第3話:琥珀の中の小鳥
図書館の棚には、無数の「人生」が並んでいる。
私は今日も、誰かの重荷を灰にする準備をしていた。
今日の依頼人は、王都の裏路地に住む老いた時計職人だった彼が差し出したのは、ガラスケースに入れられた琥珀のペンダントだ。
中には、小さな名もなき小鳥の羽が入っている。
「……これを、見てほしいのです」
職人は震える手でケースを差し出した。
記録保管人である私の仕事は、日記を読むことだが、時にはこうして「記憶の依代」を預かることもある。
私はケースに触れた。
瞬間、鮮やかな色彩が脳裏に飛び込んでくる。
それは、彼が少年時代に出会った、一匹の小鳥の記憶だった。
幼い頃、言葉の通じない病気で、世界から孤立していた彼。
唯一の友は、窓辺に来るその小鳥だけだった。
小鳥のさえずりだけが、彼の世界に色を与えていた。
しかし、小鳥は冬の嵐の日に死んだ。
彼はその悲しみに耐えられず、小鳥の羽を琥珀に閉じ込め、記憶を封印したのだ。
「……あの鳴き声を、忘れたい。覚えていれば、今の孤独がより際立ってしまうから」
彼は、静かにそう言った。
私は日記を読み上げるように、その記憶を紐解く。
暖炉の火が、パチパチと音を立てる。
保管人として、私は感情を殺す。
ただ、記憶というエネルギーを変換し、図書館の外へと霧散させる。
黒い霧が琥珀を包み込む。
暖炉の火が、一瞬だけ金色に輝いた。小鳥の美しいさえずりが、図書館の天井に響き渡る。
……なんて、綺麗な音だろう。
私の胸の奥で、何かが小さく鳴いた気がした。
前世の記憶。私がまだ「誰か」だった頃、同じように窓辺で鳥を眺めていた……ような、そんな温かな気配だった。
儀式が終わる。
琥珀の中身は、ただの真っ白な粉へと変わった。
時計職人は、ケースを見つめ、どこか晴れやかな顔をした。
「……不思議だ。なぜか胸が軽くなった。……ああ、そうか。私はずっと、誰かを待っていたような気がしていたんだ」
「それは、記憶を灰にした代償です。……二度と、その悲しみには触れられません」
「それでいい」
彼は足取り軽く図書館を出て行った。
私は暖炉の灰を片付ける。私の手元には、ほんの少しだけ残った、琥珀の欠片。
それをそっと、机の引き出しに忍ばせる。保管人としてあってはならないことだが、なぜか今日という日を忘れないために。
図書館の外では、今日も雪が降っている。
私は棚を見上げる。
あと何人の記憶を灰にすれば、私の前世のパズルは完成するのだろうか。
窓の外から、誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。
……気のせいだ。
きっと、街の喧騒に過ぎない。
私は、棚の奥にある「まだ誰も触れたことのない空白の記録」を見つめ、静かに目を閉じた。




