第三部 第六章 3 ―― 噂話 ――
第二百二十九話目。
さて、行きますか。
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「ヘオンに向かう? それは君たちにとってはかなりの道のりになりそうだね」
これからの目的を聞いたセタは、感嘆の思いで目を丸くする。
「だって、あそこはコスモスの中心ともいえる場所だよ。そこに鬼が向かうなんて、火中の栗を拾いに行くようなものだよ」
「だからこれよ。これをしないとアカネに怒られちゃうから」
白い手袋をした手をかざして見せた。もう面倒なことなので唇を尖らせてしまうけれど。
でもしなければ、隣りで唇をへの字に曲げているアカネに叱責されそうで、素直に従っていた。
そして、渋々ながら事情を話すことにしていた。一度こいつを間に入れることで、順調に話が進むと指摘されたので。
何しろ、ロブソンに直接話をしていれば、まだ拘束されていたでしょうし。
欲を言えば、他の鬼に対しての情報も得られるかも、と期待も多少は含めていた。
「でも君らはやっぱりすごいね。そこまで危険を冒してまで行くなんて。すごい覚悟だよ」
感嘆して顎を擦るセタ。まあ、褒められているのは悪くないわね。
「じゃあ、餞別代りにあんたの知ってる鬼の情報を教えてほしいんだけど」
軽い口調で聞いてみると、セタは苦笑いしながら途方もない方向を眺めてしまう。
「やっぱ無理だよね。私らの関係を考えたら」
どこか諦めた様子でアカネが頷くと、静かに扉の方を眺めた。扉の奥で監視しているコスモスの連中を捉えて。
「あ、いや、そうじゃないんだ」
アカネの視線に気づいたセタが手で制する。
「実際のところ、こっちから鬼を追跡することはできないからね。鬼が騒ぎを起こしたりした場合に対処するだけで、結局は後手に回ることが多いんだ。だからこそ、町を事前に保護するのが精一杯ってとこだね」
「そういうことね」
セタの弁解に納得し、首筋を掻いてしまう。やはり上手くはいかないわね。
「それに、これだけは勘違いしてほしくないんだけど、コスモスは本当に鬼から人を守りたいだけなんだよ」
鼻を一度擦った後、真剣な面持ちになって忠告気味に、神妙に話してきた。
「でも、強さを求めて、鬼を捜している奴もいるって聞いたわよ」
必死に訴えてくるセタを遮るアカネ。彼女も真剣で、責めているように見える。
セタは痛いところを突かれた、と気まずそうに頬を指で掻いた。ややあって、セタは扉を眺めてからこちらを見た。
「――何?」
どこか外の監視者を気にしている素振りに感じ、私も声を潜めてしまう。
問いかけにセタは何度か頷き、
「そうだね。それは否定できないね。そういう奴は確実にいるからさ」
「やっぱり、そうなんだね。やり難そう」
話を聞いていたアカネは項垂れる。
「悲しい話だけど、コスモスは一枚岩じゃないってことだね。それに、ヘオンの近くは、そういう癖の強い者が多いとも聞くから、気をつけた方がいいよ」
「あら、それは楽しそうね。でもいいのかしら。それって、お仲間を売っているようなものよ」
「そうだよ。あなただってコスモスじゃん」
アカネが心配すると、セタはかぶりを振る。
「僕はただ、噂話をしているだけだよ。特に、ヒラって人には気をつけてね。その人は本当に強い」
「――ヒラ?」
「うん。けれど、厄介なのはその人じゃない。その人の孤高の強さに抗う部下がね」
「部下?」
「まあ、これは本当に噂なんだけど、ヒラ隊長の力に付け込んで、傍若無人な態度を取っている人もいるらしいんだ」
神妙な口調になるセタに、頬が引きつってしまう。
「最低っ」
「でも、それも人間の性なのかも。何か強いものに縋り、利用するってことも」
セタの嘆きに、何も否定できずに鼻を擦ってしまう。
「そんな話をするなんて、あんたは出世できないわよ」
「それは誉め言葉として取っておくよ」
嫌味を言ってみると、セタは屈託ない笑みを献上してくれた。
ふん。本当にバカね。
本当に悪い奴じゃないのね。




