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私は国王である以前に刀鍛冶なのだ ~鍛治師国王が鍛えた武器で、戦場も政争も無双します~  作者: てきてき@tekiteki


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16/23

鍛冶王、釣り針を鑑定する

国王は、朝早く城を出た。もちろん、熊の外套を肩に羽織って。


「お前が居ないと心細いからな」


熊公は大きく口を開ける。


――カチリ。


牙が小気味よい音を立てた。返事の代わりらしい。そのどこか得意げな表情を見て、国王は思わず笑みを漏らす。


「機嫌がいいな」


熊公は胸を張るように鼻を鳴らした。


まだ朝靄の残る王都は、人影もまばらだった。市場では魚屋が桶へ海水を張り、威勢よく魚を並べ始めている。

パン屋の煙突からは焼きたての香りが漂い、道端では八百屋が野菜を荷車から降ろしていた。王都がゆっくりと目を覚ましていく。


そんな穏やかな朝の景色の中を、国王は執事を従え、港町へ向かって歩いていた。


執事も当然のように同行している。


本人は「護衛のためです」と胸を張っているが、本当の理由は別にあった。

出発前、「今回は留守番を」と丁重に断ったところ、熊公に首根っこをくわえられ、そのまま城門まで運ばれたのである。


本人は最後まで「お願いされて同行しております」と言い張っていた。

国王も熊公も、その件については何も触れない。

執事のささやかな名誉を守るためである。


向かう先は、先日、巨大魚フフググを釣り上げた漁師の家だった。


港へ近付くにつれ、潮の香りが風に混じる。網を干す音。船をつなぐ鎖の軋み。

波が岸壁を叩く音。漁師たちの威勢のいい掛け声。平和そのものの朝だった。


一軒の家の前で、国王は足を止める。


「まさか……国王陛下自らお越しになるとは……」


漁師は戸口へ飛び出すと、何度も頭を下げた。妻も子供たちも家の奥から顔を覗かせ、緊張で身体を固くしている。


国王は苦笑しながら片手を振った。


「そんなに畏まらなくていい」


「今日は魚を食べに来たわけじゃない」


「え?」


「釣り針を見せてもらいに来た」


漁師は一瞬きょとんと目を丸くした。しかし次の瞬間には「ああっ」と声を上げ、家の奥へ駆け込んでいく。


「残してあります!」

「捨てられるわけがありません!」


やがて戻ってきた漁師は、小さな木箱を胸に抱えていた。

両手で大切そうに抱える姿は、まるで宝箱を扱うようだった。


卓へ静かに置く。

布を一枚、また一枚と丁寧にめくる。


現れたのは、一本の折れた釣り針だった。


先端は折れている。それでも黒鉄の肌には鈍い光沢が残り、長く使い込まれた道具だけが持つ風格を漂わせていた。


「命懸けで釣り上げた時の針です」

「折れてしまいましたが、我が家の宝でして」


国王は静かにうなずく。


「ありがとう」


短い一言だった。だが、その言葉だけで漁師の表情は誇らしげにほころんだ。


国王は両手で釣り針を受け取る。

まるで壊れ物を扱うように、指先だけでそっと持ち上げた。


折れてなお、美しい。

鉄肌には余計な傷がない。使い込まれているのに、荒れていない。


執事には、ただ古びた釣り針にしか見えなかった。


しかし国王の目は、宝石を鑑定する職人のように鋭くなっている。


まず掌へ乗せる。人差し指でゆっくりと転がす。重心を探るように目を閉じる。

ほんの僅かな重さの偏りまで、指先が読み取っていく。


やがて窓辺へ歩き、朝日に掲げた。ゆっくり。本当にゆっくりと角度を変える。


すると針先だけが一瞬、青白く光った。

また消える。さらに角度を変える。今度は針の腹が細く光る。


執事には違いがまるで分からない。


「何をご覧になっているのでしょうか」


「研ぎ跡」


「研ぎ跡……ですか」


「ああ。この角度でしか見えない」


執事も隣へ並び、同じ角度で覗いてみる。しかし、ただ光っているようにしか見えない。


「私には、さっぱり……」


国王は笑う。


「職人は光で鉄を見る」

「鏡みたいに磨けばいいって話じゃない」

「刃物にも針にも、光の流れがある」

「研ぎが狂えば、光も乱れる」

「その乱れは誤魔化せない」


そう言って釣り針を指先でくるりと回した。


「鉄は嘘をつかない」

「だから面白い」


執事は感心したように息を吐く。


「人ではなく、鉄と会話をしているようですね」


国王は少し照れくさそうに笑った。


「いや」

「鉄に教わってるだけさ」

「叱られることの方が多いがな」

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