表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/24

弟子の決意

 執事は、国王の横顔を見つめていた。


先ほどまで穏やかだった表情が、いつの間にか鍛冶場で鉄と向き合う職人の顔へ変わっている。


目だけが、鋭く細められていた。


「何かございましたか」


国王は答えない。


代わりに懐から取り出した真鍮製の古びたルーペを、ほんのわずかに傾けた。

窓から差し込む朝日が釣り針へ流れ込み、その表面を細い光が滑っていく。


ほんの僅かな角度の違いで、見えていたものが消え、消えたものが浮かび上がる。


国王は息を止めたまま、その一瞬を待った。


やがて、針の根元近く。


髪の毛ほどの細さしかない一本の線が、青白い光の中へ浮かび上がる。


それは、消えそうになるほど浅い刻印だった。


長年、海水にさらされ、魚と渡り合い、何度も研ぎ直され、それでもなお消えずに残っている。


人の手で刻まれた、小さな印。


「……見慣れた印だ」


「見慣れた……ですか」


「ああ」


国王は静かにルーペを外し、布で軽く拭いてから懐へしまう。


もう一度、釣り針を掌へ乗せた。

掌へ伝わる重みは僅かしかない。


それでも、指先は確かな記憶を思い出していた。


まるで昔の友人と再会したような、懐かしそうな眼差しが釣り針へ向けられる。


「この癖のある研ぎ」


親指で腹を撫でる。


「この焼き戻し」


折れた断面へ視線を落とす。


「この鋼の粘り」


軽く指先で弾く。


チン……♪


澄んだ音が小さく部屋へ響いた。


国王は微笑む。


「そして、この印」


静かに息を吐く。


「全部同じだ」


執事は首をかしげる。

漁師一家も固唾をのんで見守っていた。


「どなたがお作りになったのでしょう」


国王は少しだけ口元を緩めた。


「俺の師匠だ」


その一言に、部屋の空気が止まる。


「陛下にも……師匠が?」


漁師が思わず声を漏らした。


「そりゃいるさ」


国王は苦笑する。


「最初から王様だったわけじゃない」

「昔は毎日怒鳴られて、火花まみれになりながら鉄を打ってた」


その声には、王としての威厳ではなく、一人の弟子だった頃の懐かしさが滲んでいた。


「鉄は嘘をつかねえ、それが口癖でな」

「一本でも気を抜けば飯抜きだった」


漁師は思わず笑ってしまう。


「それはまた、厳しい師匠ですね」


「厳しい?」


国王は首を横へ振った。


「いや、優しかったよ」


しばらく遠い昔を思い返すように目を細める。


「危ない仕事だけは絶対に弟子へやらせなかった」

「溶けた鉄を運ぶ時も」

「大物を鍛える時も」

「『そこは俺がやる』ってな」


国王は静かに笑う。


「弟子が怪我をすると、本気で怒る人だった」

「怒鳴る相手は怪我をした弟子じゃない」

「鉄だった」


針を懐かしそうに撫でながら。


「『俺の鍛え方が甘かった』って、自分を責める人だったよ」


漁師も、その妻も、子どもたちも言葉を失っていた。


そんな職人が、この一本を打ったのか。

そう思うだけで、折れた釣り針がさらに重みを増したように感じられた。


しばらく静かな時間が流れる。

国王は釣り針を両手で包み込むように持ち上げると、元通り布へ包み、小さな木箱へ戻した。


蓋を閉じる手つきまで丁寧だった。


「大事に保管してくれてありがとう」

「おかげで分かった」


漁師は深く頭を下げる。


「そんな……こちらこそ光栄です」


国王は軽く会釈し、家を後にした。


外へ出ると潮風が頬を撫でる。

港には漁船が整然と並び、朝日を受けた波が静かに岸壁を叩いていた。


カモメが一羽、高く鳴きながら空を横切る。

執事が歩調を合わせる。


「その師匠は、今どちらにおられるのでしょう」


国王は青空を見上げた。


「さあな。便りなんて何年もない」


少し間を置く。


「だが、生きている」

「この釣り針が、その証拠だ」


執事は考え込むように歩きながら口を開く。


「すぐにお呼びいたしましょうか」


国王は吹き出した。


「馬鹿を言うな」


横目で執事を嗜める。


「弟子が先生を呼びつけるなんて、そんな失礼な真似ができるか」

「こちらから会いに行くものだ」


執事は姿勢を正した。


「失礼いたしました」


国王は右手を軽く握る。


掌には、もう釣り針はない。

それでも、あの重みだけは残っていた。


「あの爺さんなら、俺が国王になったと聞いても」


国王の口元が緩む。


「たぶん最初の一言は」


国王は師匠のぶっきらぼうな声色を真似る。


「腕は鈍ってねえだろうな」


執事は思わず吹き出した。


「ずいぶん豪快なお方なのですね」


「豪快なんてもんじゃない!世界一頑固な鍛冶師だ」


国王は笑いながら歩き出す。

その足取りは、城を出た時よりも軽い。


王として歩いているのではない。

一人の弟子として、恩師のもとへ向かう青年のようだった。


「旅支度を頼む。久しぶりに先生の顔を見に行こう」


「かしこまりました」


執事は深く一礼する。


 その背後で熊公が満足そうに喉を鳴らした。


「グルル……」


まるで旅立ちを歓迎しているようだった。

熊の顔がついた外套なのに……。


国王は熊公の大きな頭をぽんと叩き、どこまでも青く澄んだ空を見上げる。


「待ってろよ、爺さん。今、弟子が、会いに行く」


潮風が三人の背中を押すように吹き抜けた。

新たな旅が、静かに始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ