっきらぼうな声で言った。


「腕は鈍ってねえだろうな」


馬車はゆっくりと王都を離れ、山々へ続く街道へ向かう。


弟子が、恩師に会うための旅。


その始まりを祝福するように、朝の風が静かに吹き抜けていった。

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