第三部 第六章 4 ―― 遠回り ――
第二百三十話目。
ゆっくりと行きましょう。
4
ジェスタを出て、ヘオンに向かうことにしてすでに2日が経ち、夜を迎えていた。
風がよく通る草原。
焚き火に枯れ木をくみながら夜空を眺める。
満点の星が私たちを悠然と見下ろしている。退屈ではあるけれど、壮観な星空に気持ちは晴れていた。
満点の星は何度も眺めている。フォルテのそばの社でも、屋根の上から何度も眺め、ゆったりとした時間を楽しんでいた。
あのころは私の体を狙って外道な男どもを茶化して追い払っていた。
あの忙しさは今はないけれど、あのときと同じ空だとすると、どこか感慨深くなってしまうわね。
「ああ、もう。なんなのっ」
鬼なのに何をふけっているの、と自分を毒づこうとしていたとき、穏やかな心に水を差すのはアカネ。
焚き火を挟んだ向かいで、アカネは唇を噛み、険しい表情を崩さないまま、地面に広げていた地図を睨んでいる。
「そんなに怖い顔をしないの。ゆっくり行けばいいじゃない」
不機嫌なアカネを眺めても、通じはせず怒っている。
「だってさ。もう2日よ。こんなにヘオンが遠いなんて。この地図、間違ってるんじゃないの」
アカネは憤慨し、地図をバンッと叩きつける。
確かに長い間歩き続けていたからね。早くまともなご飯も食べたいし、ベッドでゆったり休みたいものね。
きっとそれが嫌で、怒っているのね。
「仕方ないんじゃないの。ジェスタは本来、立ち寄る場所じゃなかったから。結果として、遠回りになってしまったけれどね」
「わかってるわよ。だから、余計に腹が立つのよ」
アカネは気持ちが治まらないらしく、地図を指で執拗に突いている。このまま無下にあしらえば、もっと爆発してしまいそうなので、反論せずに地図を覗き込んだ。
最終的な目的地はヘオン。そして、私たちがいる場所を指で突いた。
明確な位置までは把握できないけれど、やっかいなところ。
アカネの機嫌が悪いのもわからなくはない。本来の経路からはかなり離れている。
「これじゃ、目的地を変えた方が早く着くかもね」
投げやりになってしまったのか、アカネは項垂れて、弱音をこぼしてしまう。
「あらら。あなたがそんなことを言う? ユラが悲しむわよ」
「わかっている。わかってはいるんだけど、長いな」
膝を抱えて丸まるアカネ。
「でも、それも1つの選択肢かもしれないわね」
「――なんで?」
「確かにヘオンに行けば、コスモスのおかげで情報が入るかもしれない。ユラにしても、修羅にしても。でも、そこに辿り着くには私たち事態、無知なのかもしれないからね」
「無知か。厳しい言い方ね」
現状を嘆いていると、アカネも悔やむように地図を睨み続けている。地図を眺めていると、途方もない場所で不意に止まり、
「……アクセレは?」
ふと呟くと、アカネは顔を上げて呆然とする。
「確か、セタが言っていたはずなのよね。その町で鬼が暴れたとか」
セタも噂話程度にしか把握していない様子だったので、役に立つのかわからないけれど、1つの道として提案してみた。
「そういえば、そんなことを言っていたわよね」
アカネも聞き覚えがあったらしく、頷きながら頭を掻く。
「まあ、面倒なのも本音だけどね。ここからじゃ、また進路変更になっちゃうから」
どうするべきかしら。ヘオンという大きな得物を狙うか、小さいものをコツコツと集めていくべきか。それも面倒なんだけどね。
「じゃあ、ヘオンを目指しつつも、情報を集めていく?」
「情報って。それは今までと大して変わらないじゃん」
ややあって、アカネが指を突き立てて提案するけれど、すぐさま呆れてみせる。
「バレた? でもこれ以上遠回りも嫌でしょ」
アカネは無邪気に笑顔を献上してくれた。この子も私の性格をわかってきたのかしら。
「じゃあ、本来通りってことね」
やはり目的はヘオン。
長い道のりであるのは変わりなく、夜が明けるのを待った。
翌日。
相変わらず朝からずっと歩いていたので、そろそろアカネの機嫌が曲がるのを危惧し、振り向いてみる。
すると想像通り、アカネは頬を紅潮させ、膨らまそうとしている。そろそろ罵声として爆発しそうね。
私の視線に気づいたのか、アカネは顔を上げ、
「何? あれって煙?」
釣られて振り返ると、遠くの空がどこか揺らいで見えた。どうも煙が立ち昇っているみたいに。
「どこかの町? でも地図にはそんなものなかったよね」
アカネの疑問が静かに木霊した。
んん?




