第三部 第六章 2 ―― 確証はない ――
第二百二十八話目。
オヤジ様? まさかね。
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私の一言は、部屋の空気を重くさせた。
「ヒスイのお父さんて」
アカネの顔から血の気が引いていく。コーダに帰ったときの私の状況を思い出し、オヤジ様の強さを実感したのかしら。
一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ベッドに戻って腰を下ろした。アカネも向かいに座り直し、不安げな眼差しをぶつけてくる。
そこで笑ってみせた。
「大丈夫よ。恐らくオヤジ様じゃないわ」
断言できるわけではないけれど、アカネを安心させるためにも、否定しておいた。
「でも、かなりの実力者ね。これだけ離れていても、その気配を感じてしまうってことは」
「それってやっぱり修羅ってこと?」
アカネの疑問にかぶりを振る。そして窓の外を眺めた。窓の外の空は、私の危惧を嘲笑うように青空が広がっている。
「一方が修羅だったら、空が真っ暗になるでしょうしね。それだけはないわ」
それだけは断言できる。話を聞いてアカネも安堵する。
「正直、私が知っている〝兵〟って呼ばれる者はオヤジ様しか知らないから。そう感じたのかもしれない」
先ほどのざわめきに対して、率直な思いをこぼしていた。
「でも、お父さんの可能性もないわけじゃないでしょ」
「どうでしょうね」
目を丸くするアカネに手を振る。
「オヤジ様は滅多に極山を離れたことはなかったしね。あそこはオヤジ様の縄張りだし、それはないでしょうね。縄張りにいなくなれば、横取りをする邪な奴もいるだろうけど。ま、そういう奴は弱いだろうし、すぐに返り討ちに遭うでしょうけれど」
「あの綺麗な鬼は?」
綺麗な…… ああ、ナイルね。
「弟ね。あいつは特別よ。オヤジ様の座を奪うことはないわ。尊敬を通り越して、心酔しているし、仮にオヤジ様が山を下りたとしても、あいつは山を守るでしょうね」
あいつならやりかねないけどね。
「じゃあ、ヒスイが感じた方向に行くべきかしら」
「まあ、何かの情報を得れるかもしれないしね。良くも悪くも」
あの力を追うのは悪くない。けれど、危険も伴うかもね。
即断できず顎を擦りながら悩んでいると、アカネは唇を強く噛む。
「問題は私ってことだよね」
「――ん?」
急に思い詰めて顔を伏せるアカネ。
「また私が鬼の前で足が竦んで、動けなくなることもあり得るからさ。ヒスイの邪魔になるかもしれないからさ」
「そんなことはないでしょ」
己の手を眺めて不安を口にするアカネに声をかける。お世辞や励ましでもなく、本心から。
「それに覚悟はあるんでしょ」
「――覚悟?」
以前、アカネも鬼と対峙して壁を越えた気がしたので、挑発気味に言ってみると、アカネは唖然と動きを止める。
しばらくして一度瞬きをすると、「うん」と短く頷いた。真剣な面持ちになるアカネに、頬を緩めた。
「それにね。私はアカネに期待はしていても、不安はないわよ。心配していることはあの奇妙な鬼よ」
「奇妙な鬼って、あの鬼?」
アカネも気づいたのか頷く。
「あいつは力以外のところで危険に感じるのよ。あいつは倒しておかないと後悔しそうだから」
苛立ちを抑え、真剣に答えるとアカネも頷く。
「この感覚はあいつのものなのかわからないけれど、怖さはあるんだよね」
「それって、ヒスイが感じた戦いにあいつが関わっているの?」
「自信はないけれどね」
確証はないからこそ、曖昧な返事にしかならない。
「ユラにイリィ。2人を捜すのにヘオンを目指すのは変わりないけれど、その道中、あの鬼には注意しておくってことかしら」
「だよね」
「じゃあ、軟禁もそろそろ飽きたし、出発するかしら」
「あ、じゃああ、セタぐらいには話しておいた方がよくない? 彼なら何か知っているだろうし」
「まあね」
私らがやることは別。




